【IHI】「選択と集中」の先にあるもの

総合重工業メーカーのIHI<7013>は、多彩なM&Aを通じて事業ポートフォリオの見直しを進めてきた。その一連の動きには、成長分野の強化とともに、競争力の低下や市場の成熟が懸念される事業の売却を通じた「選択と集中」の明確な意思が読み取れる。

「選択と集中」の象徴─相次ぐ譲渡案件

近年、IHIが加速させているのが、グループ傘下事業の譲渡による経営資源の最適化だ。その最新の事例が、2025年12月に予定されている新潟トランシスの譲渡。同社は鉄道車両や除雪機械の製造・保守を手がけるが、海外展開の遅れと2025年3月期に▲5億1100万円を計上した営業赤字が課題だった。

そこで、IHIは投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズへ売却し、外部支援を通じて同社の再生を図る。

こうした売却の動きは直近数年で加速しており、2025年だけでも4月にIHI汎用ボイラをタクマに、6月にIHIアグリテックが手がける芝草・芝生管理機器事業を共栄社に、同10月にIHI建材工業をベルテクスコーポレーションに、それぞれ売却を進めている。2023年4月にはIHI原動機の舶用エンジン事業を三井E&Sホールディングスに譲渡した。

これらの売却は、単に不採算事業の整理ではなく、IHIが新たな成長戦略に集中できる体制づくりの一環として位置づけられている。譲渡先の多くは業界内の有力企業であり、売却した子会社のシナジー創出が期待される構図になっている点も特徴だ。

2000年代後半に積極的な買収攻勢

IHIのM&Aは売却だけではない。同社は2000年代後半に、成長分野での存在感を高めるための買収を積み重ねてきた。

2008年3月に中国の車両用過給機メーカー「江蘇石川島増圧器有限公司」の子会社化は、中国市場の拡大を見越したものだ。

同年、物流機器製造のセントラルコンベヤーを買収、物流システム事業の補完関係を強化している。

2012年にはスイスのイオンボンドの買収により、薄膜コーティング技術を活用した表面処理事業に受託加工分野から本格参入。

これに先立つ2008年には、炭素と水素の硬質膜であるダイヤモンド ライク カーボン(DLC)分野で先進的企業であるオランダのハウザーもグループ化しており、表面処理分野でのグローバル体制の構築が進められた。

戦略的再編と業界統合

IHIは単独のM&Aにとどまらず、業界再編や他社との事業統合にも積極的に取り組んできた。その象徴的な事例が2009年の橋梁・水門事業の統合だ。IHIは松尾橋梁をTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化するとともに、栗本鐵工所との3社合同で同事業を統合し、業界トップクラスの地位確立を目指した。

造船事業においても、2012年にユニバーサル造船とIHIマリンユナイテッドの経営統合により、新会社のジャパンマリンユナイテッドを設立。日本の造船業界再編の一角を担った。同社は2025年6月に今治造船の子会社になると発表されている。

同年には気象観測機器、衛星観測機器、計測機器などを手がける明星電気をTOBを通じて子会社化したが、2025年には能美防災に売却。IHIグループ内で保有した後に、事業の親和性がより高い企業へと引き継がれる形になった。

事業の本流から外れる領域については、グループ外の専門企業に譲渡する戦略も採っている。2010年にIHIファイナンスサポートを東京センチュリーリースへ譲渡。金融機能は外部に委ね、本業とのすみ分けを明確化した。

建機事業では、2016年にIHI建機を加藤製作所へ譲渡した。IHI建機は売上高220億円と規模は大きかったが、欧米中心の海外戦略に強みを持つものの、本体との事業一体性には限界があったとみられ、製品ラインナップ再構築の一環と位置づけられる。

未来志向の「構造転換」へ

これらの動向を総覧すると、IHIのM&A戦略は「選択と集中」「事業再編」「海外市場の強化」「技術力の拡充」という四つの柱から構成されてきたことが明確だ。

売却は単なる不採算・低成長事業の整理ではなく、子会社にとって再成長が見込める適切なパートナーへの橋渡しとなっている。買収や経営統合では、技術領域の深化と製品ラインナップの広がりを意識した動きが際立つ。

現在も継続するこうした戦略は、グローバル市場の不確実性が高まる中で、重厚長大な事業から知的・機能的価値の高い分野への構造転換を模索するIHIの未来志向の姿勢を如実に物語っている。

IHIは2023年5月に策定した中期経営計画「Group Management Policies 2023」の中で、航空エンジン、宇宙・防衛の成長ビジネスおよび燃料アンモニアのバリューチェーン構築などの開発重点分野を重点投資対象と位置付けた。M&Aを通じて、技術や人的リソース(資源)をそれらの分野へ集中させる姿勢が明記されている。

そのため、航空エンジン、防衛・宇宙、アンモニア技術などに取り組むスタートアップや技術保有企業の買収が進むと見られる。

一方、同社は持続可能な成長と資本効率を重視しており、30%前後の配当性向とROIC(投下資本利益率)8%、営業利益率7.5%の財務目標達成を掲げていることから、引き続き収益性が低い事業ポートフォリオからのリソース移動を意図した売却を進める可能性が高い。

IHIは「売り」と「買い」を繰り返しながら、最適な事業ポートフォーリオの構築を目指す「新陳代謝型M&A」を進めることになりそうだ。

IHIの主なM&A(2008年以降)

公表日取引価額(億円)内 容 2008年2月13日 非公表 オランダのコーティング装置メーカー、ハウザーテクノコーティングBVを子会社化 2008年2月25日 非公表 自社のセメントプラント事業を川崎重工<7012>傘下のカワサキプラントシステムズに譲渡 2008年2月25日 1.20 中国の車両用過給機メーカーの江蘇石川島増圧器を子会社化 2008年9月8日 未確定 物流機器メーカーのセントラルコンベヤーを子会社化 2009年5月18日 40.70 自社と栗本鐵工所<5602>、松尾橋梁<5913>の橋梁・水門等事業を統合 2010年6月21日 15.12 金融子会社のIHIファイナンスサポートを東京センチュリーリース<8439>に譲渡 2012年1月30日 - JFEホールディングス<5411>傘下のユニバーサル造船と自社子会社のIHIマリンユナイテッドを合併 2012年5月8日 60.95 気象・防災機器メーカーの明星電気<6709>をTOBにより子会社化 2012年9月27日 非公表 スイス金属製品会社のイオンボンド社を子会社化 2016年10月25日 非公表 ミニショベル・クレーン製造販売のIHI建機を加藤製作所<6390>に譲渡 2018年9月27日 非公表 IHIアグリテックの小型原動機事業を米キャタピラーに譲渡 2022年3月31日 未確定 IHI原動機の舶用エンジン事業を三井E&Sホールディングス<7003>に譲渡 2024年10月28日 非公表 IHI汎用ボイラをタクマ<6013>に譲渡 2024年11月6日 153.00 IHI運搬機械の運搬システム事業をタダノ<6395>に譲渡 2024年11月25日 非公表 IHIアグリテックの芝草・芝生管理機器事業を共栄社に譲渡 2025年3月27日 12.64 IHI建材工業をベルテクスコーポレーション<5290>に譲渡 2025年8月6日 非公表 鉄道車両製造子会社の新潟トランシスをジェイ・ウィル・パートナーズに譲渡 2025年8月6日 非公表 明星電気を能美防災<6744>に譲渡

文:糸永正行編集委員

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