恨みが募り、憎しみの対象を銃で殺害した――ところが実は、その人物は殺される前にすでに死んでいた…。
1万体以上の死体の解剖に携わったベルギーの法医学医、フィリップ・ボクソ氏は、そんなウソのような殺人を解明したことがある。

一体、どのような状況で死が訪れ、なぜこんな奇妙なことが現実に起こったのか。そして、殺人を犯したハズが結果的には「遺体を傷つけただけ」だった、弾を放った者の運命は…。
あまりにもミステリアスな状況を、同氏が鮮やかに解明する。
※この記事はフィリップ・ボクソ氏の書籍『死体は語りだす:法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」』(三笠書房)より一部抜粋・構成しています。

憎しみの相手に至近距離から数発を貫通させたが…

弾を放ったのはマリー。相手は父親のフィリップだ。
恋人のことで激しい口論となり、マリーはフィリップから暴行を受けた。堪忍袋の緒が切れたマリーが、父がいる限り自分の人生はみじめなままだと絶望し、「ケリを付けよう」と決心した末の行動だった。
運命のいたずらか、ピストルの使い方は父から学んでいた。
すべての弾はフィリップの体に当たり、数発は体を貫通していた。ストレスを抱え、しかも暗闇という状況でも狙いを外さずに発砲することができた娘をフィリップは誇りに思ってもよい。至近距離から撃ったとは言え、たいしたものだ。

すべての傷が死後にできている不可解

まず背中の射創を調べたところ、問題があることに気づいた。すべて、フィリップの死後にできたと思われるのだ!
我々は、犠牲者が亡くなった後にできる「死後」の傷と存命中にできる「生活反応のある」傷、犠牲者が「瀕死の状態――死戦期――のとき」にできる傷を区別している。
外見だけでも違いは分かる。
皮膚に傷ができると、たとえごく浅いものであっても、傷つけられた毛細血管からの出血が見られる。これに対して、死んだ人の皮膚に切れ目を入れても血は流れない。毛細血管の中身が空っぽだからだ。
これはちょっとした違いだが、大きな意味を持っている!

解剖で見えてきた「本当の死因」

私は困惑した。フィリップの背中の射創は、すべて死後の外見を呈していた。これは変だ。私は急いで遺体をひっくり返し、ほかの射創を調べた。胸郭を切開したところ、一つの弾丸が心臓を貫通したことが認められたが、出血はごくわずかだった。
体の前面の射創も、やはり死後にできたものだった。
そうなると、本当の死因を突き止めねばならない。
答えは、頭部の解剖で見つかった。
私はまず、解剖用ののこぎりで頭蓋骨を切断し、三層からなる髄膜――脳を包み込んで保護するカバー――の最外層で最も強じんな硬膜を切開した。

すると、この硬膜と脳のあいだのスペースに、出血が見つかった。少し専門的になるが、大脳動脈輪(ウィイリス大動脈)に生じた動脈瘤の破裂を原因とする重大な硬膜下出血、と呼ぶことができる。
大脳動脈輪はさまざまな動脈が集まる交差点であり、血液はここで分配されて脳の隅々まで流れる。ここに動脈瘤が発生すると大変に厄介なことになる。破裂すると多くの場合、死を招くからだ。
ここで出血してしまうと、脳内は高圧状態となるが、頭蓋骨には弾力性がないので、脳は逃げ場を探して大後頭孔へと入り込む。この状態は脳ヘルニアと呼ばれる。
脳内出血を原因とする頭蓋内圧の上昇によって大後頭孔へ押し出された脳は、この孔の周辺で圧迫される。圧し潰された部分では血液の循環は止まり、神経細胞は死んでしまう。
問題は、人間が生命機能を維持するのに特に重要な二つの中枢、呼吸中枢と心臓血管中枢がこの近辺にあることだ。これらの中枢の細胞が圧迫されると血液が遮断され、酸素の供給が止まり、細胞は死ぬ。そうなると、呼吸も心臓も停止して、人は死んでしまう。

これこそが、フィリップに起こったことだった。死亡時刻は死体温から推定して23時ごろであった。だが、なぜか警報装置はそれから約3時間30分後の2時半に切られていた。誰が切ったのか?切るためのコードを知っているのはフィリップ以外では家政婦とマリーだけだ。
発見されたときの姿勢から、動脈瘤が睡眠中に破裂して脳内出血が生じた、と推定できた。本人は自分に起きている異変に気づかず、自分が死に向かっていることを知ることもなく、眠っているうちに亡くなったのだ。

「死者は自分が死んでいることを知らない」

私はしばしば、「死者は自分が死んでいることを知りません」と半ば冗談交じりに言う。
合理性を欠く物言いであるが、これを聞く人――多くは遺族――は心の慰めを得る。
合理的に考えればこのフレーズは意味不明である。脳も脳の活動の結果である意識も破壊されているので、当然死者は何も知るはずがない。しかし、これを聞く人は、故人は自分が死にゆくことも知らずに死んだ、苦しまなかった、と受け止めるのだ。
これで私が23時ごろと推定した死亡時刻と、警報装置が切られた2時半ごろのあいだのずれが解明できた。
マリーが父親を撃ったとき、彼はその3時間以上前にすでに死んでいたのだ。
この時、マリーが警報装置を切っていたなら、つじつまは合う。

死体を「殺した」ことは罪に問われるのか…

一つだけ、もやもやした思いは残る。
マリーが銃弾を浴びせたとき、フィリップはすでに死んでいたのだから、父親を殺したことにはならない。ゆえに、殺人容疑で有罪にはならないし、そもそも起訴もされない。
ただし、もしフィリップが生きていたとしたら、彼を殺したことは確実だ。
1発の弾が心臓を貫通していたのだから。
殺そうという強い意志を抱いていたし、目的を確実に果たすための手段を用いた。にもかかわらず、マリーは殺人者でないのだ。
マリーは本当に運がよかった。
その後、彼女はこの幸運を無駄にしなかった、と信じたい。
■フィリップ・ボクソ(Philippe Boxho)法医学医。作家。

1965年生まれ。ベルギーを代表する法医学医であり、同分野の第一人者。リエージュ大学法医学教授、および同大学法医学研究所所長を務める。そのキャリアにおいて6000体を超える検案、4000体以上の司法解剖を執刀。膨大な専門知識を有する医学の権威として、重罪裁判所での証言回数は300回以上に及ぶ。医学・学術界への貢献に加え、作家としてもフランスやベルギーで絶大な人気を誇り、本書を含め、著作は世界で累計160万部を売り上げる。「死」や「法医学」という厳粛な現実を、人々の知的好奇心を揺さぶる一級の物語へと昇華させるその筆致は、多くの読者を魅了してやまない。


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