
工作機械メーカー牧野フライス製作所<6135>へのTOB(株式公開買い付け)を表明しているモーター大手のニデック<6594>が、新たなM&A戦略を打ち出した。
これまでは業績の振るわない企業を中心に子会社化し、経営を立て直すとの戦略を取ってきたが「適切な経営状態にある企業と一緒になることで、さらなる企業価値の創造を目指す」(岸田光哉代表取締役社長執行役員CEO)との方針に切り替えたのだ。
工作機械事業拡大のため、牧野フライス製作所<6135>を、何としてもグループ内に取り込みたいとの強い思いが、こうした決断に導いた。
同時に事前の協議や打診などを一切行わず、牧野フライスへのTOBを発表するという、日本では馴染みのない手法の採用にも踏み切った。
こちらは経済産業省が2023年8月に公表した「企業買収における行動指針 ―企業価値の向上と株主利益の確保に向けて―」に従って、M&Aの透明性を確保するためとしており、同社では今後のM&Aについても、この手法を用いる方針で、これが日本に根付くことを期待するとしている。
ニデックのM&A戦略の変更だけにとどまらず、日本のM&Aの進め方にも一石を投じることになった牧野フライスとは、どのような企業なのだろうか。
工作機械の製品群拡充が狙い
牧野フライスは、削りや穴あけなど多種類の金属加工が可能なマシニングセンターを主力に、フライス盤(切削工具を回転させ、固定した工作物を加工する機械)や、放電加工機(放電によって工作物の不必要な部分を除去する機械)、レーザー加工機(レーザーで工作物を加工する機械)などを製造している。
ニデックは工作機械分野に参入し同事業を拡大するために、2021年に三菱重工工作機械(現ニデックマシンツール)を子会社化したのを手始めに、2022年にOKK(現ニデックオーケーケー)を、2023年にイタリアのPAMAを、 同じ2023年にTAKISAWAを傘下に収めた。
これらM&Aによって、工作機械の種類は充実してきており、牧野フライスが手がけるマシニングセンターとフライス盤は、ニデックオーケーケーと重なり、レーザー加工機はニデックマシンツールと重なる。唯一放電加工機が牧野フライスだけが手がける製品で、これが新たに品ぞろえに加わることなる。
これら製品のほかに、門形機(大型のマシニングセンター)や横中ぐり盤(ドリルなどで開けた穴を広げる機械)などの大型機は、ニデックマシンツールとPAMAが、旋盤(工作物を回転させ、固定した切削工具で加工する機械)はTAKISAWAが、歯車機械(歯車を造る機械)はニデックマシンツールが手がけており、ここに牧野フライスの放電加工機が加わることで、必要な工作機械がほぼそろい、ワンストップソリューションが可能になる。
この製品群の拡充が、ニデックが牧野フライスをグループ化したい理由だが、理由はこれ一つだけではない。
大きな市場の獲得にも意欲
ニデックが牧野フライスをグループ化したいもう一つの理由は、牧野フライスが手がけるマシニングセンターなどの製品が市場規模の大きい分野で使用されることや、牧野フライスの製品が高精度で高機能なことが挙げられる。
ニデックが作成した工作機械の製品マッピングを見ると「大規模市場」で「高機能」に位置付けられる製品は、ニデックオーケーケー、ニデックマシンツール、PAMA、TAKISAWAのいずれも手がけておらず、空白になっている。
牧野フライスとニデック傘下企業の製品は、使用される業界にも大きな違いがある。ロボットやエネルギー自動車は領域が重なるものの、ニデック傘下企業は産業機械や建設機械、鉄道などを得意分野としており、牧野フライスは航空機や半導体関連装置、医療などに強みを持つ。
牧野フライスが手がけるこうした市場を取り込むことができれば、ニデックの工作機械事業の大きな成長につながり、牧野フライスにとってもニデックの事業領域が多岐にわっているため、新しい市場を開拓することができるという。
ワンストップソリューションの提供とともに、この市場領域の拡大が、牧野フライスに何としてもグループ入りしてほしい理由で、このために、これまでの業績立て直し型のM&Aから「適切な経営状態にある企業と一緒になる」方向に舵を切ったのだ。
岸田社長は「我々の事業を成長させていくことのみならず、工作機械業界で世界に絶対に負けないよう、両社にとって意味があるものを目指す」としている。
ステークホルダーに意見を言える場を
他方、事前の協議や打診などを行わずに牧野フライスへのTOB を発表した理由として上げている経済産業省の「企業買収における行動指針」は、三つの原則からなる。
第1原則は企業価値・株主共同の利益に関するもの、第2原則は株主意思に関するもので、ニデックは、これら二つの原則は当然としたうえで、透明性に関する原則である第3原則に沿って、今回の手法を決めたという。
その第3原則には「株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのために、買収者と対象会社は、買収者と対象会社、買収に関連する法令の遵守等を通じ、買収に関する透明性を確保すべきである」とある。
この文言に沿って、事前の協議や打診などを行わずにTOB を発表したことについて、ニデックでは事前協議を行い合意してしまうと、M&Aがどのように提案され、どのように議論され、どのように結論に至ったのかが分からないが、事前協議なしにTOBを発表すると、株主や従業員、取引先、地域社会などのステークホルダーが、意見を言える機会ができるため、この方法は「非常に透明なプロセスである」との見解を示している。
詰め物とパズルで買収先を選定
ニデックの機械事業は今回の工作機械事業のほかに減速機事業とプレス機事業の3部門からなり、いずれもM&Aで成長してきた。
最も早く立ち上がったプレス機事業は2012年に、米国の大型機械式プレス機メーカーのMINSTERの子会社化から始まり、2024年のカナダのプレス機周辺装置メーカーのLinear Transfer Automationの子会社化まで、この間に合計6社を傘下に収めており、2024年3月期の売上高は667億円だった。
また減速機事業では2018年にドイツの小型直交減速機メーカーのGRAESSNERと、2019年にドイツの大型減速機メーカーのDESCHの2社を子会社化しており、2024年3月期の売上高は395億円だった。
工作機械はすでに4社を子会社化しており、2024年3月期の売上高は機械事業部門の総売上高2244億円の半分強に当たる1182億円に達している。
牧野フライスの2024年3月期は売上高2253億6000万円(前年度比1.2%減)で、これが加われば、一気に4500億円に近くにまで機械事業の売上規模が拡大することになる。
ちなみにニデックの2024年3月期の売上高は2兆3482億200万円(同4.7%増)で、現在の機械事業の売上高構成比は10%弱となっている。

ニデックは買収先の企業を石垣の石に例え、大きな石(買収した企業)を支えるために、小さな石(買収企業の競争力を高めるのに役立つ企業)を数社買う「詰め物買収」という考えを持つ。
牧野フライスの買収が成立すれば、牧野フライスがより強くなるために必要な企業を買収する方針をすでに固めており、どの企業を買うのかについては、ニデックだけで決めるのではなく、牧野フライスと相談しながら、決定するとしている。
またニデックでは、パズルの抜けている部分を埋める形で買収先企業を選定しており、工作機械での詰め物買収と並行して、他の種類の機械や周辺機器などパズルの抜けた部分の買収についても前向きな姿勢を見せている。
ニデックは牧野フライスの合意が得られなくても、2025年4月4日に買い付けを開始する方針だ。今後このTOBがどのように展開していくのか。ニデックのM&A戦略だけでなく、日本のM&Aの進め方にも影響が予想されるだけに、各方面から関心を集めそうだ。
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文:M&A Online記者 松本亮一
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