三菱地所グループへのM&A「GRAND」創業者が語るリアルなExit戦略

ストライク<6196>は2025年12月18日、スタートアップと事業会社の提携促進を目的としたイベント「第51回 S venture Lab.」をリージャス汐留ビルディングビジネスセンター(東京都港区)で開いた。今回は、日本初のエレベーター内の広告メディア事業を立ち上げ、2024年10月に三菱地所<8802>グループへのM&A(譲渡)を実現したGRANDの取締役会長、羅悠鴻氏が登壇。

テレビの登場以来、不特定多数の大衆(マス)向けの新しいメディアがなかったとの思いから、「70年ぶりのマスメディアをつくる」という壮大なビジョンを掲げる。なぜIPOではなくM&Aを選択したのか、そのリアルな戦略と軌跡が語られた。モデレーターはABAKAM代表取締役の松本直人氏が務めた。

宇宙研究からエレベーター広告へ、異色の起業ストーリー

三菱地所グループへのM&A「GRAND」創業者が語るリアルなExit戦略
左から羅悠鴻氏、渡邉安弘氏、松本直人氏
左から羅悠鴻氏、渡邉安弘氏、松本直人氏

トークセッションは、羅氏の起業の原点から始まった。羅氏は東京大学大学院で宇宙生物学を専攻し、「はやぶさ2」プロジェクトにも関わった異色の経歴を持つ。当初は火星や木星、土星の衛星などで宇宙生物を探す研究に情熱を注いでいた。

しかし、その夢を実現するには1500億円もの資金が必要だった。「東大の学部長になっても無理。総長でも無理。自由に使える予算には限りがある。『起業家になればそれは可能ではないか』と思いました」。

研究職をあきらめた羅氏がなぜ、宇宙とは全く異なるエレベーターで広告を流すという事業を立ち上げたのか。

「大学院時代は、火星や木星の衛星にいる可能性のある宇宙生物を探す研究をしていました。

しかし、その研究には1500億円もの資金が必要で、日本の研究機関の予算では実現不可能だと悟り、自分で稼ぐために起業家になる道を選びました」と羅氏は語る。

どのような事業をするか考える中で、上京時に東京の雑然とした広告を「雑音」のように感じ、出身地を走っていた阪急電車(広告審査が非常に厳しい)の「規律のあるきれいな広告空間」との違いを意識したことが転機となった。「ふとエレベーターに乗った時、中には何もなく、広告も貼られていないことに気づきました。『ここなら、阪急のようなきれいな空間で、かつてないメディアが作れるのではないか』と直感し、この事業に行き着きました」

エレベーターは、多くの人が毎日必ず接触する場所だ。

「エレベーターは、オフィスワーカーであれば1日に4回、多い人では8回も利用する。しかも、狭い密室空間で、人は手持ち無沙汰になりがちです。ここに広告メディアとしての大きな可能性があると考えました」

こうして、大学院在学中の2017年2月に東京(現GRAND)を創業。日本初のエレベーターメディア事業が産声を上げた。目指すは「70年ぶりのマスメディアの創出」。テレビ以来となる、人々の生活に溶け込む新たなマスメディアの構築という壮大なビジョンが、すべての始まりだった。

学生起業家が直面した厳しい現実

創業当初、羅氏は名刺すら持っていなかった。銀座の個人ビルオーナーを訪問すると、「ちょっとごめんね、今ドラマ見てて。あと45分で終わるから待ってて」と言われ、45分待たされた後、「名刺交換しましょう。

名刺ないんですか?」と聞かれ、コンビニで名刺を作りに走ったこともあった。

最初の2年間は、エレベーターにチラシを貼る程度の事業しかできなかった。「ウォーターサーバーの広告主に『リーチはどれくらいですか』と聞かれて、『リーチって何ですか』『見る人のことです』『60世帯くらいです』『60万じゃなくて60人?』『ちょっと厳しいかな』と言われました」

2018年でようやく100箇所程度の設置に留まり、売上はほとんど立たなかった。

三菱地所との運命的な出会い

三菱地所グループへのM&A「GRAND」創業者が語るリアルなExit戦略
対談
羅悠鴻氏(左)とモデレーターの松本直人氏(右)

事業を拡大する上で、最大のパートナーとなったのが三菱地所だ。羅氏は、エレベーターという空間へのメディア設置許可を得るため、大手デベロッパーへのアプローチを重ねた。その中で、最も早く、そして深く応えてくれたのが三菱地所だった。

「当初は多くの企業から門前払いでした。しかし、三菱地所さんだけは違いました。私たちのビジョンに共感し、まずは実証実験から始めようと提案してくれたのです」

この実証実験が成功を収め、両社の関係は一気に加速。2019年には、三菱地所との合弁会社(JV)であるspacemotionを設立するに至る。このJV設立は、単なる事業提携以上の意味を持っていた。

「JVを設立したことで、三菱地所グループの一員としてビルオーナーや管理会社と交渉できるようになりました。これにより、設置交渉のハードルが劇的に下がり、事業展開のスピードが格段に上がりました」と羅氏は振り返る。

JV設立からM&Aに至るまでの約5年間、両社は事業パートナーとして強固な信頼関係を築き上げた。この信頼の蓄積こそが、後のM&Aという決断を後押しする重要な土台となった。

IPOかM&Aか?ビジョン実現を最優先した「合理的な選択」

事業が軌道に乗り、次なる成長フェーズを見据えた時、羅氏の前には「IPO(新規株式公開)」と「M&A」(譲渡)という2つの選択肢があった。多くのスタートアップが目指すIPOではなく、なぜM&Aを選んだのか。モデレーターの松本氏が核心に迫ると、羅氏は冷静かつ戦略的な思考を明らかにした。

「私たちのビジョンは『70年ぶりのマスメディアをつくる』ことです。テレビの登場以来、(不特定多数を対象とする)マスメディアは現れていません。これを実現するためには、日本中のオフィスビルにサイネージを設置し、圧倒的なカバレッジを確保する必要がある。

最終的にM&Aを選んだ最大の理由は、競合環境の激変だった。「時価総額2兆円、純利益率50%という中国の巨大エレベーター広告企業が、日本市場への参入を決めたのです。彼らは圧倒的な資金力を持ち、日本市場を取るためには赤字も厭わない姿勢でした」と羅氏は振り返る。

この巨人と戦うための資金を通常の手段で調達しようとすれば、自身の持分比率は大幅に希薄化し、経営の主導権(マジョリティ)を維持できなくなる懸念があった。「もともとIPO自体を目的にはしていませんでした。

巨大な競合に勝ち、ビジョンを実現するために最も合理的で、かつ勝てる選択肢が、三菱地所グループ入りすることだったのです」

「M&A(譲渡)によって三菱地所グループの一員となることで、資金調達の懸念が払拭されるだけでなく、グループが持つ圧倒的なアセットと信用力を最大限に活用できる。これは、私たちのビジョン実現への最短ルートだと判断しました。IPOはあくまで資金調達の一手段。目的はビジョンの実現であり、M&Aはそのための最も合理的な選択でした」

この決断の背景には、JV設立から5年間にわたる三菱地所との信頼関係があったことは言うまでもない。互いの文化や目指す方向性を深く理解し合っていたからこそ、スムーズな統合が可能になった。

M&A後のリアル、加速する事業と創業者としての新たな役割

三菱地所グループへのM&A「GRAND」創業者が語るリアルなExit戦略
熱気ある会場
第51回S venture Lab.

2024年10月のM&A成立後、羅氏の役割も変化した。代表取締役から取締役会長となり、現在は事業戦略の策定やアライアンス構築といった、より大局的な視点から事業の成長を牽引している。

「M&A後は、意思決定のスピードが格段に上がりました。以前は一つ一つのビルオーナーと交渉していましたが、今では三菱地所グループとしてトップダウンで話を進めることができる。事業の成長速度は、以前とは比較になりません」

2025年4月には、創業企業の東京とJVのspacemotionが合併し、社名を「GRAND」に変更。名実ともに一体となり、新たなスタートを切った。羅氏は、自身の経験を踏まえ、スタートアップ創業者に向けて力強いメッセージを送った。

「M&Aは、決して『終わり』ではありません。

むしろ、ビジョンを実現するための新たな『始まり』です。大切なのは、何のために起業したのかという原点を忘れず、その目的を達成するために最も合理的な手段は何かを常に考え続けること。そして、パートナーとなる企業とは、日頃から密なコミュニケーションを取り、強固な信頼関係を築いておくことが何よりも重要です」

羅氏の言葉は、出口戦略に悩む多くのスタートアップ関係者にとって、大きな示唆を与えるものとなった。

ABAKAM松本氏が語る、スタートアップM&A成功の鍵

モデレーターを務めたABAKAMの松本氏は、今回の事例を「スタートアップと大企業の理想的なM&Aの形」と高く評価した。

「羅さんのケースが成功した要因は、明確なビジョン、それを実現するための合理的な戦略、そして何よりパートナーとの長期的な信頼関係構築にあります。特に、JVという形で時間をかけて相互理解を深めたプロセスは、M&Aを成功に導く上で非常に重要です」

松本氏は、M&Aを検討するスタートアップに対し、「自社のビジョン実現のために、そのパートナーが本当に最適なのかを徹底的に見極めるべき」とアドバイス。また、大企業側にも「買収するだけでなく、スタートアップの文化やスピード感を尊重し、いかにシナジーを生み出していくかという視点が不可欠」と指摘した。

最後に松本氏は、「今回の事例は、M&Aがスタートアップにとって有力な成長戦略の一つであることを改めて示しました。今後、このような成功事例がさらに増えていくことを期待しています」とセッションを締めくくった。

自然言語処理AIで新たなインサイトを生み出す「Studio Ousia」

第二部では、スタートアップによるピッチが行われた。登壇したStudio Ousia代表取締役の渡邉安弘氏は、同社が開発する高度な自然言語処理AI技術についてプレゼンテーションを行った。

同社の技術は、大量のテキストデータから人間では見つけ出すことが困難なインサイトを抽出し、企業の意思決定や行動変革を支援するものだ。具体的な活用例として、顧客からの問い合わせ内容の自動分析や、社内文書からのナレッジ抽出などを紹介。

「私たちのAI技術で、あらゆるビジネスシーンにおけるコミュニケーションの質を高め、生産性向上に貢献したい」と力強く語り、会場の関心を集めた。

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