スタートアップM&A成功の鍵はシナジー創出とPMI—元DeNA CSO原田氏とジャフコ高原氏が語る

ストライクは2025年5月15日、福岡市中央区のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next」でスタートアップと事業会社の提携促進を目的としたイベント「第40回Conference of S venture Lab.」を開催した。今回は「スタートアップM&A成功の鍵はシナジー、バリュエーションからPMIまで」をテーマに、Coalis Inc. General Partner(元DeNA CSO)の原田明典氏とジャフコ グループ株式会社西日本支社長 パートナーの高原瑞紀氏が登壇。

モデレーターを株式会社ABAKAM代表取締役の松本直人氏が務め、現地とオンラインを合わせて約90人が参加した。

上場維持基準の変更がM&A市場に与える影響

スタートアップM&A成功の鍵はシナジー創出とPMI—元DeNA CSO原田氏とジャフコ高原氏が語る
Coalis Inc. General Partnerの原田明典氏(写真左)とジャフコ グループ株式会社西日本支社長 パートナーの高原瑞紀氏
Coalis Inc. General Partnerの原田明典氏(写真左)とジャフコ グループ株式会社西日本支社長 パートナーの高原瑞紀氏

セッションの冒頭、東証グロース市場の上場維持基準見直しについて議論が交わされた。上場から5年で時価総額100億円以上とする新たな基準が設けられることで、スタートアップのイグジット(出口)戦略にも変化が生じている。

高原氏はVC業界全体として「投資の入り口はそれほど変わらない」としながらも、「出口の戦略は大きく変わっていく」と指摘。ジャフコでは年間25~30社に投資し、将来的に500億円から1000億円規模になることを期待して投資先を選定しているため、今回の基準変更による影響は限定的だという。ただし、この変更は、業界にとっては大きな転換点になるとの見方を示した。

原田氏は「M&Aを考える企業が増えた」と述べ、特にIPO前のN-1(上場申請を行う直前の会計年度)、N-2(N-1の前の会計年度)段階の企業が「デュアルトラック」(二つの選択肢を両にらみ)でIPOとM&Aの双方を視野に入れるケースが増えていると説明。「上場を目指していたものの、その後ずっと経営しなければならないことに気づく」と、起業家の意識変化についても言及した。

スタートアップのバリュエーション適正化が進む

M&Aにおける大きな課題であったスタートアップの高すぎるバリュエーション(企業価値評価)について、原田氏は「ここ一年、急速に変化している」と指摘。具体的に3つの変化を挙げた。

  • バリュエーションが適正化してきている
  • 優先株を活用した投資スキームにより、M&A時の価格調整が可能になっている
  • 事業会社側がスタートアップの戦略的価値を適切に評価できるようになってきている
  • 「事業会社の中で、新規事業やスタートアップと付き合っている方にリテラシーを磨いていただきたい。それがいいM&Aをするコツ」と原田氏は述べた。

    高原氏は優先株の仕組みについて「財産の優先分配という機能があり、M&Aの際に重要になる」と説明。「資金調達時のバリュエーションとM&A時のバリュエーションは必ずしもイコールでなくても、ステークホルダーは納得できる」と、優先株を活用した柔軟な出口戦略の可能性を示した。

    IPOとM&Aの選択肢

    従来、スタートアップの出口戦略としてIPOが優先される傾向があったが、その考え方にも変化が見られる。高原氏は「IPOの方が、リターンが出るというイメージがVCに強くある」としながらも、「数百億円のM&Aがポコポコある世界がまだない」ことが、M&Aがセカンドチョイスになっている要因だと分析した。

    原田氏は「上場は通過点に過ぎない。企業家にとっては通過点で、投資家にとっては出口戦略」と指摘。「どちらの方が成長継続、事業継続できるのかという観点で考えるようになってきた」と、より本質的な視点でイグジット戦略を考える傾向が強まっていると述べた。

    また「スイングバイIPO」という概念も紹介。一旦事業会社の傘下で成長した後、独立して上場するという柔軟な戦略も増えているという。「事業家と投資家は目指すものが違うという方が資本主義の形に向かっている」と原田氏は語った。

    スタートアップ自身によるM&A戦略

    スタートアップM&A成功の鍵はシナジー創出とPMI—元DeNA CSO原田氏とジャフコ高原氏が語る

    スタートアップ自身がM&Aを活用した成長戦略についても議論された。高原氏は「ロールアップを戦略の柱の一つとしている投資先はいくつかある」としながらも、「エクイティの資本コストを考えた時に、ロールアップがその資本コストに合うのかは十分に吟味する必要がある」と慎重な姿勢を示した。

    原田氏は「レガシーな事業で営業利益が出ているものを買うパターン」として、DeNA時代に手がけた横浜DeNAベイスターズの例を挙げ、「年間25億の赤字だったが、今は30億の営利が出ている」と成功事例を紹介。「若い経営者と一緒になってやる」ことの価値を強調した。

    地方証券取引所の役割

    会場からの質問で、地方証券取引所の役割について議論が及んだ。高原氏は「多様なニーズを拾っていくという意味で、地方にある証券取引所が機能を立てていくのは全然できるのではないか」と期待を示した。

    原田氏は「東証の本質は成長」と指摘。

    「上場基準ではなく上場後の金額を設定したのは、目指すところが成長だから」と説明し、「東証かどうかは関係なく、全員グロースを目指す」という考えを示した。

    松本氏は「地方の証券取引所でM&Aを目的とした資金調達ができれば面白くなる」と、新たな可能性を示唆した。

    スタートアップ2社がピッチ登壇

    第二部では、curioph株式会社代表取締役の玉木穣太氏と株式会社キャム取締役の下川貴一朗氏がピッチを行った。curiophは、ユーザーの本音や行動の理由をAIが聞き出し、分析からレポートまで自動で行う次世代リサーチサービス「POLLS」を展開。キャムは、カスタマイズ不要な中小企業向けクラウドERP(統合基幹業務システム)を提供している。

    変化の時代に対応するために

    スタートアップM&A成功の鍵はシナジー創出とPMI—元DeNA CSO原田氏とジャフコ高原氏が語る

    セッションの最後に、原田氏は「インフレ、金利高の時代に入っている。利益を出すのはいいが、成長感覚に投資をしていく。インフレ時代に成長感覚という経営をしていけるところだけが生き残れる」と、今後の経営環境について警鐘を鳴らした。高原氏は「100億円規制も含めて、VCのセカンダリーの話も含めて、確実にスタートアップのフェーズが変わるタイミングを迎えている。この変化に対応していかないとVCも生き残っていけない」と締めくくった。

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