SaaS×Fintech領域で多面的に事業を展開し、事業構造・組織構造ともに高いスピードで変化し続けるマネーフォワード社。同社ビジネスセグメントのHRBP室は、急拡大する事業をどのように支えてきたのか。

「走りながら形を創る」を合言葉に進化した、マネーフォワード社の「和製HRBP」の進化や実像について、HRBP室長の早川直樹氏と、同室メンバーの木村友亮氏にお話を伺った。

HRBP室の設立背景について

早川 直樹氏(以下、早川氏):事業の急拡大に伴い、「いかに急速に組織を拡大するか」が事業戦略の第一の課題でした。

HRBP導入の壁をどう乗り越える? マネーフォワードの実践から学ぶ


HRBP室設立前の当時の社員数は1,100人前後。そこから3年で3,000人(連結)の達成を目指した時期です。この採用数は今までにはないペースで、従来の人事体制や採用手法では、採用の量、スピード、質の変化に追いつけず、組織の規模感にふさわしい制度の整備、組織構造の改善が急務でした。

とは言え、本社人事が事業側と一緒に課題解決に取り組もうとしても距離感があり、相互に連動することに難しさがありました。また、本社人事はどうしても機能ごとに縦割りになってしまうので、事業側からすると、どこに問いを投げかければ目の前の課題が解決できるのか、課題解決の出口が見えにくい局面が続きました。

そこで、事業側と本社人事の連携を迅速にかつ、課題の解像度を上げてアプローチしていくために、COO直下にHRBP室を立ち上げました。各組織長のパートナーとして、事業成果を共に創ることをHRBP室の使命に据えました。

HRBP導入の壁をどう乗り越える? マネーフォワードの実践から学ぶ

黎明期、拡大期、共創期へと進化―HRBPの各フェーズにおける取り組み

早川氏:HRBP室進化の軌跡は、大きく3つのフェーズに整理できます。

「黎明期」(2021年~2022年)
・採用に特化し、採用の量とスピード、そして計画通りに目標を達成することによって、事業拡大を支える

「拡大期」(2023年~2024年)
・HRBP室の人員を5人から15人に増強し、確固とした組織づくりに力を入れた時期

「共創期」(2025年~)
・採用、育成、配置を横断し、事業成長に直結する仕事に挑戦
・HRBP室が取り扱うテーマは広がり、統合的かつ効果的な仕事を目指す

各フェーズの詳細をご説明します。

Phase 1|スクラム採用で信頼と実績を築く「黎明期」(2021-2022)
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早川氏:もともと本社人事にあった採用機能の一部を事業側に移管し、HRBP室として採用に注力しました。この時期は、事業部の信頼を獲得し、HRBPの存在価値を証明する助走期間だったと言えるでしょう。

採用の量と速さが事業成長に追い付いていないという課題に対し、現場と一体で採用課題を解決する「スクラム採用」に取り組み、戦略とオペレーションを素早く修正する高速PDCAで、量と速さを実現しました。

一方で、組織や人といったテーマは「人事の仕事」と思われがちで、スクラム採用は軌道に乗るまでの勢い作りが難しい点です。

しかし、当社ではすでに「全社一丸となって組織づくりに取り組むのだ」という思想が浸透し、協力姿勢が出来上がっていたため、現場の想いやエネルギーを成果につなげる仕組み、構造作りに集中することができました。

比較的早い段階で採用成果を出すことができましたが、組織の急拡大により、既存の制度・仕組みが追い付かなくなるという新たな課題が発生しました。

Phase 2|冬の時代と重なる「拡大期」(2023-2024)
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早川氏:黎明期の採用拡大フェーズを越えた2023年ごろは、株式市場が冷え込み、「SaaS冬の時代」と言われた時期でした。

組織全体の生産性向上を図り、より強い事業組織を目指すべく、社員総数を増やすことよりも、事業成長に最適な要員計画、人員管理を重視。ミドル層の育成や後継者育成なども、重要な課題として挙げられました。

現場の人達とはあらゆる課題についてフラットに議論し合いましたし、事業長クラスの人達も真摯に耳を傾けてくれました。HRBP室が事業部の中に入り込み、計画策定から運用までを事業部の人たちと連携しながら伴走できたことが功を奏しました。

採用や要員計画、評価制度などを機能させるために、横断的な仕組みや機能を整備することで、現場の組織運営やマネジメントを潤滑に進める仕掛けをしました。もしHRBP室が「採用」だけを担う組織だったら、成果にはつながらなかったでしょう。

このように、HRBP室が多機能を担い、現場からは頼られる組織に成長した半面、処理能力の限界を超えて疲弊してしまうという課題が浮き彫りになりました。

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木村 友亮氏(以下、木村氏):私はかつては採用だけを担当していたのですが、HRBP室に配属になってからは、HRの総合的な機能を取り扱うメンバーとなりました。

仕事量は3倍、4倍と増えましたが、組織への貢献や事業成長を実感することができ、大きな変化とやりがいを感じていました。

一方、業務が急増したことで、「何から着手すべきか」という優先順位付けが複雑になり、「どの取り組みをかけ算すれば事業成長につながるか」という判断に悩み、試行錯誤する日々が続きました。

早川氏:採用をHRBPから分離し、組織開発に集中すべきではないかという議論もありました。しかし私は、「採用まで網羅しなければHRBPではない」という強い信念がありました。機能で切り分けてしまうと、人は「自分の担当領域だけをこなす役割」にとどまりやすくなるからです。

事業課題に真正面から向き合うためには、企業の課題全てを幅広く取り扱える状態にあり、さらに「どの課題を優先して取り組むか」ということを、自由に選択できることが重要であると考えています。

Phase 3|事業を動かす「共創期」(2025~)
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早川氏:2025年からは、「事業を動かすHR」として事業課題の解像度を高め、HRBPの価値提供をチーム制で行い、成果を共に創るフェーズに入りました。

HRBPを機能ではなく、「創る人(企画)」「届ける人(BP)」「支える人(Ops)」と3つの役割で分け、各所の連携で価値を最大化する組織設計に踏み切りました。企画については本社人事にもその機能がありますが、本社人事では現場の微妙な文脈に入り込めないことがあるため、HRBP室内部に人事企画担当を置くという判断に至りました。

業務内容は「コア業務」「セミコア業務」「ノンコア業務」に整理。BPは戦略設計と現場実装を俊敏に回し、Opsがノンコア業務を吸収して全体の回転数を上げるなど、企画を担当する人がコア業務に集中できる体制を整えています。

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HRBPの育成 ―マネジャーとメンバーのバディー制でケーススタディーを積み重ねる

早川氏:HRBPをどう育てるかは、多くの企業で共通の悩みでしょう。私なりに行きついた1つの解は、「マネジャーとメンバーのバディー制」です。

「事業」を主語にHRを語ることができる人をマネジャーにアサインし、メンバーと共に現場に入ることで、同じシチュエーションを見ながら多くのケーススタディーを経験し、意思決定の勘所を共有することができます。

事業側で能力の高い人をマネジャーにアサインしても、HR領域では苦労するケースもあります。そのため、HRの仕事は一定レベルまでメンバーが担保し、事業側の勘所はマネジャーが押さえるというように、お互いの強みを活かして補完・連携し、成果を最大化することが重要です。

業務を知るためにメンバーの仕事を経験することはもちろん構いませんが、マネジャーはメンバー業務の代替ではありません。マネジャーは自らの役割を明確にしながらメンバーと協働し、HRBPとしての価値を最大化することに注力する必要があります。

当社のHRBP室は順調に歩んできたように聞こえるかもしれませんが、この3年半は試行錯誤の連続で、多くの失敗も経験しました。国内ではHRBPの実例が少ないため、先端的な海外のモデルケースをベンチマークしがちですが、日本とは労働観や雇用環境が違うので、海外の制度をそのまま導入しても、なじまないことがしばしばです。日本においてはまだまだHRBPの定義が明確でないため、個人的には「和製HRBPモデル」を探求することをテーマにおいています。

セミナー受講者からの質疑応答

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―1.HRBP室の所属メンバーのうち、事業側からの異動した方と中途採用で入社した人の比率を教えてください。また、中途採用の場合、どのようなスキルセットをチェックされていますか。

HRBP室を立ち上げた当初は、未経験者を育成するだけの土壌や余力が十分ではなかったため、他部署からHRBP室への社内異動はごく少なく、メンバーの大半は中途採用でした。今後は社内異動の割合を徐々に増やしていきたいと考えています。

最近では、グループ会社の急拡大に伴い、HRBP室で経験を積んだ社員が事業側であるグループ会社の社長室へ異動する事例も生まれました。

こうした動きは、事業側で昇格する前にHRBP室で一定期間学ぶ、「社内留学」のような役割を果たせる可能性を示す良いケースだと感じています。

中途採用の場合は、事業会社で人事・HR領域の経験がある方に加え、人事経験は少なくても責任あるポジションを担ってきた方などを対象としています。スキル面で唯一重視しているのは、採用に強みがあるか、そして事業の解像度を高めてHRに翻訳できるかという点です。

スキル以上に重視しているのは、事業と組織、他人と自分のバランス感をどう捉えるか、仕事に対するスタンス、マインドセットはどうかということです。

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―2.当社では今年、HRBPを導入したものの、立ち上げに苦戦しており、経営層の後押しが必要だと感じています。マネーフォワード社ではHRBPがセグメントCOO直轄とのことですが、HRBPとCOOはどの程度の頻度でコミュニケーションを取っておられますか。

おっしゃる通り、経営層の「意思」は重要です。なぜHRBPを置くのかという意図を経営層と合意し、事業側に正しく伝えないと空回りしてしまいます。

COOとの連携については、フェーズによって頻度が異なりますが、現在では月に1度、30分程度の時間を持ち、議論しています。もちろんそれ以外で個別に相談することもあります。

HRBP立ち上げ当初は、HRBPをどういう形にしていくべきか、現場に浸透させるにはどうすればよいかというような議論を隔週で行っていました。

まとめ

HRBP導入の壁をどう乗り越える? マネーフォワードの実践から学ぶ


グループワークでは、「HRBP、事業との連動の大切さを理解した」「HRBPという概念は知っていたが、実例に触れ、自社の採用が遅れていることがわかった」「何を切り出すか、という視点に陥りがちだが、事業課題と向き合うという役割設定が素晴らしいと思った」という声が聞かれました。

今回のセミナーでは、マネーフォワード社が急成長の裏側で何を見つめ、取り組んできたのかが伺えました。特に印象に残ったのは、「走りながら形を創る」という言葉に象徴される、現場密着型のHRの姿です。海外モデルをなぞるのではなく、日本の組織文化に根ざした「和製HRBP」を探る姿勢には、多くの企業が共感を覚えるのではないでしょうか。

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[取材・編集/d’s JOURNAL編集部、制作協力/シナト・ビジュアルクリエーション]

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