その少年を初めて見たのは、今から15年前、テレビ画面の中だった。彼はナゴヤドーム(現バンテリンドーム)のマウンドで躍動感あふれるフォームから、ストレートを投げていた。

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「おとうは、かっこいいけど…」 津波で父は行方不明 15歳の野球少年は30歳に 娘ができて初めて気づいた“父の偉大さ”
CBC

緊張した面持ちが開放され、白い歯がこぼれた瞬間、私は心から安堵したことを記憶している。

岩手県陸前高田市に住む米崎中学3年生の吉田凛之介君は、この日名古屋市の招待を受けて修学旅行でナゴヤドームに来ていた。名古屋市の粋な演出もあって、彼は始球式に登場したのだった。

本来は別の場所に行く予定だった修学旅行が中止になり、急遽名古屋市に来ることになった理由は、2011年3月11日に発生した東日本大震災だった。

消防団員で正義感あふれる父は、津波の犠牲に

18メートルを超える津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市。人口約2万4000人のうち1750人以上が亡くなり、未だ行方が分からない人も。

その中に、凛之介君の父親の利行さんがいた(震災当時43歳)。

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消防団員であり、正義感あふれる利行さんは、逃げ遅れた高齢者を助けようとして、津波にのまれたという。自分の命よりも困っている人を優先した、利行さんらしい最期だったという。

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15歳の彼は…明るく素直な野球少年

私は、修学旅行の最中に凛之介君と初めて会った。被災地となった陸前高田市を支援していた名古屋市からの依頼で、彼らを盛り上げるためのイベントの司会を任されたのだ。

マイクを向けた彼は、朴訥としているものの、とても明るくて素直な野球少年という印象だった。父親が行方不明になっていると耳にしたのは、彼が名古屋を後にして、私が御礼の手紙を学校の先生からもらった時だった。

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中学校では野球部でエース、熱心に野球をたたき込んだのは父親だった。

私の少年時代の境遇に似ていたからか、自分にも息子がいたからか、私は彼のことが気になった。

20歳の彼は今までと違っていた  

その後、20歳の成人式の時に彼と再会した。一回り大きくなった彼からは、以前のような素直さが消えているようにも感じた。

取材という違和感もあっただろう。しかし、それよりも父親が津波で奪われたという、記憶から消し去りたい過去を蒸し返されることを嫌っているようだった。

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私の質問にしっかりと答えてくれることはあまりなく、話をそらしたり、不機嫌になることもあった。

震災から15年。私はもう一度彼に会いたくなった。再会して、その後を確認したかった。

「ここで、キャッチボールをしていました」

小雨が降りしきる中、彼は自宅前で待っていてくれた。髪は伸び、大人びた雰囲気の彼に声をかけた。

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「大人になったね?」
「もう30歳ですからね」

15年の歳月を感じた。

彼が選んだ生業は農業、祖父と祖母がやっていた野菜や生花の栽培を、一生の仕事にすることを決めた。市外で他の仕事もしていたが、やはり陸前高田が好きだからと地元に帰り、父親が定年を迎えたらやる予定だった農業を生業にしたかったのだという。

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「ここで、子供の頃におとうとキャッチボールをしていました」と畑の一角を指さした。やはり、大好きな、尊敬する父親の側にいたかったのだろう。選んだ職場は、父親との思い出の場所でもあった。

30歳になった彼は、20歳の時とは違い、父親のことを雄弁に語ってくれた。これまで何度か電話で会話もしていたが、今回初めて聞く話も多かった。

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それは震災後から絶望の中で封印した記憶が、最近蘇ってきたからだという。同時に、10年前は語ってくれなかった父親をことを素直に語れるようになったのは、自分の中であの壮絶な体験をようやく消化できたからだと教えてくれた。

「おとうはかっこいいけど…」

「娘は可愛いです」

スマホは、娘の写真で溢れていた。5年前に結婚した彼も父親になっていた。父親になって、改めて気づいたことがあったという。

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「大きくなるまで育ててくれたおとうは、すごいです」

父親になって、父の偉大さに気づいたという彼が頼もしく見えた。最後に東日本大震災を経験した彼から、地震への備えを聞いた。

「おとうはかっこいいけど」と前置きしたうえで、「自分の命を優先して、まずは自分の命を守って下さい」と口にした。

壮絶な経験をし、それを乗り越えたからこその、誰よりも説得力のある息子の、そして父親としての言葉だった。

「おとうは、かっこいいけど…」 津波で父は行方不明 15歳の野球少年は30歳に 娘ができて初めて気づいた“父の偉大さ”
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【CBCテレビ論説室長 大石邦彦】

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