大手企業との格差是正が求められる中、中小企業にとって賃上げは喫緊の課題です。賃上げは社会的要請であるとともに、人材確保のための戦略としても重要です。
中小企業にも容赦なく賃上げ要請が高まっている
2026年の春闘基本構想において、連合は大企業との格差を埋めるべく、中小企業の賃上げ目標をあえて「6%以上」という高水準に設定しました。賃上げは法的な義務ではありませんが、「企業は社会的責務として賃上げを実施すべき」という風潮が強まっています。
(参照:首相官邸『物価上昇を上回る賃上げの普及・定着』)
(参照:日本労働組合総連合会『2026年春闘』)
賃上げを行わない企業は淘汰されていく
円安や労働力不足、物価高を背景にインフレ時代へと突入した今、賃上げは単なる生活防衛策ではありません。企業が生き残るための重要な経営戦略です。人材獲得競争が激しくなる中、賃上げに対応できない企業は、すでに市場から取り残され始めています。
賃上げに対応できない場合に発生するリスク
厚生労働省の調査によると、初めて勤務した会社を離職した若年労働者の21.8%が、賃金の条件を理由に挙げています。賃上げを行わない企業では、採用力や社員のモチベーションが低下し、離職率の上昇を招くリスクがあるでしょう。
(出典:厚生労働省『令和5年若年者雇用実態調査の概況』)
中小企業の賃上げ実施状況は?
東京商工会議所が公表した調査結果によると、2025年度に賃上げを実施済み、もしくは実施予定と答えた中小企業の割合は8割超に上っています。
また、2023年に(独)労働政策研究・研修機構が企業調査を実施したところ、賃上げの人材定着効果が明らかになりました。賃上げによって「既存の社員のやる気が高まった」という回答は約3割、「社員の離職率が低下した」という回答が約2割を占めています。
(出典:東京商工会議所『2025年度の中小企業の賃上げに関する調査』)
(出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構『企業の賃金決定に係る調査』)
国が支援策を発表!中小企業の賃上げを強力に後押し
かつてない高水準で賃上げが進む一方、人件費高騰による倒産も急増しており、政府は賃上げ支援策を続々と打ち出してきました。2025年9月、中小企業庁は新たな賃上げ策を公表。11月には、賃上げ環境整備に向けた経済対策が閣議決定されました。2026年1月には「中小受託取引適正化法(取適法)」の施行が決まっており、中小企業の賃上げ余力を支える環境整備は加速度的に進んでいます。
(参照:経済産業省『最低賃金引上げに対応する中小企業・小規模事業者への支援策を公表します』)
(参照:中小企業庁『重点支援地方交付金を拡充し、新たに推奨事業メニューに「中小企業・小規模事業者の賃上げ環境整備」を追加しました』)
(参照:政府広報オンライン『2026年1月から下請法が「取適法」に!委託取引のルールが大きく変わります』)
賃上げのための支援策は意外に知られていない
中小企業向けの支援制度を活用している企業群と、活用していない企業群を比較すると、経常利益が増加した割合が多いのは前者です(2020年版「小規模企業白書」より)。しかし、中小企業庁が中小企業に支援策の認知度を問いかけたところ、認知率は51.5%、利用率はわずか6%にとどまっており、活用していない小規模事業者の半数が「あまり情報を収集していない」と回答しました。これらの結果から、支援策の情報収集や活用にまで手が回らない企業の多くが、収益力向上の機会を損失している現状がわかります。
(出典:中小企業庁『2020年版小規模企業白書 第3節 中小企業支援策の活用』)
【2025年12月最新】中小企業が今すぐ押さえておくべき支援制度4選
ひと口に賃上げ支援制度といっても、雇用・環境整備や税制優遇、設備投資向けなど多岐にわたります。実効性のある「業務改善助成金」や「キャリアアップ助成金」「人材開発支援助成金」は、ぜひ押さえておきましょう。中小企業にとってメリットの大きい「賃上げ促進税制」も、積極的に活用したい制度です。企業規模によって要件や支援内容が異なるため、申請を検討する際は、まず以下の表を参考に自社が中小企業の定義に該当するか否かをご確認ください。(※一部の助成金では以下の表以外にも中小企業の範囲対象が広がっているものもあります。申請にあたっては最新の要件を確認ください)
中小企業の定義
(参照:厚生労働省『各雇用関係助成金に共通の要件等』)
1)業務改善助成金
概要
生産性向上に向けた設備投資(経理システムや生産管理システムの導入、店舗改装など)を行うとともに、事業内最低賃金(時間給)を一定額以上引き上げた中小企業・小規模事業者に対し、その設備投資にかかった費用の一部を助成
対象
●事業場内最低賃金が改定後の地域別最低賃金に満たないこと
●解雇、賃金引き下げなどの不交付事由がないこと
●雇い入れから6カ月以上経過している労働者の賃金を引き上げること など
特例
●「物価高騰等要件」「賃金要件」を満たす特例事業者に対し、助成上限額の拡大や対象経費の拡充といった特例措置を適用
助成額は、下記の助成上限額と助成率をかけた金額を比較し、安い方の金額となります。
助成上限額
※10人以上の上限額区分は、特例事業者が対象です
助成率
(参照:厚生労働省『業務改善助成金』)
2)キャリアアップ助成金
支援対象となるコースは、「正社員化コース」「賃金規定等改定コース」など7種類用意されています。
概要
非正規雇用の労働者(有期雇用、短時間労働者、派遣労働者など)に対し、正社員への転換や処遇改善の取り組みを行う企業に、助成金を支給
対象
●キャリアアップ計画期間内に、計画に記載した正社員化や処遇改善に取り組むこと
●「正社員化コース」は、正社員転換後6カ月間の賃金を、転換前6カ月間より3%以上増額させること(1年度1事業所あたりの支給申請上限人数20名)
●「賃金規定等改定コース」は、有期雇用労働者等(有期雇用労働者および無期雇用労働者)の基本給を3%以上増額すること など
助成額
●「正社員化コース」を実施する中小企業の助成額
※雇い入れから3年以上の有期雇用労働者、派遣労働者など
上記に加え、下記が加算されます。
※勤務地限定・職務限定・短時間正社員いずれか一つ以上の制度
●「賃金規定等改定コース」を実施する中小企業の助成額
上記に加え、下記が加算されます。
(関連記事:『キャリアアップ助成金を徹底解説-要件や申請方法、ポイントを解説』)
3)人材開発支援助成金(人材育成支援コース)
概要
職務に役立つ専門知識やスキルを習得できるよう、社員に職業訓練などを行う場合、訓練経費や訓練中の賃金を一部助成する制度
対象
以下の訓練を実施する雇用保険適用事業所の事業主
①10時間以上のOFF-JTによる訓練
②新卒者などのために実施するOJTとOFF-JTを組み合わせた訓練
③有期契約労働者の正社員転換などを目的として実施するOJTとOFF-JTを組み合わせた訓練
助成額・助成率
●訓練終了後、受講者の賃上げを実施する場合の助成額
4)賃上げ促進税制
概要
企業が従業員に支払う給与総額を前年度より増加させた場合、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度
対象
●中小企業者または青色申告書を提出する従業員数1,000人以下の個人事業主
●前年度より1.5%または2.5%以上賃上げすること
●2027年3月31日までに開始する事業年度が対象 など
賃上げを実施した年度に控除しきれなくても、5年間の繰り越しが可能となりました。
税額控除率
※教育訓練費が前年より5%以上増加し、給与額の0.05%以上となる場合、税額控除率が10%上乗せされます
※「くるみん認定」などを取得する子育てサポート企業は、税額控除率が5%上乗せされます
賃上げだけではない!定着率を高める施策は他にも
ここまで賃上げ支援策についてご紹介してきましたが、社員の満足度向上に寄与する施策は賃上げに限りません。詳しくは以下の記事をご参照ください。
賃上げによって従業員エンゲージメントを高めた成功事例
人財確保への危機感から段階的な賃上げを断行【株式会社ダイワコーポレーション】
物流倉庫ビジネスを展開する同社は、将来的な物流業界の体制維持に危機感を抱き、2018年の人事制度改定を機に、段階的な賃上げに踏み切りました。2023年3月、正社員・パートスタッフへの特別手当支給に続き、同年4月には正社員の給与を月額5,000円ベースアップ。さらに、定年再雇用社員と新入社員の昇給や、確定拠出年金の拠出(月額5,000円)など、直接・間接的な賃上げを実施しています。
継続的な賃上げに向けて、物流不動産業への進出や地道な業務効率化、誠実な交渉による価格転嫁に注力し、収益力の高い事業基盤を構築。2022年からエンゲージメントサーベイを導入していますが、賃上げを含む人事制度の改定によって、スコアが向上しました。その効果は、ミス減少や事故撲滅などの形で表れています。
(関連記事:『人事制度改定とともに「賃上げ」を実施。人財獲得・定着を目指す企業の取り組みとは』)
IT投資と賃上げで離職激減、過去最高売上へ【大坪電気株式会社】
同社は、幅広い設備工事を施工管理するサブ・コントラクター。年間1億円のIT投資によって、ワークライフバランスを重視したはたらき方の推進や生産性の向上を図っており、業績も堅調に推移しています。
物価高による生活費の負担増を軽減し、社員が安心してはたらき続ける環境を整備するため、2025年7月に賃上げを実施しました。正社員基本給の平均5%引き上げや定期昇給の改定を行うとともに、その背景と目的を社員に説明。
まとめ
2030年には、国内の労働力不足は644万人規模になると予測されており、人材獲得競争を勝ち抜くには賃上げが不可欠です。中小企業には、ベースアップや初任給の増額、報酬など多様な方法をどのように組み合わせていくべきか、また、賃上げの効果を最大化するための人事評価はどうあるべきかという判断が求められます。
賃上げによって社員の意欲が高まり、生産性が向上し、その利益をさらに賃金に還元する――この好循環を実現できれば、企業は持続的に成長できるでしょう。賃上げ支援策の充実を「企業体質の強化を図るチャンス」と捉え、ぜひ活用をご検討ください。
(出典:パーソル総合研究所『労働市場の未来推計 2030』)
制作協力/株式会社mojiwows、企画・編集/平尾千晶(d’s JOURNAL編集部)

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