明治大学国際日本学部の教授が、不正行為に疑義を唱えたことを契機に、学部長と学科長から継続的なパワーハラスメントを受け、適応障害や重度ストレス反応を発症したとして、2026年3月9日、東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。
同日午後、原告の小谷瑛輔(こたに・えいすけ)教授と代理人弁護士が都内で会見を開き、訴訟の経緯を明らかにした。

被告は学部長の鈴木賢志教授、学科長の小笠原泰(おがさわら・やすし)教授、および学校法人明治大学の3者で、請求額は約413万円。
一方、明治大学広報課の担当者は同日、弁護士JPニュース編集部の取材に対し、次のようにコメントした。
「現時点で本学には訴状等の正式な書類が届いておらず、事実関係を確認できておりません。そのため、現段階では本件に関してコメントできる状況にございません」

教授昇格審査を巡る対立

事の発端は、2024年10月から翌年1月にかけて行われた、ある教員の教授昇格審査だった。
訴状によると、原告の小谷教授は同審査において「主査」、すなわち審査報告書の取りまとめ責任者に選任された。
小谷教授が小笠原学科長から提出された文案と審査物を確認したところ、審査対象となった文書について、先行研究への言及が一切なく、同分野の標準的な論文の4分の1程度の分量しかないことが判明。
にもかかわらず、小笠原学科長はその文書を「研究分野における方法論上の根本問題を打開する先駆的な試み」と位置付けた評価を記していたという。
小谷教授は記者会見で、当時の状況をこう説明した。
「この文書を主査として教授会に出し、全学の会議に出すとなれば、このように認識する人間だと捉えられる。私の学者としての信用は致命的に損なわれると感じた」
ただ、この審査が、国際日本学部の執行部によって「強く肩入れされたもの」と受け止めた小谷教授は「審査結果そのものに反対意見を述べれば、この学部での自身の立場が危うくなる」とも判断。
そこで小谷教授は、著作物の内容に即した代案を作成し、審査委員会に提示した。

一方的に叱責「もう口をききたくない」

ところがその直後、学部長の鈴木教授から「来週どこかで数分お話しする時間を作っていただけますか」とのメッセージが届く。
その後、2024年12月11日に鈴木学部長の研究室で行われた2人きりの面談で、小谷教授は一方的に叱責を受けたと原告側は主張する。
鈴木学部長は、小笠原学科長が「小谷とはもう口をききたくない」と述べている旨を伝えた上で、審査物の文案は「審査対象者本人と連絡を取り合いながら作成し、本人のOKを貰った上で提出しているので、内容がまずいということはあり得ない」と述べたという。

この「審査対象者と連絡を取り合いながら文案を作成した」という点こそ、原告側が「不正行為」と位置付ける核心部分にあたる。
大学における業績審査では、客観性と透明性を確保するため、審査委員と審査対象者の間での接触は厳格に制限される。
明治大学の教員任用規程も、審査過程の客観性・透明性を高めるよう努めることを定めており、明治大学は2026年2月21日付で、小笠原学科長の行為が教員任用規程および学部内規の「趣旨に反する」との判断を原告に通知した。

「あなたは常識がない」「あなたとは議論できない」

訴状によると、鈴木学部長による叱責は一方的なものだった。小谷教授が経緯を説明しようとすると、「言い訳を聞いてもしょうがない」と遮られ、「どうするのかは、自分で考えてください」と告げられたという。
小谷教授は「学部長と学科長の双方からコミュニケーションを拒否された上で、『どうするかは自分で考えろ』と言われた。私はこれを退職勧奨だと理解した」と主張。
面談直後、小谷教授は謝罪メールを送信したが、返信はなかったという。
その後、鈴木学部長は小谷教授のみを除外したメーリングリストに対し、小谷教授の行為が問題であるかのように説明するメールを送信。
審査対象者と学科長が接触していた事実には触れなかったとされる。小笠原学科長もそれに続く返信で、主査が「勝手に恣意的な変更を加えることが可能である状況」は「致命的な問題」だと記載したという。
また、小谷教授は2025年1月25日に開かれた教授会で、審査プロセスに関して、本件のようなトラブルが起きないよう、新たなルールの作成を提案しようとしていた。
しかし、この提案は鈴木学部長によって再三にわたり審議を遮られたといい、同教授会の場では、小笠原学科長が小谷教授に対し「あなたは常識がない」「あなたとは議論できない」などと、感情的な口調で叱責。

鈴木学部長もこれに加勢し、「だからあなたの進め方がおかしいんだって」と発言したという。

学部長と学科長は謝罪も…

小谷教授は2025年1月27日に精神科で急性不安状態と診断され、同年2月、大学のハラスメント相談室に相談を開始した。
すると、同年5月9日の教授会で、鈴木学部長と小笠原学科長は小谷教授に対して謝罪を行った。
しかし訴状によると、鈴木学部長は謝罪の中で「私も人間です」「こんな徹底的に謝罪をさせられるのは心が痛む」と自身の被害感情を繰り返し強調。さらに、小谷教授がハラスメント相談室に相談した事実(本来は守秘義務の対象)を教授会の場で明かしたとされる。
小谷教授はその後、同年7月16日に重度ストレス反応および不眠症と診断された。
「日頃からハラスメント対策に対する姿勢が消極的」
原告側は、以上の経緯を踏まえ、被告3者に対し次のように責任を問うている。
まず、鈴木学部長に対しては、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償を請求した。面談における一方的な叱責や退職勧奨の示唆、原告のみを除外したメールによる一方的な非難の流布、教授会での審議妨害と重ねての叱責などの行為が、学部長という優越的地位を利用して原告を精神的に追い詰め、職場の人間関係から孤立させる一連の行為だったと主張する。
小笠原学科長に対しても、同じく不法行為に基づく請求を行った。原告とのコミュニケーションの拒絶を学部長を通じて一方的に宣言したことや、原告を除外したメールでの非難などが、学科長の地位を背景に原告を精神的に追い詰める行為にあたるとしている。
学校法人明治大学に対しては、2つの法的根拠で責任を問うた。1つは、鈴木学部長と小笠原学科長の行為がいずれも職場で行われた行為であることから、使用者責任(民法715条)を主張。
もう1つは、大学自体の安全配慮義務違反(労働契約法5条)だ。
原告側は、小谷教授が2025年1月に急性不安状態と診断され、2月にハラスメント相談室に相談した時点で、大学は小谷教授に心理的負荷が過度に蓄積していることを認識していたと指摘。
それにもかかわらず、大学側は小谷教授が弁護士に相談したのを理由に「外部での解決を志向しているもの」としてハラスメント相談資格を喪失させており、加えて、ハラスメント調査委員会の設置も行われなかった。
こうした背景もあり、原告側は「大学が日頃からハラスメント対策に対する姿勢が消極的であった」とし、「原告が心身の健康の安全を確保しつつ労働ができるように、必要な配慮をする安全配慮義務および注意義務に違反している」とした。

「明治大学の明るいイメージに傷、それでも…」

この日の会見で小谷教授は、被告の鈴木学部長について「人気バラエティー番組の監修を務めるなど、国際日本学部のスター教員だ」と語った。
さらに鈴木学部長自身が過去に執筆していた、日本のハラスメント対応を批判する記事にも触れつつ、「鈴木学部長のような同僚がいることは、本来はとても誇るべき」と前置きした上で、こう続けた。
「今回の裁判は、残念ながら、そうした明治大学の明るいイメージに非常に傷をつけてしまうものになってしまいます。
大学のためを思えば、提訴すべきなのかどうか、私も悩みました。
それでも、明治大学や国際日本学部を、安全で良い大学だと信じて進学してくださる学生さんを思えば、実態とかけ離れたイメージを守るよりも、安全な環境の構築が重要だと考え、訴訟に至りました」
なお、弁護士JPニュース編集部では、明治大学広報課を通じ、鈴木教授、小笠原教授にも個別のコメントを求めた。
鈴木教授に対しては、上述した2024年12月11日の小谷教授との面談での発言の趣旨や、小笠原学科長が審査対象者と接触していたことへの当時および現時点での認識について質問。
小笠原教授に対しては、審査対象者と連絡を取り合いながら文案を作成した経緯と意図、教授会で小谷教授に「あなたは常識がない」「もう口をききたくない」などと発言したとされる件の有無と趣旨について質問した。
これらの質問に対し、明治大学広報課が11日「現時点で訴状等の正式な書類が届いておらず、個別のコメントについても差し控えさせていただきます」と回答した。



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