母子免疫で赤ちゃん守る「RSウイルスワクチン」4月から定期接種化…妊婦への安全性は?
4月1日から、肺炎などを引き起こす「RSウイルス感染症」の予防接種が定期接種として実施される。これまで任意接種で1回3万円程度の費用がかかっていたが、定期接種化に伴い自治体による公費負担が始まるため、今後は接種の普及が進む可能性がある。

一方で、産婦人科施設の中には現場の課題として「患者の理解」「ワクチンに関する情報」などを挙げ健康な妊婦に接種し、その影響が胎児に及ぶという母子免疫ワクチンの特殊性から、安全性データのさらなる蓄積を求める声もある。(ライター・松田 隆)

乳幼児に呼吸器感染症を引き起こすRSウイルス

RSウイルス(Respiratory Syncytial Virus)は世界中に広く分布する呼吸器ウイルスで飛沫や接触で感染する。潜伏期間は2~8日程度で、家庭や保育施設などで集団感染が起こりやすい(国立健康危機管理研究機構・感染症情報提供サイト、「RSウイルス感染症とは」から)。
生後1歳までに50~70%の乳児が感染し、2歳までにはほぼ全ての子どもが感染するとされる。乳幼児の肺炎の約50%、細気管支炎の50~90%がRSウイルス感染症に起因するとされており、乳児期の呼吸器感染症の主要な原因の一つである。
厚生労働省は、その症状を以下のように説明している。
「発熱、鼻汁、咳などの上気道炎症状が数日続きその後、場合によって気管支炎や肺炎などの下気道症状が出てきます。初めて感染した乳幼児の約7割は軽症で数日のうちに軽快しますが、約3割では咳が悪化し、喘鳴(ぜんめい、ゼーゼーと呼吸しにくくなること)や呼吸困難、さらに気管支炎の症状が増加します。重篤な合併症として注意すべきものには、1歳以下では中耳炎の合併症がよくみられるほか、無呼吸発作、急性脳症等があります」
日本では毎年12万~14万人の2歳未満の乳幼児がRSウイルス感染症と診断され、そのうち約4分の1にあたる約3万人が入院を必要とすると推定されている(日本小児科学会予防接種感染症対策委員会、「RSウイルス母子免疫ワクチンに関する考え方」から)。
現在のところ、RSウイルス感染症に対する特効薬はなく、治療は酸素投与や輸液などの対症療法が中心である。

母子免疫でRSウイルス感染症対策

RSウイルスの特徴として、母親から自然に移行する抗体では感染を防ぐことができない点がある。子どもは感染を繰り返しながら免疫を獲得し、成長するにつれて症状が軽くなる。
今回の定期接種化では、RSウイルス感染症が予防接種法上のA類疾病に追加され、妊娠後期の妊婦に対して1回のワクチン接種を行う。対象は妊娠28週から37週までの妊婦で、接種することで母体のRSウイルスに対する中和抗体(※)を高め、その中和抗体が胎盤を通じて胎児へ移行し、生後間もない乳児がRSウイルスに感染した場合の重症化を防ぐことを目的としている。
母体に接種することで胎児に抗体を移行させる「母子免疫」という考え方である。
※ウイルスが細胞に感染するのを直接阻止する抗体
RSウイルスワクチンの最大の目的は、乳児期早期の感染時に重症化を防ぐことにある。新生児はワクチン接種できないため、感染予防の手段は限られている。そこで考えられたのが、母子免疫である。
日本産婦人科医会が主催した2月の記者懇談会では、出生直後の感染例として生後12日でRSウイルスに感染した新生児のケースが紹介された。兄と姉に発熱が見られ、その後、新生児が感染したため、酸素投与しながら救急車で搬送され、HCU(High Care Unit、高度治療室)に入院した例である。経口哺乳が困難なため、退院後も自宅で経鼻胃管チューブを継続し、生後3か月で抜去したという。
このように、生後数週間でRSウイルスに感染することも珍しくない。新生児がワクチン接種を受けられない時期に感染しても重症化するリスクを下げることが、今回の定期接種化の狙いである。

2013年にワクチン開発を要請

RSウイルスワクチンは2013年10月に開催された第5回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会において、開発優先度の高いワクチンとして選定された。同年12月に一般社団法人日本ワクチン産業協会に、会員企業に対するワクチン開発を要請している。
2024年5月31日に販売が開始され、既に希望する妊婦が接種している。もっとも、1回につき3万円程度と高額であった。
これが4月1日以降、定期接種化となり、原則として無料になる。
定期接種化によって救済制度も変更される。任意接種の場合は「独立行政法人医薬品医療機器総合機構法(PMDA法)」に基づく「医薬品副作用被害救済制度」であったものが、予防接種法に基づく予防接種健康被害救済制度が適用される。
補償内容で言えば給付水準がおおむね高くなり、接種による健康被害を受けた場合の救済内容も、因果関係の判断基準もPMDA制度とは異なる仕組みとなる。
経済的な恩恵や、救済制度が受けやすい点からも妊婦やその家族には接種のハードルが下がるのは間違いない。

効果と副反応

妊婦へのRSウイルスワクチンの効果については国際共同臨床試験でも検証されている。妊婦にワクチンを接種した場合、生後90日以内の重症RSウイルス下気道感染症に対する有効性は81.8%、生後180日でも69.4%であったと報告されている。
さらに医療機関受診を必要とするRSウイルス関連下気道感染症についても、生後90日で57.1%、180日で51.3%の有効性が確認されている(前出「RSウイルス母子免疫ワクチンに関する考え方」から)。
有効性とは「ワクチンを接種した群で、病気がどれだけ減ったかを示す割合」である。数式は『1ー(接種群の発症率/非接種群の発症率)』となる。有効性81.8%ということは、「ワクチンを接種すると、発症リスクが81.8%低下した」と言っていい。
アルゼンチンで実施された実臨床研究では、RSV関連入院に対する有効性は生後6か月までで71.3%、重症例では76.9%と報告されている。また、RSウイルス感染症に関連した院内死亡の3例はいずれもワクチン未接種であった(Pérez Marcら、Lancet Infectious Diseases 2025 から)。

副反応については、国内で報告された重大な副反応はショックまたはアナフィラキシー(※)であり、2024年5月31日から2025年12月31日までの副反応疑い報告では1例のみとされている。
※複数の臓器(皮膚、呼吸器、消化器、循環器など)に急速に強いアレルギー症状が現れる状態
また海外の観察研究では、妊娠高血圧症候群との関連が議論されているものの、研究によって結果は一致していない。国内では、2024年5月31日から2025年12月31日までに報告された妊娠高血圧症候群に関連する副反応報告は3例とされている。
このような状況から、妊婦へのワクチン接種には慎重な意見も存在する。産婦人科医を対象としたアンケートでは、胎児への影響や妊婦の副反応を懸念する声が一定数認められる。
ワクチン発売から1年後の調査で、ワクチン接種による副反応や有害事象が「ある」と答えた施設が1026件中1.5%であった(妊婦のRSVワクチン接種に関する全国調査-発売前と発売1年後のアンケート調査結果より-)。
1つの施設で発売後1年の間に1人でも副反応や有害事象があった場合、「ある」という回答になる。つまり98.5%の施設では発売から1年後の段階で1人も副反応や有害事象が出なかったことになる。
アンケートをふまえ、日本産婦人科医会・幹事の齊藤真氏は「実臨床において重大な安全性の問題は確認されておりません」とし、「医療側では、費用と患者理解、エビデンスを含めたデータの蓄積が主要な課題となると思いますが、定期接種化により普及が加速することは考えられるかなと思います」と話した。
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齊藤真氏(撮影・松田隆)

社会的信頼の構築が課題

普及の加速が予測される一方で、妊婦へのワクチン接種には特有の課題がある。例えば、ワクチンの必要性に対する認識、効果や安全性に関する理解、社会的な接種へのためらい、情報の非対称性などが普及の障壁として指摘されている。
昨今、反ワクチンの言説や、陰謀論めいた話がSNS上を駆け巡ることもある。
そうした状況も含め、日本産婦人科医会・常務理事の倉澤健太郎氏は以下のように話した。
「このワクチンは定期接種化になる前に2年間弱の接種経験もありますし、目的もよく分かっている状況での接種となります。アンケートの結果からも、そのあたりの(陰謀論的な言説をはね返す)ハードルはそれほど高くないのかなと思っています。
一般的にはこの程度のパーセントで有害事象が起こり得ることを分かっていただいた上で、それをはるかに上昇させるものではないことをご理解いただき接種していただくのがいいのかなと思います。ただ、無償で受けられる英国でも接種率は6割いきませんから、妊婦さんの考え方や選択肢に委ねる部分があってもいいのかもしれません」
母子免疫で赤ちゃん守る「RSウイルスワクチン」4月から定期接種化…妊婦への安全性は?

倉澤健太郎氏(撮影・松田隆)

そもそも全く副反応がないワクチンは考えられない。当然、大きなリスクがないことは前提になるが、RSウイルスの場合、子どもが2歳になるまでにほぼ全員が感染するもので、重症化するリスクがある。
そう考えると、基本的には接種によるベネフィットはリスクを凌駕(りょうが)すると考えることもできる。その上で最終的には妊婦の判断に委ねられる余地を残しておくのも、自己決定権の尊重という点を考えれば悪くない選択肢である。
こうした課題を正しい方向へ導くためには、正確な情報提供と長期的な安全性データの蓄積が不可欠であることは間違いない。医療機関、自治体、学会が協力し、接種効果を可視化しながら社会的信頼を高めていく必要がある。
RSウイルス感染症は、乳児の呼吸器感染症として長年重要性が指摘されながら、予防手段が限られていた。母子免疫という新しい予防戦略がどこまで普及し、乳児の重症感染を減らすことができるのか。
今回の定期接種化が、そのマイルストーンとなるのは間違いない。
◾️松田 隆
1961年埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。


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