問題の元凶とされたのが「外免切替」だ。
ジュネーブ道路交通条約に加盟していない中国の免許では国際運転免許証を取得できないが、日本を経由すれば世界の国で運転できるようになる。管理のゆるい日本を踏み台にすることで、運転技術の怪しいドライバーが世界に広がってしまうのではないかと、問題を指摘する声が上がった。
こうした声を受け、日本政府は2025年10月に外免切替制度の厳格化に踏み切った。筆記試験はイラスト問題10問から文章問題50問へと大幅に変更され、合格点も7割以上から9割以上に引き上げられた。
技能試験では横断歩道の通過など新たな課題が追加され、合図不履行や右左折方法違反といった項目の採点基準も厳しくなった。さらに、短期滞在者は申し込みそのものができなくなり、旅行者が日本の免許を取得するルートは事実上閉ざされた。
警察庁が今年3月に公表した統計は、厳格化の影響を如実に示している。2024年通年の合格率は筆記が92.5%、技能が30.4%であったが、厳格化後の2025年10月から12月には筆記が42.8%、技能が13.1%へと急落した。(ジャーナリスト・高口康太)
しっかり準備すれば受かる
では、この変化は現場にどのような影響を与えているのか。中国人向けに免許取得支援を行っている、在日中国人の個人運転講師に話を聞いた。SNSや知人の紹介を通じて在日中国人の免許取得をサポートしており、必要書類の案内から大きな駐車場を使っての実技練習まで幅広く手掛けている。その答えは「合格率の数字ほどの深刻さはない」という意外なものだった。
講師によれば、試験が難しくなったとはいえ、内容は日本人が自動車学校を通さずに試験場で直接受験する場合(いわゆる「一発試験」)とさほど変わらないという。日本人の一発試験合格率は5~10%程度とされている。それと比較すれば、13.1%という技能試験の合格率は極端に低いわけではない。事前にしっかり準備をすれば十分にクリアできるという。
むしろ、悩ましいのは試験の予約が取れないことなのだとか。1~2か月待ちは珍しくなく、不合格になれば再度予約を取り直さなければならない。「地方の試験場ならば空いている」「空いていても、外国人に慣れていない田舎の試験場は大変」といった口コミが飛び交っているという。日本移住後、すぐに免許が欲しい人にとっては切実な問題ではある。
前述の合格率は外国人全体のものだが、中国人にはコミュニティの情報力という強みがある。昨年、筆者が執筆した記事「中国SNSで「外免切替」“攻略”法が拡散? 日本人が知らない「中国人と運転免許」実態とデマ」でも紹介したが、中国のSNSには、「攻略」と呼ばれる無料のガイドが大量に投稿されている。
書類の集め方から試験場ごとの注意点、技能試験のコツまで、写真や動画で事細かに解説されている。
旅行しなくても国際免許が取れる
日本在住者には大きな悩みがないとのことだったが、では旅行者はどうだろうか。旅行のついでに国際免許を取れるという“裏技”が封じられ、中国人は困っているのだろうか。「日本よりも、もっと簡単な別ルートがあります」と話すのは、不動産購入支援や留学サポートを手掛ける在日中国人のA氏。ラオス・ルートがお手軽だと人気になっているという。
これを利用すれば、本人がラオスに渡航しなくても、現地の業者や代理店に手続きを依頼して、代理人が代わりに取得することが可能だ。ラオスはジュネーブ道路交通条約の加盟国なので、中国にいながらにして国際免許証を取得できる。費用も1500元(約3万円)程度と海外旅行に比べれば安い。
ただし、ラオスに滞在歴がない場合、日本警察が無効と判断するケースもあるため、リスクはあるという。他にも、フィリピン経由で、代行業者が替え玉申請することで郵送だけで免許証を取得できるという話もあるようだ。
もっとも、国際免許証を取得するニーズがどこまであるのかには疑問が残る。世界的に見れば、国際免許証がなくとも中国の免許証と公式翻訳のセットで運転が認められる国は多い。国際免許証がどうしても必要になるのは日本や韓国など一部の国に限られている。
日本は排外主義に向かっている?
上記のように、外免切替厳格化そのものが在日中国人社会に大きな影響を与えていることはないようだ。むしろ懸念されているのは、日本社会が排外主義、外国人排除に向かっているのではないかという点だ。日本はこれまで緩和的な移民受入政策を続けてきたが、この1~2年で大きく転換しつつあるとの不安が広がっている。外免切替だけではない。同じく昨年10月に実施された経営・管理ビザの取得要件の厳格化も注目されている。必要な資本金が500万円から3000万円と一気に6倍に引き上げられたほか、申請者本人または常勤職員のいずれかが一定の日本語能力を有することが、新たに要件として加えられた。
既存のビザ保有者には3年間の猶予期間が設けられたが、すでに運用は変更され、従来よりも多くの書類や条件が求められるケースがあるという。
経営・管理ビザを取得して日本に移住し、民泊などのビジネスを手がけるB氏はこう打ち明ける。
「日本は法治国家だから、猶予期間があるなら今までと同じ条件だと信じていました。ところが実際には運用でがらりと変わってしまう。移民政策の転換があるならば、国会での審議を経ての法律改正があるだろうから、最悪でもその間の時間的猶予があると思っていたのに、審議不要の省令で一気に変わってしまうのか。そう驚かされました」
外国人に関する政策ががらりと変わって住み続けられなくなる日が来るのではないか。
外免切替の厳格化は在日中国人社会にとって数多くあるシグナルの一つにすぎない。制度の抜け穴を塞ぎ、社会秩序を維持すること自体は当然必要だ。
しかし、日本が必要とする外国人材の受け入れという国益と、規制強化とのバランスをどうとるのか。その議論が透明化されないまま運用だけが急変する現状は、法治と安定を信じて移住を決めた人々の信頼を揺るがしかねない。
外免切替という一つの制度変更の裏側に、日本社会が外国人とどう向き合っていくのかという、より大きな問いが横たわっている。
■ 高口康太
1976年生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員教授。中国経済、中国企業、在日中国人社会などを中心に取材、執筆。著書に『ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書、梶谷懐氏との共著)、『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和との共編)など。

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