
敷金償却は「敷引」などとも呼ばれ、賃貸借契約において敷金の一部を退去時に返還しないことをあらかじめ定めた特約のことで、特に西日本で多くみられます。
本コラムでは、敷金償却の基本的な仕組みや、敷金・礼金・原状回復費との違い、契約時の注意点や確認方法、さらに、よくある疑問についても分かりやすく解説します。
■敷金償却とは
(画像:PIXTA)はじめに、敷金償却の定義や、敷金・礼金・原状回復費との違い、敷金償却の違法性について解説します。地域性や個別の契約内容によって扱いが異なるため、しっかりと事前に確認することが重要です。
●敷金償却とは敷金の一部を返還しない特約のこと
敷金償却とは、賃貸契約において預けた敷金のうち一定額を退去時に返金しないと定めた特約のことです。主に関西を中心とした西日本で見られ、「敷引」「敷引特約」「保証金償却」など地域によって呼び方が異なります。
通常の敷金は、退去時に未払賃料や修繕費、原状回復費用などを差し引いたうえで返金されるものですが、敷金償却では原状回復費の最低額を契約時に定め、あらかじめ差し引くことで一定額を返金しない仕組みです。例えば、敷金償却額が10万円で実際の原状回復費が6万円であった場合でも、差額の4万円は返金されません。
このように、償却分は使用の有無に関係なく返還対象とはならないため、契約書の内容を事前にしっかり確認することが重要です。
●敷金償却と通常の敷金・礼金・原状回復費との違い
敷金や敷金償却、礼金、原状回復費など、各費用を簡単にまとめると次のようになります。
項目敷金敷金償却礼金原状回復費性質預け金(未払賃料や修繕費の担保)敷金の一部を返金しないと契約で定めた部分貸主への謝礼金(権利金)入居前の状態に戻すための費用(借主と貸主で負担する内容が異なる)支払時期契約時契約時契約時退去時返金の有無あり(差引後)なしなしなし(発生時に支払い)注意点故意・過失による損傷があると差し引かれる契約に書いてあるなら、使用していなくても返還されない全額返還されない国交省のガイドラインに則り、借主の故意・過失または特別な使い方による損耗などの場合に借主負担となる原状回復費は退去時にかかる修繕費で、借主の故意・過失がある部分を負担するのが原則です。通常の経年劣化や自然損耗については借主の負担にはならず、貸主側の責任となるため、原状回復費用には含まれません。
■敷金償却は違法ではない

本来、原状回復費とは「退去時に、借主の負担とすべき修繕費について借主が負担する費用」です。しかし敷金償却は、「入居時に、今後予想される修繕費について借主が負担する費用」であり、まだ発生していない「修繕費」を借主に負担させるのは違法ではないかという指摘がありました。
この点、最高裁判所は2011年3月24日の判決において、以下のように判示し、敷金償却(敷引特約)は消費者契約法に違反しないと判断しました。
・敷引特約は、契約当事者間で特別な合意がある場合を除き、通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含む
・一般的に通常損耗に対する原状回復費は賃料に含まれるものであるが、契約書に明記された敷引特約は、賃料に原状回復費を含めないという合意とみるのが相当
・あらかじめ原状回復費を定めておくことは、紛争防止の観点から、一定の合理性がある
・したがって、敷引特約は消費者契約法に違反しない
出典:裁判所「敷金返還等請求事件」
判決では、敷引特約が通常損耗を含めた原状回復費の一部として合理的に設定されていれば、紛争防止の観点からも一定の合理性があると判断されました。したがって、契約内容にしっかりと敷金償却の旨が記載され、借主が理解したうえで署名していれば、消費者契約法などの法令にも違反しないということになります。
■敷金償却の注意点

ここでは、契約時に注意すべき敷金償却のポイントについて解説します。敷金償却の扱いは契約書の文言や地域によって大きく異なるため、しっかりと契約内容を確認するようにしましょう。
●過度に高額な敷金償却・契約書に明記されていない敷金償却は違法となるケースも
最高裁の判断によって、一定程度の合理性がある敷金償却は合法であると認められているものの、すべてのケースで合法となるわけではありません。通常の想定額から乖離しておらず、また、近隣にある同程度の敷引金の相場と比べても大幅に高額でないことが定められています。そのため過度に高額な償却金額が設定されている場合や、契約書にその内容が明記されていない場合には、消費者契約法に反する可能性があります。
最高裁の判例でも、貸主と借主との間には交渉力の差や情報格差があるため、著しく不利な条件を一方的に押し付けることは無効とされる場合があると述べられています。一般的には、敷金償却の金額が月額賃料の2.5~3.5ヵ月分以内であれば許容範囲とされますが、それを超える場合は違法と判断されることもあります。
また、敷金償却の内容は契約時に明確に合意し、書面にて明示されていなければ無効とされる恐れもありますので、契約書の記載内容を必ず確認しましょう。
●関東と関西で内容・金額が異なる場合がある
不動産賃貸の慣習は地域によって大きな違いがあり、特に関東と関西では同じような言葉でも意味合いや実態が異なるため注意が必要です。
例えば、関東では入居時に借主が支払う金額として「敷金2ヵ月分・礼金1ヵ月分」といった表記が一般的です。これに対して関西では、「保証金3ヵ月分・敷引1ヵ月分」といった表記が見受けられます。これは、入居時の一時金として家賃の3ヵ月分を支払い、そこから1ヵ月分を敷金償却として差し引くということを意味します。
この場合、退去時に敷金償却として差し引かれた1ヵ月分の賃料が原状回復費として用いられ、その後さらに保証金から修繕費用が清算されたのち、保証金の残額が返金されることとなります。たとえ実際の原状回復費が敷金償却の金額に満たなかったとしても、敷金償却分は返還されません。
また、関東では敷金の金額は月額賃料の1ヵ月分~3ヵ月分ほどが一般的ですが、関西の「保証金」は3ヵ月分~6ヵ月分が一般的で、8ヵ月分など高額なケースもあります。
こうした地域ごとの慣習を知らずに契約を交わすと、思わぬトラブルに発展してしまう恐れがあるため、契約前にしっかりと確認しておくことが大切です。
●原状回復費の二重請求に注意する
敷金償却が、「あらかじめ返還しない合意のある金銭」であることから、礼金と同様に「単なる一時金」と誤解されがちですが、原状回復費との関係性に注意が必要です。敷金償却の目的が退去時の修繕費用に充当するためと契約書に明記されている場合、修繕費用が敷金償却の金額を超えない限り、原状回復費用を別途請求することはできません。
一方で、契約書に原状回復費に充当するとの記載がない場合には、原状回復費用を別途請求できてしまう可能性もあります。そのため貸主・借主のどちらも、契約書の内容をしっかりと確認し、不当な請求とならないか確認しましょう。
■敷金償却の特約の確認方法
以下からは、敷金償却が設定されているかを確認する方法を解説します。
●賃貸借契約書を確認する
敷金償却の有無やその詳細を確認するためには、まずは賃貸借契約を細かく確認することが重要です。敷金償却は法律で定められた決まりではなく、あくまで貸主・借主の間の合意として定められるものであり、賃貸借契約書のなかに特約条項として記載されます。
賃貸借契約書の特約条項に、「敷金のうち◯円は返還しない」や「敷引◯円」といった文言があれば、名称のいかんに関わらず、敷金償却に該当します。また、敷金償却が原状回復費用に充当されるかどうかの記載があるかも確認しましょう。また、重要事項説明書の説明を受ける際にも必ず確認しましょう。
基本的に確認する内容は「敷金償却の有無」「償却金の月数」「借主負担になっている原状回復の内容」を中心に記載内容を確認します。
記載内容がよほど不合理なものでない限り、賃貸借契約の内容は貸主と借主の双方に対して法的な効力を持ちます。契約違反行為に対しては契約の解除や損害賠償請求などの法的リスクが生じる可能性があるため、事前にしっかりと確認しましょう。
●不動産会社に問い合わせる
賃貸借契約を確認しても、敷金償却に関する記載が曖昧であったり、専門用語が難しくて理解できなかったりする場合には、遠慮せず不動産会社に問い合わせましょう。
不動産会社は契約書の専門用語や、物件の詳細、地域特有の慣習について熟知しているため、担当者に直接質問することで、敷金償却の具体的な金額や原状回復費との関係について明確にすることができます。
契約は一度交わしてしまうと後から変更することは基本的にできないため、曖昧な説明や不明確な契約内容がある場合には、契約をする前に質問し納得がいくまで説明を受けましょう。
■よくある質問

最後に、敷金償却に関するよくある疑問と、その答えをまとめました。不明な点が残る場合には、遠慮なく不動産会社に相談し、契約前に疑問点を解消しておくことをおすすめします。
●部屋を綺麗に使っていても敷金償却は返還されない?
たとえ部屋を丁寧に使い、目立った損傷や汚れがなかったとしても、「敷金償却」で契約を締結しており、契約書に明記されている場合には、原則としてその金額は返還されません。敷金償却は実際に発生した原状回復費とは関係なく、契約の段階で「あらかじめ返還しない」と合意される金銭だからです。
そのため契約内容をしっかりと確認し、敷金償却の有無や金額を事前に把握しておきましょう。
●契約期間より早く退去した場合でも返還されない?
契約期間を満了せずに途中で退去した場合であっても、敷金償却の特約がある場合には、その金額は返還されません。敷金償却は退去の理由やタイミングに関係なく適用される固定的な契約条項であり、原則として借主の都合による早期退去であっても、償却分の返金対象とはならないからです。
むしろ、1年未満などの短期間で賃貸借契約を解約した場合、違約金が発生することもあります。違約金の発生条件や金額等も賃貸借契約に明記されているため、この点も併せて契約書をよく確認するようにしましょう。
●原状回復費との二重払いにはならない?
敷金償却が設定されており、実際にかかった原状回復費がその金額を下回っているのに、さらに原状回復費を請求することは、原状回復費の二重負担となります。もっとも、敷金償却の金額を原状回復費に充当するかどうかは貸主と借主の契約によって決まるため、契約書の記載内容が重要となります。
また、敷金償却を原状回復費に充当するとの記載があったとしても、原状回復費がその金額を上回った場合には、不足分について敷金(関西では「保証金」)から差し引かれたり、別途請求したりすることも可能です。
●ペットがいる場合には敷金償却となることが多い?
ペット飼育可能な物件は、飼育不可能な物件に比べて敷金償却特約が設定されるケースが多くなります。これは、ペットを飼っていることによるにおいや傷、毛の付着など部屋が傷みやすいことが原因です。通常の使用よりも原状回復費用がかかるため、貸主側であらかじめ一定の修繕費を確保する必要があるからです。
敷金償却について、貸主の側からみると、退去時の修繕費用が事前に確保できるため心理的にも財政的にも安心できるというメリットがあります。一方、借主の側から見ると、退去時の追加請求リスクを軽減できる可能性はあるものの、返還されない金額が増えるというデメリットもあります。
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