教員になるには教員免許が必要なことはご存じだろう。だが昨今は、“教員”が教員免許なしで教育現場に足を踏み入れる場面も増えている。

文科省が、教育課題の多様化に対し、柔軟かつ的確に対応していくことが求められるとして、外部専門人材の活用拡大を打ち出して久しい。
そうした中、地域人材や専門分野の社会人などの外部人材が教壇に立ち、活躍しているのだ。
校長や教頭についても、2000年1月の学校教育法施行規則等の一部を改正する省令で、校長および教頭の資格要件が緩和され、民間企業や多様な社会人経験を持つ人材の登用が可能となっている。
地方公務員としてX県庁に入庁し、異動により、「教員免許なし」で校長を命じられた川田公長氏もその一人だ。
※この記事は川田公長氏の書籍『素人校長ばたばた日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。記事内の登場人物、学校名は仮名です。

学校現場での勤務経験などないのに「なぜ?」

地方公務員としてX県庁に入庁して33年。私はこれまで2回、教育委員会事務局に勤務したことがある。
一度は学校施設課で、学校の施設やパソコンなどの設備の整備を担当した。
毎年、各学校から要望をとり、現地を確認し、必要と思えるものから予算を要求する仕事だった。
もう一度は教育人事課である。こちらでは教員の勤務条件の改善などを担当し、職員団体との窓口となっていた。
教育関係の部署に勤めたのはその二度だけで学校現場での勤務経験などない。

現在は学事文書課長を務める私になぜ校長の仕事が回ってきたのかよくわからない。
人事異動の内々示を知らせてくれた総務部長は私の反応を待っている。
「私 教員免許は持っていませんけど。」
とっさにそんな疑問が口をついて出る。
「校長や教頭は教員免許がなくてもできますよ」
部長は表情を変えずに告げる。
「そうなんですか。で、どこの学校ですか?」
「具体的な学校名はここでは・・・・・・。のちほど教育委員会から連絡があります。それから、この件はまだほかの人には言わないでくださいね」
そろそろ異動かもという予感はあったとはいえ、「校長」とはいくらなんでも唐突すぎる。それに、校長の仕事っていったいどんなものなのだろう。

校長の先輩に探りを入れるとこわばった表情も

頭は混乱し、整理しきれない思いが渦巻くものの、公務員なので言われた場所で働くしかない。私は自分の席へ戻り、周囲の人に気取られぬよう何事もなかったかのように業務を続けた。
その日の夜、私は帰宅するとすぐに校長の内示のことを妻に話した。誰かに言いたくて仕方がなかったのだ。

「今日、異動の内示があったよ」
「あっそう。でも、ずいぶん早いわね」
これまで異動は何度も経験しており、妻も慣れっこだ。ただ、内示の早さを不審に思ったようだった。異動先を伝えたら驚くだろうと思うと少しワクワクしてきた。
「高校の校長だって」
私は平静を装い、澄ました顔で言った。
「えっ、どこの?」
案の定、目を丸くしてびっくりしている。
「まだわからない。教えてくれなかった」
「あなた、教員免許持ってたっけ?」
やっぱり夫婦、私と同じ疑問だ。
「校長や教頭は教員免許がなくてもなれるんだよ」いかにも当然そうに言う。
「へー。引っ越さないといけないの?」
「いや、どこでもクルマで通うよ」
「お弁当は要る?」
「うん、お願い」
「それにしても校長だなんてすごいね。大丈夫? できるの?」
私だってそう思っている。
本当にできるのだろうか?
「さあ、どうだかねえ」
気づくと、妻は子どもたちに知らせるため、家族のグループLINEに書き込んでいた。
総務部長から「校長」という通達を受けて、私は自らの異動のことは伏せながら数名の同僚に話を聞いた。校長の仕事がどんなものなのか知りたかったのだ。
X県では、行政職の職員が県立高校の校長として出向することがときどきあった。県庁の別の課に勤める大道さんもそのひとりだった。私より3つ年上の大道さんはざっくばらんな性格で話しやすい先輩だ。
「大道さんは以前、校長をされていたことがありましたよね。学校はいかがでしたか?」
私がそう尋ねると、大道さんの表情が強張った気がした。
「たいへんだった。やっぱり部外者だと、教員たちがあんまり言うことを聞いてくれなくてね・・・」
そういえば、出向期間は通常2年間だが、大道さんはなぜか1年で戻ってきていた。私は大道さんにその理由を聞くのが怖くなって世間話でお茶を濁した。大道さんの話を聞いて、少し緊張が高まった。

異動先が決まり、課せられたミッション

3月上旬、教育委員会からメールが届く。
「内示を行なうので、3月×日(日)の午後2時に県庁2階の会議室へ来てください」
指定された時間に県庁へ向かうと、日曜日にもかかわらず1階ロビーは人で埋め尽くされていた。どうやら、校長の内示の前に教頭の内示が行なわれていたようだった。
2階に上がり会議室に入るとすでに10人ほどの人が集まっていた。のちに実感することとなるが、教師というのはおしゃべり好きが多い。部屋の中ではにぎやかに会話が交わされていた。知り合いが誰もいなかったため、空いている席に腰かけて待つ。
しばらくして名前を呼ばれ、隣の部屋に招かれた。部屋に入ると顔見知りの教育長がニコニコしながら迎えてくれた。
「川田さん、久しぶり。異動先は、海斗市にある海斗商業高校になります。がんばってください」
「ありがとうございます。
そこは(私が住んでいる)A市から通えるのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。A市からクルマで1時間ちょっとくらいかな」
「わかりました。まったく初めてのことで緊張していますが、これからよろしくお願いします」
内示の際、辞令書とともに1枚の紙を渡された。そこには異動先で私が達成すべき使命(本県では「ミッション」と呼ぶ)が書かれていた。当たりさわりのない文言の中、ある一文に目がとまった。
「県内就職率を向上させること」
あとで聞いたところによると、わが県では就職する高校生の半数以上が県外へ出ているという。私の赴任先である海斗商業高校も県外就職が多く、これを食い止め、県内で就職させることが新校長に課せられた使命らしい。
こうして私はばたばたのうちに、新校長として海斗商業高校に赴任することになった。


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