離婚時の財産分与は、夫婦が協力して築いた資産を清算するものであり、離婚の原因を作った側(有責配偶者)からでも請求が可能です。しかし、不倫をして家を飛び出した相手からの請求には、どこまで応じる義務があるのでしょうか。

本記事では、ある夫婦のケースをもとに、不倫した妻への財産分与の妥当な範囲と、慰謝料との相殺、さらに不動産譲渡における税務上の注意点について解説します。
※この記事は、飯野たから氏・神木正裕氏著、梅田幸子氏監修の書籍『男の離婚読本(第6版)』(自由国民社)より一部抜粋・構成。

ようやく自分の時間が持てるようになった妻が――

福永正典さん(仮名)は、奥さんの礼子さん(仮名)と話し合い、別れることにしました。お互い、納得ずくです。しかし、離婚条件で折り合いがつかないため、まだ正式な離婚ができません。というのは、離婚の原因を作った礼子さんが財産分与を要求しているからです。
正典さんは、自分を裏切った妻に1円だって渡したくはありません。むしろ、礼子さんと、その不倫相手の川田太郎さん(仮名)に慰謝料を請求したい位です。
***
正典さんは中堅食品会社の営業課長ですが、郊外の一戸建てに、礼子さんと一人息子で高校2年生の正志君(仮名)の3人で暮らしています。この家は20年前、正典さんが独身時代に買ったものです。
正典さんの資産といえば、時価4500万円のこの家だけで他には何もありません。ただし、3000万円の住宅ローンがまだ1000万円近く残っています。
2人の夫婦仲は、今度の離婚話が出るまで一度も波風が立ったことなどなかったのです。

たしかに正典さんは仕事柄、残業や出張も多く、新婚時代の礼子さんが寂しい想いをしたことは何度もあります。しかも、正典さんは亭主関白で、休みでも家族サービス一つせず、育児や家事といった家庭のことは礼子さん1人に任せきりでした。
「俺は仕事で忙しい。家に帰ってまで面倒なことはごめんだ。お前の責任でやれ」
礼子さんが何か相談しても、正典さんの返事は、いつも同じです。もう少し話を聞いてくれてもいいのに……。そう思うこともありましたが、根が楽天家の礼子さんは「どこでも、亭主なんてこんなものだろう」と割り切っていました。
腹が立たなかったというと嘘になりますが、夫から信用されていると思えば、家事や育児にも力が入ります。そんな礼子さんの性格が幸いしたのか、結婚以来、夫婦ゲンカ一つせずに過ごしてきたのです。その意味では、夫婦仲は良かったと言えるでしょう。
そんな夫婦仲に亀裂が入ったのは、2年前。正志君が高校に進学し、ようやく自分の時間が持てるようになった礼子さんが、前々から好きだった陶芸を本格的に習い始めた時からです。

「家のことに差し障りがなければ、別にかまわんよ」
陶芸教室の受講料など必要な費用はパートで稼ぐというのですから、相談を受けた正典さんも、別に反対する理由はありません。しかし、この礼子さんのパートが離婚への序章だったのです。

パート勤めがもたらした離婚話

礼子さんは、家事に差し障りない午後の数時間、近くのコンビニにパートで勤めることにしました。その店で、後に不倫相手となった川田太郎さんと知り合ったのです。
当時、川田さんは、その店の店長で40歳。バツイチでした。
「ちょっと固いな~。もっとリラックスしてください」
パートとはいえ、礼子さんにとっては20年振りの勤めです。しかも、いきなりレジに立たされたこともあって、相当緊張していました。隣に立つ川田さんは盛んに楽にしろと言うのですが、そう簡単に緊張は解けそうもありません。
「じゃあ、一つ大きく深呼吸してみましょうか。そうそう。それから、こう両手をブラブラさせて……」
突然、川田さんが大きな身振りで深呼吸を始めたのです。
礼子さんも、慌てて彼の真似をします。2度、3度と身体を動かすうちに、強張った頬の緊張も解けてきました。
その後も、川田さんは慣れない礼子さんに何かと気を使ってくれ、事あるごとに優しい言葉をかけてくれます。
夫からは「おい、お茶」「風呂は沸いてるか」「飯にしてくれ」としか言われたことのない礼子さんが、川田さんに好意以上の感情を抱くのは時間の問題でした。それが、たんなる浮気で済めば問題はなかったのです。
しかし、パートに出て1か月経たぬ間に、礼子さんは毎日のように川田さんのアパートに通うようになっていました。
***
「ごめんなさい」
正典さんは、礼子さんがたった1枚の置き手紙を残して家を出て、初めて奥さんの不倫に気づいたのです。パートを始めてから半年後でした。
正典さんには到底信じられない話でしたが、川田さんの部屋で礼子さんと会い、その口から離婚を言い出されたのです。妻の不倫を現実の出来事として認識するしかありませんでした。
その後、川田さんを交えて何度か話し合い、礼子さんの決意が固いとわかると、正典さんも離婚に同意したのです。正志君については、本人の意思を尊重し、正典さんが引き取ることにしました。
そして、正典さんは礼子さんに、署名捺印した離婚届を渡したのです。
ところが、まだ正式な離婚は成立していません。礼子さんが、離婚届を役所に届けるのを止めてしまったからです。彼女は最初、離婚できれば何もいらないと言っていたのに、後から2500万円の財産分与を要求してきました。その言い分は、こうです。
①夫の資産の半分は妻の内助の功によるもので、資産の2分の1は分与すべきである
②財産分与の対象になる夫の資産は、時価4500万円の土地建物、夫の退職金見込額1500万円、それにマイナスの資産として住宅ローン残高1000万円である
③以上から、対象資産は総額5000万円であり、財産分与は2500万円が相当
「長年、あなたと正志のために家事と育児を引き受けてきたのよ。この位もらうのは当然の権利だわ」
礼子さんは、正典さんが約束が違うと抗議すると、そう言い切ったのです。正典さんとしては、自分を裏切った彼女に1円だってやりたくありません。むしろ、彼女と不倫相手の川田さんから慰謝料を取りたい位です。結局、2人の言い分は平行線のまますでに1年近い月日が過ぎてしまっています。

解説/財産分与は、不倫した側からでも請求できる

財産分与には、いくつかの性格があります。
1つは、結婚生活中に夫婦の協力で蓄積された財産(夫婦共有財産という)を清算し分配して、お互いの公平を図るという性格です。一般的に、直接収入のない専業主婦にも、「内助の功」として財産の分与が認められているようです。

なお、妻と夫は法律上、対等の立場ですから、「内助の功」ではなく、「貢献度」と言い換えることにします。
今日、専業主婦の貢献度も、共稼ぎの妻や夫と協力して家業を営んでいる妻と変わらず、共有財産の原則2分の1という考え方が定着しているようです。
もう1つは扶養面です。離婚で生活面の不安をきたす側の配偶者(多くは妻側)を扶養して、その暮らしが維持できるよう配慮する役割です。
この2つから、不倫など離婚原因を作った側からでも財産分与の請求ができるとされているのでしょう。また、このほかには、離婚の慰謝料という意味合いもあるようです。
正典さんが、不倫をした礼子さんに財産分与など1円も払いたくないという気持ちはわかります。しかし、財産分与の性格上、やはり財産分与しないわけにはいかないでしょう。ただし、礼子さんの主張する2500万円という請求額は法外です。
まず、終身雇用制度の維持が難しくなり、従業員も積極的に転職するなど雇用流動性が高まっている昨今、将来払われる予定の退職金まで財産分与に含める必要はないと思います。
とすると、夫婦の財産分与の対象となるのは、正典さんが住む土地建物だけです。この物件の時価が結婚前に買ったときと同じだとすれば、頭金1500万円は正典さんの個人資産ですから、この頭金は財産分与の対象にはなりません。

よって、財産分与の対象となる夫婦で協力した資産は、住宅ローンの3000万円だけとなります。ただし、まだ1000万円ローンが残っていますので、財産分与の対象になるのは、その金額を引いた2000万円に過ぎません。礼子さんの貢献度は2分の1(5割)ですから、財産分与の金額は1000万円以下と考えられます。
一方、正典さんも、礼子さんと川田さんの2人から別々に慰謝料が取れますが、その金額は、せいぜい1人100万円~200万円程度といったところです。
妻とその不倫相手から受け取る慰謝料より、妻に支払う財産分与が多いというのは納得いきませんが、最悪この差額程度の支払いは覚悟して、相手と交渉すべきです。
なお、不倫を離婚原因とするものではありませんが、破綻原因の重い妻側に慰謝料100万円の支払いを命じ、一方で夫側には1500万円の財産分与を命じた判例もあります(東京高裁・昭和58年9月8日判決)。
ただし、不倫の挙げ句、家庭を捨てたのは礼子さんの側です。悪いのは向こうですから、こちらも法外な慰謝料を請求するなどして、相手にブラフをかける位のことはしてもいいと思います。
また、財産分与も最初から具体的な金額で交渉するのではなく、一切認めないという強気の姿勢で対応すべきです。
なお、正典さんは、このままズルズル話合いを続けるより、サッサと離婚調停を申し立てたり、場合によっては離婚を求める裁判を起こした方が得策です。さもないと、離婚に応じないとゴネられたり、離婚までの生活費を払えと請求されるケースも出てきます。
よく裁判にすると世間体が悪いとかいう人もいますが、いつまでもゴタゴタするよりマシです。
また、調停も裁判も弁護士だけが出廷すれば済むケースがほとんどなので、仕事への影響もまずありません。正義は、正典さんの側にあります。どしどし裁判所を利用してください。

不動産を譲る時は、贈与税の心配をすること

2度の離婚で、2度とも全財産を妻に渡して別れたというタレントさんもいたそうですが、一般的に、慰謝料でも財産分与でも、離婚相手には1円だって払いたくないというのが普通の人の気持ちでしょう。
もっとも、どうしても別れたいという場合には、相手に離婚を承諾させるため、必要以上の財産分与をするというのも有効な解決法と言えなくもありません。
ただし、この場合には、相手は喜んで離婚届にハンコを押してくれる(令和3年9月1日から、離婚届は署名だけでよく、押印は任意)かもしれませんが、財産分与を受けた側は、その金額によっては、税務署から高額の贈与税を取られることもあるということは覚えておいてください。
贈与税法の通達には「夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮しても過当な部分は、贈与があったものとする」とあるだけで、具体的な金額や割合についての規定はありません。しかし、裁判ではまず認められないような多額の財産分与をする場合には、最初から贈与税の支払いも計算に入れておいた方が無難です。
とくに、土地建物のような含み益のある資産を現物で譲る場合は注意してください。財産分与時の時価と購入時の取得価格の差額が譲渡所得とされ、しかも財産分与した側に課税されるからです。
なお、一般的に、妥当な範囲の財産分与には贈与税はかかりません。


編集部おすすめ