広告業界で広告運営の内製化やデジタル化の動きが進んでいる。
富士フイルムビジネスイノベーションが2024年9月に実施した広告の内製化調査では、すでに内製化していると答えた人が80%を超えており、内製化していないケースでも30%近くが今後内製化を進めたいと回答した。
一方、帝国データバンクが2024年10月にまとめた「広告業界の動向と展望」で「マスコミ4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)の広告市場が頭打ちとなる中、大手広告代理店はM&Aや資本業務提携により、インターネット広告をはじめとするデジタル事業を強化している」と指摘している。
今後のM&Aは内製化やデジタル化に関連した案件が増えるのだろうか。2025年の主だったM&Aを見てみると―。
さらなる内製化の進展が
富士フイルムビジネスイノベーションは、企業のマーケティング担当者500人を対象に、広告の内製化実態調査を実施。その結果、調査対象のうち全て内製化していると答えた人が30%、一部内製化していると答えた人が53%で、合計83%に達した。
内製化の理由は、広告運用コストの削減(62.9%)、ノウハウの蓄積(48.9%)、運用スピードの向上(41.2%)の順となった。
内製化で得られた成果については、広告運用コストの削減(53.3%)、専門的なノウハウやスキルの蓄積(52.3%)が半数を超えた。
内製化していない企業では、内製化していない理由として、専門知識やスキルを持つ人材がいない(50.8%)が最も多く、半数を超えた。
これら企業では今後内製化を進めたいと考える人が30%ほど(「非常にそう思う」6.3%、「ややそう思う」22.2%)に達しており、さらなる内製化の進展が見込まれる。
また、帝国データバンクによると、マス媒体の広告売上比率が低下し、インターネット広告の拡大が続いている背景として、インターネットが商取引の場として存在感を高めていること、ターゲティングや効果測定の容易さ、低コストで広告を出稿できる点などを挙げている。
さらに大手広告代理店がデジタル事業を強化している事例として、業界最大手の電通グループ<4324>によるネット広告大手のセプテーニ・ホールディングスの子会社化(2022年)や、業界2位の博報堂DYホールディングス<2433>による傘下のデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムとアイレップの統合によって誕生したHakuhodo DY ONE(2024年)などの事例を挙げる。
広告代理店以外の企業の動きも
こうした情勢を踏まえて、2025年のM&Aを見ると、まず電通グループは9月に、傘下のCARTA HOLDINGSをNTT子会社のNTTドコモに譲渡した。
NTTはこのM&Aでデジタルマーケティング領域の事業を拡大し、広告配信戦略の立案から施策の実行、効果検証など一貫した支援を実現するほか、販売チャネルの拡大や広告配信の精度、スピードの向上などを目指す。
電通グループは譲渡後も一定割合の株式を保有し、NTTやNTTドコモとの関係を保持する。
博報堂DYホールディングスは、インターネット広告事業のデジタルホールディングスを完全子会社化するためのTOB(株式公開買い付け)を実施中で、計画通り進めば11月に成立する見込み。
同社はこのM&Aでデジタルマーケティング体制の強化や新規顧客開拓の強化、「テレビ×デジタル」の統合提案など顧客への提供価値の拡張といった相乗効果を見込んでいる。
広告代理店以外の企業も動きを強めている。PRコンサルティングやデジタルマーケティングを展開するマテリアルグループ<156A>は、8月にインターネット広告やSEO(検索エンジン最適化)コンサルなどを手がけるBridgeを、9月に動画投稿アプリ「TikTok」を活用した採用特化型のマーケティング事業を手がけるトレプロを子会社化した。
同社はコア事業であるPRコンサルティング事業に次ぐ事業の柱としてデジタルマーケティング事業の育成に力を入れており、同分野のM&Aに積極的だ。
マス広告に加えて、どのようなマーケティング手法を行うのが良いのかを迷っている企業のニーズを取り込んで急成長する計画を掲げている。
このほかにも印刷、広告のプラットフォーム事業を展開するラクスル<4384>は、8月にTikTokやインスタグラムを中心としたSNS動画広告に強みを持つデジタルマーケティング専門の広告代理店のFUSIONを子会社化。
ゲーム・eスポーツに関する企画・制作を手がけるGLOE<9565>も、2月にグラフィックやWeb・映像制作、コピーライティング、ブランディング企画、アプリ開発、システム構築などを手がける株式会社28を傘下に収めた。
顕著な増加は見られないが
M&A OnlineがM&Aデータベースで、電通グループ、博報堂DYホールディングス、サイバーエージェント<4751>の広告代理店上位3社が2020年以降に適時開示したM&A案件を調べたところ、件数に大きな変化は見られなかった。
2020年から2023年までは年間5~6件で、2024年に1件に減少。2025年は10月28日時点で4件となっており、現状ではデジタルマーケティングや内製化に関連したM&Aが顕著に増加しているとは言い難く、業界全体でも同様の傾向が見られる。
デジタルマーケティングは、ソーシャルメディア(X<旧ツイッター>やインスタグラム、ユーチューブなど)、ウェブサイト、Eメール、検索エンジンなど、デジタルチャネル全般を通じて商品やサービスの販売を促進する手法で、顧客のニーズに合わせた広告配信が可能になるため、広告効果を高めることができるなどの特徴を持つ。
一方でこうした広告運用には、専門知識やスキルを持つ人材が欠かせず、人材の育成には時間がかかるという課題もある。
グーグルやメタなどのプラットフォーマーの台頭による広告の低コスト化が進んでいることに加え、広告ターゲットの絞り込みや、効果測定が容易になったことなどから、今後はデジタルマーケティング関連事業の拡大を目的にしたM&Aや、専門人材確保のためのM&Aなどが増加する可能性がありそうだ。
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文:M&A Online記者 松本亮一
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