「長男が死刑囚に」誹謗中傷リスクも“顔出し”で取材に応じた一家 カメラを向けた記者が伝えたかった“死刑”の実態
2010年3月、宮崎県宮崎市の自宅で、妻、生後5か月の息子、同居していた義母を殺害したとして、奥本章寛(あきひろ)死刑囚が逮捕された。
奥本死刑囚の事件は、宮崎地裁で裁判員裁判によって審理され、死刑が宣告された。
控訴審では、「義母の叱責と生活苦などから心身が極度に疲弊し、短絡的になりやすかった。義母と妻子を一体とみなす視野狭窄状態にあった」とする臨床心理士による心理鑑定結果も提出されたが、最高裁まで死刑判決は覆らなかった。
一方で、奥本死刑囚が起こした凄惨な事件によって、ある日突然“死刑囚の家族”となり、人生が一変した両親や弟たち。ごく普通の家族が背負うことになった過酷な現実と、事件から15年が経過した現在の思いを記録したドキュメンタリー映画『ある日、家族が死刑囚になって―』が、TBSドキュメンタリー映画祭2026で上映される(13日から全国6都市で順次開催)。
加害者本人や被害者遺族の肉声が報じられることはあっても、バッシングや誹謗中傷のリスクから、加害者の家族が人前で語ることは極めて少ない。
極刑に直面する青年やその家族、そして深い悲しみを抱える被害者遺族と13年以上にわたって向き合い続けてきたTBSテレビ記者でもある西村匡史(ただし)監督は、本作を通して社会に何を問いかけたかったのか。長期取材の裏側と、加害者家族にカメラを向けることへの葛藤や覚悟を聞いた。(ライター・杉本穂高)

なぜ死刑を取り上げ続けるのか

西村監督は『死刑囚に会い続ける男』という作品も作るなど、継続的に死刑というテーマを追っていますが、その動機はどこにあるのでしょうか。

西村:私は記者になって23年になりますが、ずっと「命」をテーマに取材をしてきました。死刑の問題を扱うようになったのは、私が東京の司法記者クラブに異動した2009年の4月で、ちょうど翌5月に裁判員制度が始まったタイミングだったからです。
裁判員制度によって、市民の誰もが死刑の判断を迫られる可能性が生まれました。しかし、死刑の実態が市民によく知らされないまま制度が始まってしまったという印象がありました。死刑とは何か、死刑と言われるものの実態、本質をしっかり描くのがメディアの責任だと思い、取材することにしました。

初めて会った殺人犯は奥本死刑囚(刑確定前)だったそうですが、会う前は、どのような印象を持っていましたか。

西村:私も最初は、報道で出ている範囲の知識しかありませんでした。義母と妻、そして生後5か月の息子を殺害しており、犯行態様もひどいものでしたから、非常に凶悪なイメージを持っていました。宮崎の拘置所で面会室に向かう道中も、「今から3人を殺した犯人と会うのか」と非常に複雑な感情になったのを覚えています。

実際に会って、印象は変わりましたか。

西村:はい。これだけの事件を起こした人間には到底思えない、本当にごく普通の青年でした。「なぜ彼がこんなひどい事件を起こしたのだろう」と。目の前にいる男の印象と、事件の残虐さとの乖離があまりにも大きくて、最初は非常に戸惑いました。
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これまで座間9人殺害事件の白石隆浩死刑囚や、津久井やまゆり園殺傷事件の植松聖死刑囚とも面会してきた西村匡史監督(弁護士JPニュース編集部)

加害者家族を取り上げた理由

今回の作品では、「加害者の家族」を取り上げていますが、加害者家族を作品の中心に据えようと思い至った理由はどこにあるのでしょうか。

西村:被害者側や加害者本人が取り上げられることは多いですが、死刑囚の家族に迫った作品は本当に少ないです。なぜなら、死刑囚の家族は人前に出て話すことを非常にためらうからです。奥本死刑囚の場合、ご両親と2人の弟がいて、下の弟は結婚して家庭があります。
そうした中で家族が表に出ることは、当然誹謗中傷のリスクも高まります。しかし、死刑囚の家族がどのような思いで過酷な現実を生きているのかは、死刑を考える上で必ず伝えなければならない要素だと思っています。
当然、ご家族には多大な負担を強いることになります。今回、ご家族から「取材してほしい」と言われたわけではなく、私が何度も足を運んで意義を説明しました。周囲の方からは「これ以上(奥本さん一家を)晒し者にしないでくれ」と止められたこともあります。それでも、ご家族は、勇気を振り絞って取材に応じてくださいました。しかも、ご両親、2人の弟、そして祖母の家族全員が顔を出しての出演です。リスクを背負っている重みがあるからこそ、見てくださる方にも伝わるものがあると思い、取材を続けました。

長期間にわたって取材されていますが、どのようにご家族の信頼を得ていったのでしょうか。

西村:最初に奥本さん一家と出会ったのは2013年、二審判決後から最高裁での審理前の期間です。何度も手紙を書きましたし、私も刑が確定するまでに奥本死刑囚と10回面会しており、彼のメッセージをご家族に伝えたことなども信頼に繋がったと思います。
2014年11月に奥本死刑囚の刑が確定して以降、メディアの仕事としてはご家族への取材をしていなかったのですが、用がなくてもご実家を訪ねたり、個人的なお付き合いは続けていました。
「どこそこの拘置所で死刑執行された」というニュースの第一報が流れた時、奥本死刑囚のお母さんから「うちの息子ではないか」と電話が来たこともありました。そんなやりとりも含めたお付き合いがもう12~13年続いています。そうした関係性があったからこそ、今回も取材に応じてくださったのだと思います。
「長男が死刑囚に」誹謗中傷リスクも“顔出し”で取材に応じた一家 カメラを向けた記者が伝えたかった“死刑”の実態

「ある日、家族が死刑囚になって―」監督:西村匡史(©TBS)より

地域の支援が加害者家族を守った

作中では、ご家族の葛藤や苦しみとともに、地域コミュニティが彼らを支援していることが映されています。ご家族が村八分のような状態にならないのは、やはりレアケースなのでしょうか。

西村:極めて稀です。大半の加害者家族はその地域に住み続けることさえできず、身を潜め、名字を変えてひっそりと過ごしています。
今回のケースでも、ご両親は事件が起きた時に「もうこの町には住めない」と夜逃げを考えていました。しかし、それを察した地域の人たちが「馬鹿なこと考えるな、道の真ん中を歩いて帰ってこい」と声をかけてくれたというのです。その温かい地域の人たちのおかげで、彼らは今も同じ町で暮らし続けています。
この映画を見た方が、「もし身近な人が死刑囚の家族になってしまったら」と自分事として考え、願わくば、奥本さん一家を支える地域の方々のような温かい対応をしてほしいと切実に思っています。
「長男が死刑囚に」誹謗中傷リスクも“顔出し”で取材に応じた一家 カメラを向けた記者が伝えたかった“死刑”の実態

「ある日、家族が死刑囚になって―」監督:西村匡史(©TBS)より

加害者家族に対しては誹謗中傷や報道被害もある中で、実際に取材してみて、彼らを救済するための制度が必要だとは感じましたか。

西村:奥本さんご一家はたまたま地域のサポートに恵まれましたが、加害者家族は孤立してしまうケースがほとんどです。
もちろん、「被害者遺族への支援すら十分でないのに、加害者家族を支援するのはおかしい」という意見も理解できます。しかし、事件を起こしたのは加害者本人であり、家族は別です。事件によって困窮し、厳しい環境に置かれているのであれば、被害者遺族と同等とは言わずとも、彼らが相談できる窓口くらいはあってもいいのではないかと思います。

奥本さん一家に対する地域コミュニティの支援が実現した理由は、なんだと思いますか。

西村:ご両親が本当に素朴で温かい方々だからだと思います。「自分たちがしっかり生きないと家族がバラバラになってしまう」という思いで生きてこられました。その姿を知っているからこそ、地域のみんなが「なんとかサポートしよう」と心底思えたのだと思います。だからこそ、私が彼らを映画に出演させることに対して、周囲は厳しく止めたのです。それくらい魅力的なご家族なんです。

加害者家族を見せることの「意義と責任」

本作にはご両親だけでなく、弟さんたちもご出演されています。

西村:顔を出しての出演についてご両親には何度も意義を説明し、議論も深めましたが、弟さんたちに対しては背中を押すことはできませんでした。特に上の弟さんは、事件によって結婚が破談になるなど、家族の中で一番、奥本死刑囚の被害を受けたと言えるかもしれません。
私が奥本死刑囚と面会した10回のうち、彼が一度だけ涙を流したことがあります。
「両親はおろか、弟まで巻き込んでしまったことが本当に申し訳ない。今後の結婚などでも不利益になるかもしれない」と言って泣いたんです。
現実にその通りのことが、弟さんに起きました。弟さんの立場からすれば恨んで当然ですが、彼は、両親をサポートする町の人たちの姿を見て、「自分はこのままじゃいけない」「自分も事件に向き合わなければ」と、リスクを承知の上で自ら出演を決めてくれました。兄の起こした事件に向き合い、カメラの前で話をしてくれたことには、私自身非常に心を揺さぶられました。
一方で、重い責任も感じています。もちろん社会に問う意義があると感じて出演をお願いしていますが、実際に作品になると「自分はここまでやってしまうのか」と、自分の残酷さについては思うところがあります。

長い期間、加害者、加害者家族、そして被害者遺族と、それぞれの立場の方と向き合い続けてこられ、監督ご自身に何か変化はありましたか。

西村:私が最後に奥本死刑囚と面会したのは2014年11月でしたが、その時彼は「自分の罪と向き合い、最後の日を迎えることが自分なりの償いだ」と強い決意を語っていました。記者として、彼には最後まで罪と向き合ってほしいという気持ちは変わりません。被害者遺族のことを思えば、彼の起こしたことは絶対に許されるべきではありませんから。
しかし去年の秋、彼は「日々罪と向き合うことが苦しすぎる」と耐えかねて、自分から死刑執行を早めてほしいという上申書の文案まで作成し、提出しようとしたんです。
事件当初から寄り添ってきた弁護士の悲しい顔を見て思い直したそうですが、どれほど反省していても、罪と向き合うことには「逃げたい」と思ってしまうほどの苦しさがあることを改めて知りました。
「長男が死刑囚に」誹謗中傷リスクも“顔出し”で取材に応じた一家 カメラを向けた記者が伝えたかった“死刑”の実態

「ある日、家族が死刑囚になって―」監督:西村匡史(©TBS)より

作中で引用される手紙などからは、奥本死刑囚が心から反省しているように見受けられます。彼が二度と社会に復帰できない死刑制度について、監督はどのように考えていますか。

西村:彼と何度も面会した人間として、「更生の可能性があるか否か」で言えば、彼には更生の可能性があると思っています。しかし、この映画は私の考えを発信する、あるいは死刑の是非を問うための作品ではありません。
映画には被害者ご遺族も出演してくれていますが、私は彼とも13年間の付き合いがあります。出会った当初、彼は奥本死刑囚(刑確定前)と面会を重ねていて、「必ずしも死刑にはしないでほしい」という上申書を最高裁に提出しましたが、その後「あの上申書を出したのは間違っていたのではないか」と深く悩まれていた時期もありました。
今回の映画のために久しぶりにお話を伺うと、いまだに事件のことを思い出すのが辛すぎて、被害者の位牌などは目に見えないところにしまっていると仰っていました。それを聞いて、改めて被害者遺族の抱える痛みの深さを感じました。被害者遺族の存在と声は絶対に置き去りにしてはいけません。
映画を通じ、被害者の遺族、死刑囚本人、そして死刑囚の家族、それぞれの視点から死刑の実態を知ってもらいたいと思っています。
映画『ある日、家族が死刑囚になってー』予告編(YouTubeチャンネル「TBS DOCS」@tbsdocs6より) ■杉本穂高
日本映画学校(現・日本映画大学)出身。神奈川県のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ(現・あつぎのえいがかんkiki)」の元支配人、現在は映画ライター。
■作品・上映情報
「ある日、家族が死刑囚になって―」
【東京】会場:ヒューマントラストシネマ渋谷
3/13(金)14:00 ヒューマントラストシネマ渋谷
3/18(水)16:00 ヒューマントラストシネマ渋谷
3/24(火)18:00 ヒューマントラストシネマ渋谷
3/28(土)14:15 ヒューマントラストシネマ渋谷
【大阪】会場:テアトル梅田
3/27(金)12:15 テアトル梅田
4/7(火)12:15 テアトル梅田
【名古屋】会場:センチュリーシネマ
3/27(金)13:00 センチュリーシネマ
4/6(月)12:40 センチュリーシネマ
【京都】会場:アップリンク京都
4/1(水)12:30 アップリンク京都
4/6(月)12:30 アップリンク京都
【福岡】会場:キノシネマ天神
4/3(金)12:30 キノシネマ天神
4/14(火)12:15 キノシネマ天神
※札幌会場での舞台挨拶の有無・スケジュールは、各劇場公式サイト・映画祭公式サイトをご確認ください。


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