井上さんは、2024年の司法試験に合格後、司法修習の関係で2025年1月~4月の間に2回の引越しをし、法令を遵守して住民登録を行った結果、いずれの自治体の選挙人名簿にも登録がなく、同年7月の参議院議員選挙で投票することができなかった。
そこで、憲法15条で保障されている選挙権(参政権)が侵害されたことを理由に、国を被告として1万円の国家賠償を請求する訴えを提起した。
裁判所は国会の「立法裁量」を広く認める傾向にある。しかも、仮に勝訴したとしても訴訟追行にかかる費用を考えればマイナスになることは明らかである。そうであるにもかかわらず、なぜ、井上さんは本件訴訟を提起したのか。本人に話を聞いた。
法律を守った結果「どう頑張っても選挙権を行使できない」状態に
井上さんは2025年1月、埼玉県和光市の司法研修所での導入修習開始に伴い、東京都港区から東京都豊島区へ転居し、次いで4月に実務修習のため京都府京都市へ転居した。その間、1月11日付で港区に転出届を、同月17日に豊島区に転入届を提出。また4月12日に京都市に転居し22日に転入届を提出した。これらはいずれも法律の定めに則ったものである。
しかし、同年7月20日に施行された参議院議員選挙の直前、井上さんは、同選挙に投票できないことがわかった。
公職選挙法上、選挙人名簿に登録されるためには、特定の市区町村に3か月以上住民登録されていなければならない(公職選挙法21条1項・2項、266条1項)。また、住民登録のある市区町村から転出した後4か月経てば選挙人名簿から抹消される(同法28条2号)。
選挙人名簿への登録時期は以下の2通り。
- 定時登録:原則として毎年3月・6月・9月・12月の1日に選挙人名簿に登録する
- 選挙時登録:選挙事務を管理する選挙管理委員会が定めた基準日に選挙人名簿に登録する
また、京都市中京区の前の東京都豊島区は住所登録期間が2か月27日と3か月にわずかに満たなかったため、同区の選挙人名簿に登録されていなかった。
さらに、その前の東京都港区から転出して4か月が経過していたため、2025年5月11日頃、同区の選挙人名簿から抹消されていた。
その結果、2025年5月11日頃~9月1日の間、井上さんはどの自治体の選挙人名簿にも登録されておらず、選挙権を持っているにもかかわらず、参院選での投票が認められない状態になっていた(【図表】参照)。
【図表】井上さんが2025年7月20日の参院選で投票できなかった事情
井上さん:「『導入修習は短期間なのだから、住民票を豊島区に移さなくてもよかったのではないか』という人がいます。
たしかに、実家住まいの人が導入修習のため寮や下宿などに住むならば、短期間の遠方への出張のようなものなので、住民票を移す必要はないかもしれません。
しかし、私はもともと一人暮らしでした。転居した後に旧住所に新しい人が住むかもしれません。それなのに自分の住民票を残しておくのは、法を遵守する観点からもそうですが、それ以前に、大きな違和感がありました。また、役所や官公庁等から私の個人情報を含む郵便物がそこに届くリスクもあります。住民票を移さない選択肢はありませんでした。
私は選挙権を得て以来、国政選挙には必ず参加してきました。それなのに、2025年7月の参院選で選挙権を行使できないことが分かり、現行法の制度設計に対して強い疑問を抱くようになりました」
現行法の選挙権制限の理由とその「不合理性」
被告国側は、現行法が選挙人名簿の被登録資格として「継続居住要件」を定めた目的について、「選挙直前に選挙目当てに住所を移すなどの方法による不正投票の防止」にあると説明している。しかし、井上さんは、参院選に関しては「選挙区選挙」は選挙区が都道府県単位で設定され、「比例代表選挙」は全国が一つの選挙区となっているため、同一都道府県内での市区町村の間で住所が移転した場合に、選挙権を行使できなくする合理性は乏しいと説明する。
もし仮に、同一都道府県内の住民登録期間を通算して名簿登録する制度になっていれば、東京都内で港区から豊島区へ引っ越した井上さんは、2025年の参院選で選挙権を行使できたことになる。
なお、同様の問題は、衆議院議員選挙と、最高裁判所裁判官の国民審査の際にも生じ得る。
井上さん:「衆院選でも、同じ小選挙区内、比例代表の同じブロック内での住所移転の場合には住民登録をめぐる不正は起こり得ません。
また、最高裁判所裁判官の国民審査も、居住自治体がどこかは無関係なので、参院選の比例代表選挙と同じ問題が生じます。
私はそれらについては当事者ではないので訴訟で争うことはできませんが、公職選挙法の不備により選挙権が侵害されるリスクは、本件以外にもあると思います。もし、本件で違憲判決が行われれば、それらの制度にも波及して、国会で全体を見直そうとなることを期待しています」
「一文の得にもならない」のに、訴訟を提起した理由
本件訴訟は、井上さんにとって、結果がどう転んでも、経済的には「一文の得にもならない」どころか、マイナスになることが最初から明らかである。すなわち、本件において、司法の場で救済を受ける実効性のある手段は、事実上、国家賠償請求(国家賠償法1条1項参照)に限られている。なぜなら、訴訟制度のしくみ上、訴訟係属時点で解消されている「過去の違法状態」の確認を求める訴訟類型が認められていないからである。
井上さんが選挙人名簿に登録されない状態は現時点で解消されており、「確認の利益」がない。したがって、「選挙人名簿に登録されず、選挙権を行使できなかったことによりこうむった精神的損害」を金銭賠償に見積もって請求する形しかない。
しかし、本件訴訟での井上さんが求めている賠償額は1万円である。
しかも、違法状態の是正のためには判決だけでは足らず、国会が改めて公職選挙法を改正するのを待たなければならないという現状がある。
そうであるにもかかわらず、なぜ、井上さんは本件訴訟を提起したのか。その問いに対し、井上さんは、「だからこそ自身が提訴した」と述べる。
井上さん:「私が本件訴訟を提起したのは、今後、私と同じような転居事情があった人が、選挙できちんと投票できるような社会になってほしいからです。
私は1万円の損害賠償金が欲しいわけではありません。訴訟制度上、争う方法は国家賠償請求訴訟を提起する方法しかありませんでした。勝訴でも敗訴でも、判決理由中で『違憲』との判断がなされれば、国会に法改正を促すことができます。
この問題の当事者は、2025年7月の選挙でも、国民全体で見たら無視できない数になる可能性があります。しかし、多くの方にとっては、訴訟を提起してまでも争うことのハードルはきわめて高いといわざるを得ません。
争う手段が国家賠償請求訴訟しかない上、勝訴しても経済的にマイナスになると知れば、『忙しいし、次回選挙で投票できるからいいか』と、声を上げることを断念せざるを得ないのではないでしょうか。
司法修習生である私は、当事者になりうる人のなかでも、法律や訴訟制度を比較的知っている立場だと思います。
「少数派なら切り捨てられても仕方ない」は間違っている
井上さんは、豊島区や港区の選挙管理委員会に問い合わせた際、「今後は3か月以上居住すれば投票できる(から今回は諦めてください)」「井上さんのように忙しい方は難しい」「豊島区にもう少し長く住んでいれば良かった」などの言葉を受け、ショックを受けたという。井上さん:「選挙管理委員会は、今回のことが起きるずっと前から、問題の所在を把握していたことになります。1回の投票の機会が失われることの重大さが、まったく理解されていないと感じました。
たしかに、私のような、居住要件の定めのために選挙権を行使できなくなる人は、日本国民全体の中では少数派かもしれません。そして、『少数なら、ある程度切り捨てられる人がいてもやむを得ない』などと正当化する考え方に触れることがあります。
しかし、そのような考え方は、『少数の声は聞かなくてもよい』という発想につながりかねず、民主主義社会の基盤にも関わる重大な問題をはらむと考えています。
このことも、私が本件訴訟を提起した重要な動機の一つです」
なお、井上さんは本件訴訟の訴状のなかで、2016年1月に行われた公選法改正の審議の際、主に野党の議員の質問において、まさに本件での井上さんのように、転居を繰り返すことにより投票できない人が出てくるという問題が指摘されていたことを摘示している(※)。
※塩川鉄也衆院議員(共産党。衆議院「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」2016年1月20日にて)、牧山弘恵参院議員(立憲民主党。参議院「政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会」2016年1月27日にて)
折しも今年2月11日、政権幹部が「これまでは野党がたっぷり質問していた。選挙の結果を踏まえ、野党の質問時間はそんなに要らないだろう」と発言したと報じられた(朝日新聞)。
しかし、公選法の改正に関する国会審議の過程において、上記の重要な指摘が、いずれも国会の「少数派」である野党側から行われていることは、井上さんの上記指摘とも相まって、民主主義とは何かを考える上で象徴的であるといえる。
「認識されにくい問題」で苦しむ当事者に寄り添う弁護士になりたい
井上さんはまもなく司法修習を終え、4月からは弁護士として東京都内の法律事務所で勤務することが予定されている。
井上祐維さん(2月 東京都内/弁護士JPニュース編集部)
井上さん:「市民が『この制度はおかしい』『なぜ、こうなっているのか』と思うような問題に触れたとき、それらの問題を解決できないか、模索する弁護士になりたいと思っています。
昔から、自分自身の経験も通じて、ジェンダー、セクシュアリティといった性に関わる問題などに関心がありました。このような問題は昔からあったはずですが、当事者自身も、その周りの人々も、社会も、法的な問題だと認識できなかった時期があったと思います。
そういう問題に直面して悩み苦しんでいる人に、寄り添って解決する弁護士になりたいのです」
井上さんは、本件訴訟で裁判所に証拠として提出する「陳述書」を募集しているという。
井上さん:「私と同じような立場の方に、陳述書を書いていただきたいのです。自らの声を裁判所に届ける機会にもなります。
短くても、A4サイズ1ページでも、500字くらいでも構いません。実際に、投票できなかった、悲しい思いをした、現行制度が変わって欲しい、といったことを、率直な言葉で文章に表現していただきたいのです。
文章を書き慣れていない人は、サポートさせていただきます。
皆様の声が、この問題があることを社会に広く認識してもらい、制度をより良くしていくことにつながります。ぜひ、よろしくお願いします」
※陳述書の作成方法、提出先等は以下をご参照ください。
■「陳述書」作成のお願い

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