【マレリホールディングス】M&Aで誕生したメガサプライヤーは、なぜ2度も経営破綻したのか?

自動車部品大手マレリホールディングスが、再び事実上の経営破綻に陥った。2022年に東京地裁に簡易再生を申請して経営再建に取り組んだが、資金繰りの悪化や主要取引先である日産自動車や欧州ステランティスの業績低迷が経営を圧迫。

2025年6月に米連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請するに至った。

日欧をまたぐメガサプライヤー誕生の軌跡

再建計画をめぐって債権者間の意見対立が鮮明になっており、国内外の金融機関や投資ファンドの思惑が絡み合う複雑な局面にある。自動車部品メーカー(サプライヤー)生き残りのためにM&Aで誕生したマレリだが、なぜ経営危機を繰り返すのか?

マレリのルーツは1938年の「日本ラヂヱーター製造」に遡る。自動車用ラジエーター分野で高い市場シェアを誇り、「ニチラ」の通称で親しまれた。1988年には「カルソニック」に社名を変更し、その後2000年に同じ日産系の自動車部品メーカー、カンセイと合併して「カルソニックカンセイ」となった。

その背景には親会社の日産が経営危機に陥り、「コストカッター」の異名を取るカルロス・ゴーン氏が経営トップに就任した事情があった。部品調達価格を大幅引き下げる「ゴーンショック」で、規模拡大による経営効率化なしにサプライヤーは生き残れないとの危機感が両社合併を後押ししたのだ。

ゴーン氏は、日産再建に当たって子会社・関連会社1400社のうち、基幹部分として残す4社を除く全ての会社の保有株式を売却した。その1社が当時のカルソニックカンセイで、2005年には日産が第三者割当増資で株式を取得し、同社の連結子会社化となった。同社は、『リストラ最優先』を掲げたゴーン氏ですら手元に残したい重要なサプライヤーだった。

しかし、ゴーン体制での成長に限界が見えてきた2017年、日産は保有するカルソニックカンセイ株(発行済株式の41%)をKKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)のTOB(株式公開買い付け)応募して売却。TOBの結果、カルソニックカンセイはKKRの完全子会社となる。日産の株式売却額は約2067億円だった。

その後の経緯を考えれば、ゴーン体制末期の日産は子会社を見事に売り抜けたことになる。

LBOの借入負担で財務が悪化

日産グループから離脱してKKR傘下となったカルソニックカンセイは、2019年にイタリアの大手自動車部品メーカーのマニエッティ・マレリを買収・統合し、社名を「マレリ」に変更した。経営統合後の売上高は世界第7位に躍進し、「日本発のメガサプライヤー」として注目を浴びた。

しかし、売上高こそ膨らんだものの、カルソニックカンセイとマニエッティ・マレリはともに電装部品に加えて冷却系や排気系、内装部品などで製品ポートフォリオが重複したため、利益面でのメリットは小さかった。日本企業の合議制を重んじるのに対してイタリア企業はトップダウン。こうした文化や意思決定プロセスの違いによって経営は混乱する。

生産拠点も日本と欧州に分散し、調達戦略や物流効率の非最適化を招く。新規顧客の開拓も遅れ、日産とステランティスへの取引依存度を引き下げられなかった。その結果、両社との価格交渉力の低下を招き、収益の脆弱性を露呈する。

そもそもM&Aのスキーム自体に問題があった。KKRによるLBO(レバレッジド・バイアウト)方式の買収に伴う巨額の財務負担が重くのしかかったのだ。買収にかかった約7200億円の大半が借入によって賄われたため、マレリは統合当初から、財務体質の脆弱性を抱えていた。期待したシナジーが直ちに実現しなければ、債務返済と金利負担が経営の重荷になるのは避けられなかったのだ。

コロナ禍で再上場計画を断念、そして最初の経営破綻へ

2020年代に入ると、新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行がマレリの業績に大きな打撃を与えた。自動車メーカー各社の感染症対策に伴う生産調整や販売減退に伴う部品需要の急減に加えて、世界的な半導体不足による生産停止も拍車をかけた。マレリの業績は悪化し、当初予定していた2022年までの再上場計画は断念を余儀なくされる。

2022年2月には金融機関に対する債務が1兆円規模に膨らみ、事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)の活用が検討されたが、債権者との調整は難航。結局、同8月にADRを断念して、2021年の産業競争力強化法改正で規定された民事再生の一部手続きを省略する「簡易再生」による経営再建が動き出す。

最終的な負債総額は約1兆2000億円に達し、製造業として過去最大規模の経営破綻となった。この債権者との調整が、2度目の経営破綻でもマレリ再生の足を引っ張ることになる。

債権者の不信感を高めたのが、マレリの買収を主導して経営破綻を招いたKKRの消極的な態度だった。簡易再生により金融機関の債権放棄などの支援額は合計4500億円に達したが、KKRの追加出資は約880億円(6億5500万ドル)にとどまった。

再建案、またも暗礁に

経営再建を困難だと判断する国内金融機関も多く、貸出債権を売却する動きが相次いだ。売却された債権は海外のファンドに取得された。これも、2度目の再建案が固まらない原因となる。金融機関としてはマレリ再建の成否とは関係なく、損失額を確定させて処理することで自社のバランスシートを整理するのが目的の債権売却だった。しかし、大手金融機関がマレリを見捨てた」との見方が強まり、再建を不安視する声が高まる。

それに追い打ちをかけたのが、売上高の3割を占める日産の業績不振だった。日産の2024年9月中間決算で本業の儲けを示す営業利益が前年同期比90.2%減の329億円となったことで、マレリの業績悪化が懸念されることに。マレリも追浜工場(横須賀市)を閉鎖し、工場不動産を第三者へ売却。実験研究センター(佐野市)も一部売却するなど、リストラを加速する。

再び経営破綻の危機に直面したマレリは、インドの自動車部品大手マザーサン・グループをスポンサーとする私的整理案を提案。邦銀勢はこれを支持し、債権の一部を一律で放棄する一方、緊急融資分は額面通りに回収し、さらに追加出資することで中長期的な再成長を実現できる再生プランとして提示した。

マザーサンは1975年設立のインド自動車部品大手で、世界44カ国に製造拠点を持つ。近年は積極的なM&Aで製品ポートフォリオを拡大し、2024年の売上高は約1兆6600億円に達する。ホンダ系列の八千代工業や市光工業の事業買収などで日本の自動車メーカーとの取引も広げている。

しかし、またしても債権者の足並みが乱れる。外資系ファンド、特に米ファンドのSVP(ストラテジック・バリュー・パートナーズ)らは私的整理案に慎重で、マザーサンがグローバルな生産拠点管理や資金調達を十分に担えるか疑問を呈し、反対の意向を示した。

国内自動車産業の「生命線」に関わるマレリ再生

こうした調整難の末、2025年6月にようやく米連邦破産法の適用申請にこぎつける。

とはいえ事実上、2度目の経営破綻だ。

帝国データバンクの調査によると、マレリグループの国内取引先は約1731社、取引額は約2600億円、関係する従業員は約28万7000人に及ぶ。全国45都道府県に分布し、とくに東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、埼玉県に集中している。

マレリの経営再建の行方は、こうした2次以下の中小サプライヤーや地域経済にも大きな影響を与える。単なる短期的な債務整理にとどまらず、持続可能な事業体制の再設計が求められる中、雇用維持や技術継承の観点も無視できない。

米連邦破産法適用により、米国の裁判所の監督下で経営改革を進めることになるが、先行きは不透明だ。マレリ再建にあたっては、今後も債権者間の調整が最大の焦点となる。スポンサー候補として名乗りを上げたSVPは製造業への投資実績が乏しいなど、不安材料も多い。

債権者の対立からは、マレリの再建よりも資金回収を優先する姿勢も透けて見える。多くの国内自動車部品メーカーを道連れにしかねないマレリの経営破綻だけに、経営再建の成否は国内自動車産業の「生命線」であるサプライチェーンの命運を左右すると言っても過言ではないだろう。

文:糸永正行編集委員

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