名古屋市が続けてきた、岩手県陸前高田市への行政まるごと支援。街の復興の現状とそこから見える教訓とは。



津波がすべてを奪い去った、15年前のあの日。岩手県陸前高田市。死者・行方不明者、1807人。 

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中心市街地のほとんどが、津波で流され、約7900戸の建物が流失しました。

市の職員の実に4分の1が亡くなり、復旧・復興に向けた行政機能はマヒ状態に。

震災で職員4分の1を失った岩手・陸前高田市 15年続いた名古屋市の“丸ごと支援”3月で終了 262人派遣 被災地で感じたことは
CBC

名古屋市職員がいることは“当たり前”に

こうした中、名古屋市が乗り出したのが、地元行政を肩代わりする「まるごと支援」でした。

初年度(2011年度)は、一気に144人を派遣し、復興計画事業や保健指導など行政全般を支援。その後も、住宅の高台移転やかさ上げ工事など、15年にわたり262人の職員が派遣され、街の復興を支えてきました。

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今では、街に名古屋市の職員がいることが当たり前に。町の寿司店も…

(すし店・店主)
Q.名古屋市の支援は陸前高田市民に役に立った?
「役に立ったどころじゃない。毎年盛り上がりが少なくなる中で、名古屋市職員が来てくれたり、そういう時は少し活気があった」

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震災後、開館した図書館でも…

(図書館職員)
Q.名古屋市職員は陸前高田市にとってどんな存在?
「『地域の壁を越えた一市民』みたいな感じ。復興に向けて一緒に頑張ってくれたイメージがすごく強いので、”陸前高田の人”みたいに感じていた」

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最後の1人「名古屋市で経験できないことを…」

去年4月から防災課に派遣されている、名古屋市の職員・黒田輝さん(30)。

(名古屋市から派遣 黒田輝さん)
「もしかしたら、陸前高田に行けるかもというタイミングがあったので、名古屋市で経験できないことを陸前高田で経験できると思い志願をした」 

名古屋市の派遣職員は、黒田さんが最後の一人。ハード面の復興が概ね完了したことから、3月いっぱいで丸ごと支援は終わります。

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(黒田さん)
Q.今どんな仕事している?
「電柱とかに設置してある、避難誘導標識の設置や撤去。泥がついて見えなくなってしまっているので、この更新業務をしている」 

震災後、市内の様々な場所に設置された「避難誘導標識」。10年以上がたち、多くが傷んでいる様子は、歳月の長さを物語ります。

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「災害から完全に逃れることはできない」

市内26か所にある、備置倉庫の管理も業務の一つです。

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黒田さんは、陸前高田に派遣されまもなく1年。

(陸前高田市・防災課 熊谷剛課長補佐)
「年齢は若いが本当にしっかりしていて、いつも助けられている」

Q.黒田さんの評価は?
「抜群じゃないですか」

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今30歳の黒田さんは、震災が起きたとき高校生。その黒田さんが陸前高田で感じたのは、備えの重要性です。

(黒田さん)
「減災できるところは減災して、被害をできる限り少なくすることが大事。災害から完全に逃れることはできない。いかに減災できるかが大事だと思う」

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「たくさん亡くなっていたが、被害状況がわからない」

15年にわたる被災地支援は、名古屋市の防災にも様々な「学び」をもたらしています。

保健師の日髙橘子さん(60)。第一陣の支援に参加し、2011年4月から約1年間、保健師として被災者の健康管理や心のケアに従事しました。

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(日髙さん)
Q.被災地で一番大変だったことは?
「たくさんの市民が亡くなっていたが、その家の被害状況がわからない状態で行くことが多かった。どんなことに困っているかを聞く際にかなり悩んだ」

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被災地支援で痛感したのは、地域のつながりの大切さ。

そのことを現在は大学で、
保健師を目指す学生に伝えています。

(日髙さん)
「震災のひどさや、地域のつながりの重要性を風化させないように指導し、今後も活用すべきだと思う」

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食料備蓄の見直しなど…名古屋市でも備えの見直し

(名古屋市 防災危機管理局・山川雅也課長補佐)
「職員としても学びにつながった」

名古屋市の防災危機管理局に勤める山川雅也さん。2017年から2年間、陸前高田市に派遣されました。被災地支援を経て、防災の態勢も見直されてきました。

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(山川課長補佐)
「震災前も備蓄食料はあったが、硬い乾パンしかなかった。ビスケットや水で戻すアルファ化米を新たに備蓄するようになった」

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南海トラフ巨大地震への備えに生かされる

名古屋市には震災前、防災の専門部局はなく、消防局の一部として約10人の職員がいるだけでしたが、2015年に防災危機管理局を新設。今は約60人が防災の専門職として勤務しています。

(山川課長補佐)
「実際の災害現場に行って、対応して学んできた。戻ってきて、南海トラフ巨大地震などが名古屋で起こったときに、陸前高田の経験も踏まえて、こういうふうにやるといいのではという学びというか、災害対応力の強化に、絶対つながる経験に職員としてもなった」

近い将来、必ず起きると考えられている、南海トラフ巨大地震。15年の被災地支援の経験は「その時」への備えにも生かされています。

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