市場価格を下回る価格で募集するディスカウントTOB(株式公開買い付け)が相次いでいる。株主にとっては市場で売却した方が有利だが、公表後には株価が下落していることが多い。
今年のディスカウントTOBでも特異な案件
日本産業パートナーズ(JIP)が9月30日深夜に発表した自社投資ファンドによる三菱重工業<7011>のフォークリフト事業子会社 三菱ロジスネクスト<7105>に対するTOB価格は1株あたり1537円。公表前営業日の終値1788円に対して14.04%のディスカウントとなった。
これについてJIP側は2024年12月6日に三菱重工による株式売却の憶測報道が出たため、株価が上場来高値を超える水準まで急騰したとし、「同日以降の株価は親子上場解消に伴う取引に関する期待が過度に織り込まれたもので、対象者の事業や財務の変化を反映したものではない」と主張している。
今年に入って9月末までにディスカウントTOBは7件あり、三菱ロジスネクスト以外は全て成立した。ただ、うち5件は上場が維持され、TOB価格が不満ならば株式を保有したまま値上がりを待つ選択肢がある。三菱ロジスネクストの場合は、少数株主が株価に不満があってもスクイーズアウトによりTOB価格で手放すしかない。
住友林業によるLeTechのTOBは-46.78%とディスカウント率が今年最大だが、これは筆頭株主のエルティー(東京都千代田区)が所有する68.89%を対象にした1回目のTOB。2回目のTOBでは16.37%のプレミアムを加えており、少数株主にとってはディスカウントではない。
少数株主の権利は保護されているか?
つまり、上場廃止を見込みながら少数株主にディスカウント価格で募集する三菱ロジスネクストのTOBは異例と言える。少数株主の反発は大きいだろう。
TOBの実施に当たって少数株主の権利を保護するために、独立した特別委員会の設置や買収者との重要な利害関係がない少数株主(マイノリティ)の過半数(マジョリティ)の支持を得ることを成立条件とする「マジョリティ・オブ・マイノリティ(MoM)」などの仕組みがある。
今回のTOBでは、特別委員会が提示されたTOB価格が足元の株価を下回ることから、「一般株主の観点から満足な水準には達していない」と、2度にわたって引き上げを迫っていたが、JIP側が報道前日の株価1135円に対しては35.41%のプレミアムがついていると押し切った。
MMについては、少数株主持分に対する比率が過半数に達するには、TOBの下限を1896万917株(総株式発行数の約17.75%)以上に設定しなくてはいけない。
TOBに応募せず、JIP側への売却を確約している三菱重工は64.41%の株式を保有している。つまり、今回設定された下限はスクイーズアウトに必要な3分の2以上の議決権を得ることを目的としたにすぎず、少数株主への配慮は見られない。
経営混乱中の東芝TOBではプレミアム
JIPとしては、三菱ロジスネクストの2025年3月期業績が、米国での売上減や新型エンジンへの切り替えに伴う部品・製品の廃却損や評価損などで、売上高が対前期比5.2%減の約6655億円、営業利益が同51.3%減の約207億円に落ち込んだことから、ディスカウント価格が同社の企業価値に見合うと判断したと思われる。
さらに、2025年8月には会社側が業績予想を下方修正していることから、本来ならば株価が上昇する局面ではないとの判断だろう。
JIPは2023年3月に東芝のTOBを発表したが、その時には9.7%のプレミアムを加えた。東芝は同3月期に増収増益を果たしたものの、海外のアクティビスト(物言う株主)ファンドと経営陣の対立が続き、経営方針が定まらない状況に。
同社の取締役会も、分社化か非公開化かをめぐって経営戦略が二転三転するなど、経営安定性と株主構造による混乱が問題視されていた。
しかも、東芝の株価は買収期待から2022年6月に5938円をつけるなど高騰。その後も4000~5000円に張り付いた。それにもかかわらずプレミアムを加えた理由としては、ディスカウントTOBではアクティビストファンドが納得しないという懸念があったと考えられる。
ディスカウントの正当性は?
三菱重工は、三菱ロジスネクストの持ち株会社となるJIP系投資ファンドに対して、議決権のないB種優先株200億円、 D種種類株式100億円の計300億円を再出資する。B種優先株は議決権がないか制限されている代わりに、普通株よりも優先的に高い配当金を受け取れる種類株式だ。
一方、D種種類株式は配当順位などは普通株式と同等だが、普通株式を対価とする取得請求権があるためエクイティ性が強い。三菱重工が三菱ロジスネクストの持ち株会社に議決権のない出資をすることになっているが、普通株式を取得すれば議決権を持つこと議決も可能になる。
東証は2025年4月に、MBO(経営陣による買収)や支配株主による完全子会社化といった「構造的利益相反リスク」の高いキャッシュアウト(少数株主の締め出し)系行為を問題視し、上場規則や行動規範を見直す方針を示している。
文:糸永正行編集委員
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