若者を“詐欺のコマ”にする「闇SES」 経歴詐称を強要し給与ピンハネ、最高裁で賠償命令確定…背景にIT業界「多重下請け構造」
「SES企業」の元従業員ら3名が、企業から経歴詐称するよう強要されて詐欺行為に加担させられたうえに、早期退職を余儀なくされたとして、企業の経営者ら個人2名(X氏、Y氏)を被告として訴えた民事裁判で、2月6日、最高裁は被告側の上告を棄却、ないしは不受理とした。これにより、合計約872万円(遅延損害金含む)の損害賠償を命じた高裁判決が維持され、確定した。

SES(システム・エンジニアリング・サービス)は、取引先のオフィスに自社従業員のシステムエンジニアを派遣し常駐させ、運用・保守などの技術サービスを提供し、人件費とマージンを得る事業である。
判決が確定したことを受け、原告弁護団と原告1名(A氏)は2月26日に記者会見を開いた。A氏は「これから、社会人経験がなくても高いモチベーションをもって新しい業界に挑戦する方がたくさんいらっしゃると思うので、こういった詐欺に引っかからないことを切に願っている」と述べた。
本件の手口は、経済的に困窮し追い詰められた若者の窮状につけ込み、言葉巧みに勧誘し、不法な仕事に加担させ搾取するという「闇バイト」と類似のものである。そして、そのような手口が横行する背景に、IT業界がおかれた現状が浮かび上がる。

「SES詐欺」のスキーム

被告のX氏・Y氏らが行った「SES詐欺」のスキームと、その過程における原告ら従業員に対する扱いは以下の通りである。
【1. 好条件を提示して募集】
被告2名は複数のSES企業を立ち上げ、いずれの会社でも求人情報サイトを通じ、原告ら未経験のSE志望者を「未経験からSEになれる」「未経験でも給料30万円以上」といった好条件で募集。「この業界では経歴詐称が当たり前だ」と面接で教え、入社させていた。
【2. 経歴詐称のノウハウを教え込む】
プログラミングスクール(「エンジニア超実践コース」など)と称して原告らに数十万円の代金を支払わせたが、実際の授業はSEのスキルではなく、詐称した経歴(業界歴5~10年)の職務経歴書を書かせる、専門用語を覚え込ませる、面談の受け答えの練習を繰り返し行う、など経歴詐称のノウハウを教え込むものだった。
【3. 就労させピンハネ】
従業員に経歴詐称させて取引先の現場に送り込み、60万円の費用を受け取り、本人には30万円しか支払わず、利益を上げていた。
【4. 給与不払い】
給与は2か月先の支払いとしており、退職の意思表示をした者には退職日以降に支払予定だった給与を支払わなかった。また時間外労働の場合の残業代も支払わなかった。
【5. 社会保険料不納付】
最初の1か月のみについて社会保険加入の手続きをとり、その後は給与から保険料相当額を天引きする一方、事業者負担分を納付しなかった。

一審は「事業内容が詐欺行為」と断罪

一審判決(東京地裁令和6年(2024年)7月19日)は、被告らが経営するSES企業について「事業内容は、取引先に対する詐欺行為により利益を得ようとするものというほかない」と断じた。
また、「スクール」についても、「(詐欺行為を実現するという)不法な目的のスクールであると知っていれば、一般企業への就職を希望していた原告が、スクールの受講契約を締結するとは考えられない」とし、明確に不法行為・詐欺行為にあたると認定した。
さらに、被告らが原告に対し行った経歴詐称の指示等が、「詐欺行為またはその準備行為の実施を命じたもの」であり、違法な業務命令であったと明確に認定。
なお、原告らが被告らの詐欺行為に一部加担させられた点については、「上司である被告らまたはその他従業員からの指示に従わざるを得ない状況に追い込まれていた」とし、詐欺の主体ではなかったとした。
一審はこれらの事実認定をもとに、被告らに対し総額550万円超の賠償を命じた。

被告らの控訴は棄却、しかも賠償額が1.5倍に増額

被告らは、一審判決を不服として控訴した。これに対し、原告らも賠償額の増額を求め付帯控訴(※)を行った。
※控訴された側が控訴審の手続きを利用して、一審判決を自己に有利に変更する判決を求める手続き
控訴審判決(東京高裁令和7年(2025年)2月6日)は、被告側の主張を全面的に退け、控訴棄却判決を行った。
他方で、原告側の付帯控訴については、原告らに支払う損害賠償額について退職後の逸失利益(※)を認め、賠償額を一審判決のおよそ1.5倍の約769万円(遅延損害金を含めると約872万円)へと増額した。理由は、再就職するための転職活動を余儀なくされ、そのために少なくとも5か月程度かかるというものだった。
※不法行為がなかったら被害者が得られたであろう経済的利益(消極損害)

最高裁は被告らの上告理由等を全面否定

被告らは上告ないしは上告受理申立てを行った(※)。
※「上告」ができるのは原判決に憲法の解釈の誤りなどの憲法違反がある場合(民事訴訟法312条1項)と訴訟手続上の重大な違法がある場合等(同2項)に限られる。これに対し「上告受理申立て」は判例違反や法令の解釈に関する重要な事項があれば可能(最高裁は決定により受理できる)
上告理由の概要は以下の通り。
  • 被告のうちX氏は会社の従業員であり、代表取締役等ではないから不法行為責任を負わない。
  • 給与からの社会保険料相当額の天引きの損害について、被告らはその金額を横領していたわけではないから損害賠償責任を負わない。
また、上告受理申立て理由の概要は以下の通り。
  • 早期離職が転職活動で不利に判断されることはない。あるとしても被告らの不法行為が理由であり会社都合となるので再就職に不利にならない。
  • SES企業では経歴詐称はまかり通っているし、原告らもそれを承知で高給を欲していたのだから、経歴詐称を指示しても不法行為にあたらない。
当然のことながら、このような無理筋な主張が通るわけもなく、最高裁は上告棄却(判決)ないしは上告不受理(決定)とした。
原告代理人の伊久間勇星弁護士は、上告審での勝訴判決確定を受け、次のように述べた。
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伊久間勇星弁護士(2月26日都内/弁護士JPニュース編集部)

伊久間弁護士:「被告らは詐欺グループを組織して会社を設立してメンバーを増やし、1つの企業で悪評が立ったら新しい会社を設立するのを繰り返すことで、詐欺行為を継続してきた。
今後の被害抑止のためにも、SES企業においても経歴詐称は許されないということを、社会共通の認識として形成していく必要がある」
なお、伊久間弁護士は、被告側がこの他にも、訴訟の途中で原告に対して1億2500万円を請求するスラップ訴訟を提起したり(棄却されている)、インターネット上での誹謗中傷を行ったりと、執拗(しつよう)な嫌がらせを行っていたことを指摘した。

「闇バイト問題」と同じ構造、まかり通る背景にIT業界の人手不足

首都圏青年ユニオン執行委員長の尾林哲矢氏は、「闇バイト問題」との類似性を強調する。同ユニオンに労働相談が多発したのは2021年の4月頃。新型コロナウイルス禍の影響で生活困窮や将来不安が広がっていた時期だったという。
若者を“詐欺のコマ”にする「闇SES」 経歴詐称を強要し給与ピンハネ、最高裁で賠償命令確定…背景にIT業界「多重下請け構造」

首都圏青年ユニオン執行委員長・尾林哲矢氏(2月26日都内/弁護士JPニュース編集部)

尾林氏:「被告らの会社は、未経験者に対し、相場賃金よりも高い待遇を提示して求人サイトに求人広告を掲載し、他の業種、業界からSEを目指したいという若者を募集していた。

被害者の多くが経済的に困窮していて、声優や俳優をやっていた人、フリーター等から一念発起した人など、収入が不安定な立場の人が、求人に応募したという経緯がある。
本件の原告の中にも、新卒で就職が内定していたのにコロナ禍で取り消しとなったため、仕事を探さざるを得なくなり、被告の企業に緊急で応募した人がいる。
貧困の広がりを利用し、好条件の求人を出し、誘い込んだ人たちを詐欺に加担させる手口は闇バイトと近く、『闇SES』という呼び方をされるべき事態だと思っている」
尾林氏はまた、このような詐欺をはたらくSES企業の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許す背景に、IT業界の人手不足と「多重下請け構造」があると指摘した。
尾林氏:「SES企業による詐欺が事業として成り立ってしまう背景には、IT業界の深刻な人手不足がある。結果として、経歴詐称したエンジニアを、ろくにチェックせず受け入れる企業が多数存在している。
本件の原告をはじめ、当ユニオンに労働相談に訪れた約50人は、いずれも省庁やメガバンク等のシステム開発を受託した大企業等の現場に入っている。
『IT化』や『DX』が様々な分野で進められている一方で、日本の重要なインフラの開発にこうした経歴詐称エンジニアが入り込んでしまっているという、業界の構造上の問題がある。
今後、行政機関がSES契約やその受け入れ側の体制、求人メディア、IT業界の重層下請構造を適切に規制して監督する必要がある」


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