スタートアップM&A 知られざる急成長の仕組み|編集部おすすめの1冊

数あるビジネス書の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aや企業成長戦略はもちろん、資本市場の変化やスタートアップの将来像を考えるうえで参考になる本を紹介する。

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スタートアップM&A 知られざる急成長の仕組み 松本 茂 著、東洋経済新報社刊

スタートアップの出口(EXIT)戦略といえば、長らく「IPO(新規株式公開)が成功の証」という見方が支配的だった。しかし近年、日本でもIPOの準備期間が長期化し、上場維持コストや内部統制整備の負担の重さが課題として指摘されている。

さらに、IPO後も高成長を維持できず停滞する企業が少なくない現実も浮き彫りになってきた。こうした環境下で、M&Aやセカンダリー投資を組み合わせた「複線型EXIT」が注目されている。本書は、その潮流を理論と実務の両面から体系化した、スタートアップ成長戦略の新たな教科書といえる1冊だ。

IPOはスタートアップのゴールなのか?

最大の特徴は、「IPO=ゴール」という従来型モデルへの疑問を出発点に、スタートアップの真の成功とは何かを問い直している点にある。著者は、上場後に成長が鈍化する理由を、資本市場対応のコスト増大や経営の短期志向化、人材・投資余力の制約など複合要因として整理。そのうえで、持続的成長を実現する企業は、IPOの前後を問わずM&Aを戦略的に活用していると指摘する。

特に興味深いのが、スタートアップM&Aを「拡張」「再生」「探索」という3つのモデルに分類している点だ。既存事業の機能補完や市場拡大を狙う拡張型、成熟事業の再構築を通じて企業価値を高める再生型、将来の技術や市場を先取りする探索型という整理は直感的に理解しやすい。

マネーフォワードやエムスリーの連続買収による拡張型M&A、RSテクノロジーズやSHIFTの再生型M&A、日立製作所やKDDIなど大企業のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)を起点とした探索型M&Aなど、日本企業の具体例が豊富に紹介されている点も説得力を高めている。

米国事例の分析も大きな魅力だ。グーグルやセールスフォースといったテック企業の成長過程、さらにはバイオファーマ業界における研究開発型スタートアップの「ジョイン型」M&Aモデルなど、産業特性に応じたスケールアップの方法論が丁寧に整理されている。

スタートアップが単独で巨大企業へ成長するというより、M&Aを通じてエコシステムを形成していく姿が浮かび上がる。実際、米国のスタートアップでは、IPOよりもM&AによるEXITが一般的だ。

国内スタートアップ市場の現状を分析

日本のスタートアップ市場の現状にも踏み込んでいる。IPO偏重の構造、株主間調整の難しさ、のれん負担やバリュエーションの問題など、日本特有の制度的・文化的ハードルが整理されている。

一方で、政府による成長資金供給や海外投資家の呼び込み策、未上場株式市場の拡大など、資本循環の環境整備が進んでいることも紹介されており、日本でもM&Aを軸とした成長モデルが現実味を帯びてきたことが理解できる。

読み進めるうちに、本書が単なるM&A解説書ではなく、「企業価値とは何か」「スタートアップは何を目指すべきか」という根源的な問いを投げかけていることに気づく。

IPOはあくまで通過点であり、企業の競争力を高めるための手段の一つに過ぎないという視点は、スタートアップ経営者だけでなく、投資家や大企業の新規事業担当者にも示唆が大きいだろう。

著者はM&Aを万能の解決策として礼賛しているわけではない。買収統合の難しさやのれん負担、組織文化の衝突など、実務上のリスクにも言及しており、現実的なバランス感覚を保っている点も参考になる。

総じて本書は、「IPO一択」から「M&Aを含む複線型成長」へというスタートアップ戦略の転換を、理論・実例・政策環境の三層から整理した実務ガイドブックだ。

著者はプライスウォーターハウスクーパース(PwC)ディレクター、英HSBC投資銀行本部長などを歴任、20年にわたり米国や中国など20カ国、50社を超える海外企業とのクロスボーダー案件に助言した実績がある。現在は京都大学経営管理大学院特命教授、城西国際大学大学院教授としてM&Aの研究に当たっている。

2020年と2024年に京都大学経営管理大学院の優秀教育賞を受賞した、実務とアカデミズムのエキスパートだ。

IPO後の停滞に悩む企業、EXIT戦略を模索するVC(ベンチャーキャピタル)・CVC、成長領域を探る大企業にとっても、多くの示唆を与えるだろう。スタートアップ経営者や支援事業者が次の成長ステージを考えるうえで、今すぐにでも読むべき指南書だ。

文・写真:糸永正行編集委員

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