日本弁護士連合会が1980年から10年に一度公表している「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査」の2020年度版によると、弁護士の年間総労働時間の平均は2321時間に上り、2010年の調査より約52時間増加しています。
さらに、慢性的な長時間労働に加え、訴訟や交渉における高い緊張状態が続く弁護士業務では、精神的負荷が蓄積しやすいとされています。
一方で、守秘義務や職業倫理の観点から、業務上で抱えた悩みを外部には相談しにくい事情も…。こうした「抱え込むしかない」特有の事情が、多くの弁護士のメンタル不調を深刻化させる要因になっています。
こうした状況を受け、業界の構造的課題を背景に、弁護士自身が立ち上げたメンタルヘルスケアサービスも登場しています。法曹特化型のメンタルヘルスケア事業を運営している「Ami」も、その一例です。
本記事では、2020年にAmiを立ち上げた三浦光太郎弁護士と、実際に弁護士のケアを担当する臨床心理士・公認心理師の鶴田信子氏に、お話を伺いました。(聞き手:岩田いく実)
一般的なカウンセリングは弁護士には使いづらい?
法曹向けのメンタルヘルスケアは非常に珍しいものです。事業を立ち上げた経緯を教えてください。
三浦弁護士:私自身が弁護士としての業務を行う中で、メンタルヘルスを損なうほどではないにしても、業務量や人間関係などに悩んで困っていた時期がありました。
同期や知り合った弁護士の中にも、同じように疲れやメンタルの問題で悩んでいる方は多く、弁護士や法曹業界に理解がある、専門性が高いメンタルヘルス対策が必要だと感じ、2020年にAmiを立ち上げました。
ビジネスパーソン向けのカウンセリングはすでに全国で多数存在していると思います。なぜそれでは十分ではなかったのでしょうか。
三浦弁護士:私自身、Amiでのカウンセリング提供に当たり、オンラインや対面、電話、メールなどで提供されている既存のカウンセリングサービスを何度も試しました。ただ、個人差は色々あると思いますが、弁護士が使うには正直“物足りない”部分があるなと感じました。
例えば、カウンセリングは1回あたり30分~60分枠が多いと思いますが、弁護士が悩みを打ち明けようとすると、弁護士の働き方や専門用語などの背景説明をする必要があり、時間が足りないことが多いです。また、これらの説明は仕事のように感じられるため、相談しに来たにもかかわらず、徒労感を感じてしまいます。
さらに、一般的なカウンセリングのテンポやスピード感では、解決志向の強い人が多い弁護士にとっては、結論やゴールが見えないように感じられ、展開の遅さや進め方の違和感などによって苛立ちを感じるかもしれません。
このように、一般的なカウンセリングは弁護士が利用するには相性が悪い場合があり、こうした使いづらさを解消するために、「最初から法曹業界について知識がある」「初回からゴールを見据えたカウンセリングができる」といった、弁護士が相談したいと思うカウンセラーが対応する仕組みが必要だと思いました。
先生ご自身も若手時代に悩みを抱えていたとのことですが、周囲の方々が抱えていた悩みとはどのようなものでしたか。
三浦弁護士:私も含めてなんですが、多くの弁護士は社会人経験がないです。そのため、多くの新人弁護士にとって、最初の壁は所属先の環境に馴染んで働けるようになること(オンボーディング)です。
例えば、法律事務所では、業務のマニュアルや十分なトレーニングが提供されることは少なく、新人弁護士は何もわからないまま仕事を通して手探りで所属先の弁護士や事務員の方々との働き方に慣れていく必要があります。
年齢や経験などが異なる人と、初めてのことを手探りでこなしていくことは、とても大きな負担となります。私も非常に悩み、苦しかった時期があります。
また、ベテランを含めた多くの弁護士が悩むのは依頼者対応ですね。一般民事では感情労働を伴うことが少なくない一方で、弁護士は感情の取り扱いを学ぶ機会はなく、対人スキルを体当たりで勉強しなければなりません。
スキルの習得までは負荷が非常に大きく、悩まれる方は多くいらっしゃるようです。
さらに、パートナー弁護士(※)になると、プレイングマネージャーとして、自分で事件・案件を処理するだけでなく、マネージャー・経営者として事務所の売上、若手の育成や所内の人間関係の調整などまで対応する必要があり、負担や責任が重くなることに悩むというのも聞いておりました。
※法律事務所の共同経営者であり、受任案件の責任者であると同時に、法律事務所の運営方針や採用活動などについての決定権を持つ立場にいる弁護士
三浦光太郎弁護士(本人提供)
弁護士は「ケアレスミスが致命傷になる」職業弁護士が抱える心理的重圧について、一般の方々向けに噛み砕いて説明していただけますか。
三浦弁護士:最近はドラマなどの影響で、弁護士といえば「法廷での白熱した議論」がイメージされるかもしれません。しかし、普段の弁護士の仕事はとても地味で孤独なだけでなく、ミスが許されない緊張感のある仕事です。例えば、ドラマでよく見られる裁判所での証人尋問のシーンは、弁護士の仕事としては「氷山の一角」に過ぎません。
その裏側では、証拠を集めたり、書類を作ったりと、多くの時間をパソコンの前で過ごします。また、弁護士は数多くの仕事を並行してこなす一方で、一日でも書類の提出が遅れたらやり直しができない手続きもあるため、どの案件にも細心の注意を払わなければなりません。
さらに依頼者との法律相談や会議は平日のビジネスアワーに集中します。そうすると、書類作成などの作業時間が取れなくなって、土日や深夜早朝にこれらの作業時間を確保する弁護士が多いんです。このように、弁護士の働き方は、多くの仕事を並行しつつも、どの仕事もミスが許されないのに、一人で黙々と行わなければなりません。
確かに弁護士は、常に頭の中が仕事状態になりやすいですよね。
三浦弁護士:そうなんです。常に頭の中は次に着手する仕事のことを考えている状態にあるという声も耳にします。仕事の性質上、弁護士は考えごとをしやすく、スケジュールや提出物の管理が苦手という人も多いです。常にやることや期限に追われ、マルチタスク状態になりやすい。
こうした状態にさらに業務が増えると提出物や期日を忘れてしまう、依頼者対応に抜けが出る、ケアレスミスが起きるという負の連鎖に陥りやすくなります。このような負の連鎖の結果として、懲戒請求につながることもあり、メンタル不調は弁護士にとってリスクマネジメントとして注意を払わなければならない重要な問題だと思います。
Amiでは、こうした弁護士特有の事情も理解した上で、カウンセリングサービスを提供しています。
サービス開始後、利用者からはどのような声が届いていますか。
三浦弁護士:「カウンセリングを受けた結果、心理的な余裕ができた」という声が寄せられています。
カウンセリングを受ける前は不安が強すぎて頭が働かず、新しい依頼を受けたり、仕事の整理ができなかったりする状態の方もいました。しかし、「カウンセリングによって『不安への対処法』が自分の中で確立されたことで、頭が働くようになり、仕事や営業活動にも着手できるようになった」という感想がありました。
また、「話すことで思考が整理され、自分の特性や仕事のやり方が見えてきて、これまで以上に効率的に仕事を進められ、時間のゆとりを持てるようになった」という反応もありましたね。
こうした課題を踏まえ、今後どのようにサービスを広げていくのでしょうか。
三浦弁護士:正直、カウンセリングを日常的に利用してメンタル問題を解決するというアプローチ自体、効率やロジックを重視する弁護士の気質に合っていない部分もあると考えています。また、カウンセラーの役割やカウンセリングの効果が正しく伝わっていない点は、私たちが取り組むべき大きな課題です。
ただ、弁護士数が増え、競争が激化している今の時代に、弁護士1人ひとりのパフォーマンス向上は避けて通れない経営課題です。加えて、昨今増えている依頼者からの苦情や懲戒請求を予防するためにも、その原因になるメンタルヘルス不調への対策は必須といえます。
また、メンタルヘルスは、一度大きく崩れると元に戻ることはできず、回復には非常に時間がかかるため、弁護士としてのキャリアの断絶を引き起こしかねません。
私は、“いざという時に相談できるプロが身近にいる”という安心感こそが、今頑張っている多くの弁護士を支えることにつながると思います。今後は弁護士の皆さんへの支援を一歩進めるため、「不調になってから行く場所」ではなく、常にプロとして戦える状態を作る「コンディショニング」の場として、より多くの弁護士に日常的に利用いただけるようサービスを拡充していく予定です。
弁護士は不調に気付かない?カウンセリングを通して専門家が感じていること
次に、実際にAmiによるメンタルヘルスケアサービスでカウンセラーとして相談を担当している臨床心理士・公認心理師の鶴田信子氏に、実際に寄せられている弁護士からの相談についてお聞きしました。
弁護士からの相談をご担当されている中で、ビジネスパーソンからの相談とは異なる点はありますか。
鶴田氏:一般的なビジネスパーソンからの相談と大きく異なるのは、依頼者から感情をぶつけられる点ですね。敵対相手からの攻撃は業務の一部として耐えられる。でも、責任感が強くて共感的な弁護士ほど、依頼者やクライアントから責められると、心が疲れると感じることも多いようです。
ビジネスパーソンの場合、対立そのものがストレス源になることが多い。でも弁護士は紛争処理が日常業務なので、対立への耐性はあるようです。ただ、クライアントとの「近い関係性」の中で生じる摩擦に疲れています。依頼者から寄せられる期待と成果とのギャップ、無理な要求、感情の受け止めなどが一気に積み重なる。これが弁護士特有の心理的な負担です。
なるほど、こうした悩みを周囲に相談できず抱えていることも多いのでしょうか。
鶴田氏:弁護士はチームで働くというより個人プレーの業務です。また、依頼者から相談を受ける側なので、自分が相談する側になるという意識が薄いです。「自分はタフだ」という認識も強い分、全部抱え込みやすいのかなと思います。結果、不調のサインに気付くのが遅れやすいと感じています。
不調のサインには、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
鶴田氏:不調のサインは体にあらわれる傾向があります。主に以下のような内容です。
- 睡眠障害(「忙しいから眠れないのは当たり前」と慢性化)
- 原因不明の頭痛、下痢
- お酒の量増加(寝つきを目的とし、睡眠の質が慢性的に悪化)
- 楽しんでいた趣味が楽しめなくなる(時間がないから仕方がないと合理化)
- 集中力が低下し期日遅延やミスが増加している
自分のメンタルに自信がある弁護士ほど、「まだ大丈夫」と思い込んで限界を突破してしまう。業務が停滞したり、懲戒リスクが出たりしてからようやく相談に来るケースが目立ちます。「もっと早く来ていればリカバリーが早かったのに…」という声も、耳にしています。
「本来の自分じゃないかも」と感じたら、すぐに現在の心身の状況を整理するためにも、気軽に専門家を頼ってみてほしいです。不調の初期なら睡眠・生活習慣の見直しで回復できることもあります。専門家に相談すれば、不調の進行度合いを整理でき、医療受診かセルフケアかの判断がつきやすくなります。
弁護士は法的解決のプロであって、心理の専門家ではないものの、時には依頼者の話を聞かざるを得ない、「感情労働」の側面があります。
この時に共感疲労や代理受傷をしたり、案件終了後も引きずったりするケースも見受けられます。ご自身の想像以上に、メンタルが疲れていることは多い。ご自身の心身のパートナーとしても、心理職の存在を知っていただけたらと思います。
■岩田いく実
損害保険会社、法テラス、一般民事系法律事務所に勤務後、ライターに転身。パラリーガル経験を活かし、年間60人を超える弁護士・税理士を取材。相続や離婚、不動産売却、債務整理、損害保険などのテーマを中心に執筆。第一法規『弁護士のメンタルヘルスケアの心得』で記事執筆、自主出版に『ルポ豊田商事』がある。
■三浦光太郎
Ami代表。弁護士(第二東京弁護士会)。修士(人的資源・組織論:組織行動学専攻)
■鶴田信子
公認心理師・臨床心理士。修士(心理学)。大学病院や大学の非常勤講師、スクールカウンセラーを経て、現在、民間の被害者支援団体、企業内健康管理室、精神科クリニック勤務。Ami所属。