【M&Aリブート】日立製作所、総合電機からの脱却に成功した理由

「選択と集中」-バブル崩壊後の日本経済で最も語られてきたワードだろう。それに最も成功したと評価されているのが日立製作所<6501>だ。

かつてはテレビや半導体、家電など幅広い製品を手がける「総合電機」の代表格だった。しかし、現在では電力インフラ、鉄道、ITサービス、データソリューションなどを中心とする 「社会インフラ×デジタル企業」へと姿を変えている。その変貌を支えた最大の手段が、M&Aによる事業再編だった。

「売却」から始まった日立のM&A革命

日立の直近の統合報告書を見ると、同社は社会インフラとデジタルを中心とする事業ポートフォリオによって安定した利益を確保している。同社はデジタル、エネルギー、モビリティー、コネクティブインダストリーズなどを中心に事業を再構築し、デジタルサービスを核にした企業へ転換した。

その背景には、2000年代以降に進められた徹底した事業ポートフォリオ改革がある。日立はかつて、家電、半導体、情報機器、重電などあらゆる分野を抱える巨大企業だった。

ところが、2009年のリーマンショックに伴う世界金融危機で最終赤字7873億円を計上、当時としては日本製造業最大級の赤字を記録する。この危機が、同社の事業ポートフォリオ組み換えの出発点となった。

日立が決定的に違ったのは、「M&Aを使って企業を作り替える」という経営判断だった。多くの日本企業ではM&Aは企業規模を拡大する手段として使われることが多いが、日立は「売却」を起点に戦略を組み立てた。

2019年には化学材料事業の日立化成を昭和電工に、2021年には特殊鋼大手の日立金属を米投資ファンドのベインキャピタルなどに、それぞれ売却した。同年には放射線測定装置・産業用X線CT装置事業も日本みらいキャピタルに譲渡している。

日立は売却で得た資金を、戦略的な買収に振り向けた。象徴的なのが2021年の米IT企業 GlobalLogicの買収である。日立は約96億ドル(約1兆円)を投じて同社を取得し、デジタル開発能力を一気に強化した。この買収は日立史上最大のM&Aであり、2万人以上のソフトウェア開発要員を獲得する「人材確保のM&A」だった。

日立は電力分野でも大型買収を行っている。2018年にはスイスの重電大手ABBの送配電事業を買収し、Hitachi Energy(チューリッヒ)として子会社化した。この事業は再生可能エネルギーの送電網や電力システムの分野で世界的な企業となっている。

【M&Aリブート】日立製作所、総合電機からの脱却に成功した理由
Hitachi Energy
ABBの送配電事業を買収したHitachi Energy(Photo By ChrisStock82/Shutterstock.com)

M&Aで欧州に総合的な鉄道ソリューションを提供

日立製作所の事業転換を象徴する分野の一つが鉄道事業である。事業ポートフォリオの見直しを進める中で、社会インフラ分野、とりわけ鉄道事業を成長領域として位置づけた。日立は1910年代から電動機や鉄道機器を製造しており、日本国内の鉄道向け電装品や車両製造で長い歴史を持つが、2000年代以降は海外展開に乗り出す。

転機となったのは欧州鉄道市場への本格進出だ。日立は英国の高速鉄道プロジェクトに参入し、2012年には英国政府が進める都市間高速鉄道計画「インターシティ・エクスプレス・プログラム(IEP)」の車両を受注した。

この契約は英国の主要都市を結ぶ高速列車の更新プロジェクトで、日立は英国北東部ニュートン・エイクリフに車両工場を建設。

同プロジェクトをきっかけに、日立は欧州鉄道市場で存在感を高めることになる。

2015年にはイタリアの防衛・航空宇宙企業フィンメッカニカ(現 レオナルド)から、鉄道車両メーカーのアンサルドブレダと信号システムのアンサルドSTSを買収。これにより日立は車両製造だけでなく、鉄道信号や運行管理システムを含めた総合的な鉄道ソリューションを提供できる体制を整えた。

こうした買収と事業拡大の結果、日立の鉄道事業は現在「日立レール」としてグローバルに展開されている。英国、イタリア、フランスなど欧州各国で鉄道車両や信号システムを供給し、都市鉄道や高速鉄道のプロジェクトに関わる世界有数の鉄道メーカーとなった。

日立は鉄道車両の製造だけでなく、信号システムや運行管理、メンテナンスなどを含むライフサイクルビジネスを強化することで、社会インフラ企業としての性格を強めている。

日立の鉄道事業は国内メーカーとしての伝統的な事業から、M&Aを通じて欧州を中心に世界市場へ拡大したインフラビジネスに「再定義」した。鉄道のような長期安定型のインフラ事業を強化したことが、日立を総合電機から社会インフラ企業へ変貌させたと言える。

スピードと大胆さが際立つ日立の事業組み換え

同じ国内総合電機だった東芝やNEC、富士通との最大の違いは、危機への対応のスピードとM&Aの使い方だった。

東芝は原子力事業の巨額損失によって経営危機に陥り、その対応に追われて事業転換どころではなかった。NECと富士通はIT企業への転換を進めたが、日立のような踏み込んだ事業売却や大型M&Aは実施していない。その結果、日立と比較すれば、企業構造を抜本的に変えることができなかった。

4社が手がけていた半導体事業における日立の思い切った対応は、その象徴的な事例だろう。

日立は4社の中でも比較的早い段階で半導体事業を自社の中核から切り離した。

同社の半導体部門は2003年に三菱電機の半導体部門と統合されてルネサステクノロジとして分社化された。さらに2010年にはNECの半導体会社であるNECエレクトロニクスと統合され、現在のルネサスエレクトロニクス<6723>が誕生した。

2013年に日立パワーデバイスとして分社化されて最後まで残ったパワー半導体事業も、2023年にミネベアミツミへ売却された。鉄道や電力設備などインフラ事業と密接に結びつく重要なビジネスだったが、巨額投資が必要な上に市場競争が激化していたため切り離しを決断した。日立から「産業のコメ」と言われ、今後も重要性を増すと考えられている半導体事業が消滅したのだ。

日立のM&Aの特徴は、個別案件の狙いと全体戦略が一致している点にある。GlobalLogicはソフトウェア開発力を獲得するための買収であり、ABB送配電事業は電力インフラ市場への参入を強化するための買収だった。

それらは単独の投資ではなく、「OT×IT」という長期戦略の一部だった。OTとは「Operational Technology(制御・運用技術)」の略で、電力や鉄道などのインフラ技術を指す。日立はこのOTにITを組み合わせることで、データを活用したインフラ運用や産業DX(デジタルトランスフォーメーション)の分野で新しい市場を開拓しようとしている。

日立のM&A戦略は、日本政府の産業政策とも重なる。

現在、日本政府は脱炭素、電力インフラ、デジタル化などを重点分野としている。電力網の高度化や再生可能エネルギーの導入拡大は国家戦略でもあり、日立エナジーの事業はその中心領域に位置する。

今後の日立のM&Aは、デジタルやエネルギー関連企業が中心になる可能性が高い。AI(人工知能)やデータセンター、電力インフラ関連企業などは企業価値が高騰しており、大型買収が起きるとすれば1兆円を超える規模になる可能性もある。

今後の日立のM&A戦略は?

総合電機の時代、日本企業は多角化を競い合った。だが、現在の国際競争環境下では企業は自らの強みに集中しなければ生き残れない。日立はその現実をいち早く認識し、売却と買収を組み合わせたM&A戦略によって企業のDNAを変えた。

総合電機の解体に成功した理由は、まさにこの大胆なポートフォリオ改革にあった。ただ、こうした企業の性格を変える大型M&Aの段階はすでに一巡したとみられている。

同社の統合報告書では、今後のM&Aについて既存事業を補強する「ボルトオン型」のM&Aを基本とする方針が示されている。これは戦略分野と親和性の高い企業を段階的に取り込むことで事業競争力を高めていく手法だ。対象となる分野としては、同社が成長領域と位置づけるデジタル、電力インフラ、モビリティーなどが中心になるだろう。

デジタル分野ではAIやデータ解析、産業ソフトウェアなどの企業が候補となり得る。

日立はデジタルプラットフォーム「Lumada」を中核に据えており、インフラ設備や産業機器から得られるデータを活用したサービスの拡大を進めている。

再生可能エネルギーの拡大や電力需要の増大を背景に、送電網や電力制御システムの重要性が高まっていることから、電力インフラ関連企業の買収が進む可能性がある。

M&Aの規模については、今後は数百億円から数千億円程度の中型案件が中心になるだろう。ただし、デジタルやエネルギー分野では企業価値が高騰しており、戦略的に重要な企業が現れた場合には、再び1兆円規模の大型買収も否定できない。

日立はこれまでM&Aを単なる企業拡大の手段としてではなく、事業ポートフォリオを再構築するための経営ツールとして活用してきた。今後も同社のM&Aは、従来の「事業ポートフォリオ再構築」から、長期戦略である「OTとITの融合」を軸に進められていくと考えられる。

日立製作所の主なM&A(2008年以降の東証適時開示に基づく)

公表日案件内容形式①形式②形式③取引総額(億円) 2008年2月15日 日立製作所<6501>、シンガポールの半導体製造子会社を譲渡 株式譲渡 250.00 2009年1月14日 日立製作所<6501>、日立工機<6581>をTOBで子会社化 株式譲渡 TOB 162.15 2009年1月14日 日立製作所<6501>、日立国際電気<6756>をTOBで子会社化 株式譲渡 TOB 104.57 2009年9月16日 NECエレクトロニクス<6723>とルネサス テクノロジが合併 合併 2010年3月24日 カシオ計算機<6952>とNEC<6701>の携帯電話端末子会社が合併 合併 2011年3月7日 日立製作所<6501>、HDD事業を米Western Digitalに譲渡 株式譲渡 3,906.81 2011年3月30日 日立<6501>、三菱電機<6503>、三菱重工業<7011>、水力発電システム事業を新社に統合 会社分割 2011年9月30日 ダイフク<6383>、日立プラントテクノロジーのクリーン搬送システムサービス事業を取得 事業譲渡 2011年11月15日 東芝<6502>、日立<6501>、ソニー<6758>、中小型ディスプレイ事業を統合し新社設立 株式譲渡 2,000.00 2012年3月30日 富士重工業<7270>、風力発電事業を日立製作所<6501>に譲渡 事業譲渡 2012年10月30日 日立製作所<6501>、英原子力発電事業のホライズン・ニュークリア・パワーを買収 株式譲渡 892.42 2012年11月29日 三菱重工<7011>、日立製作所<6501>の火力発電システム事業を取得 事業譲渡 2016年2月26日 新明和工業<7224>、日立製作所<6501>子会社の駐車設備事業を取得 会社分割 0.16 2016年3月11日 日立製作所<6501>、液晶パネル製造装置事業を投資ファンドのポラリスに売却 会社分割 2017年1月13日 米投資ファンドKKR、日立工機<6581>をTOBで子会社化へ 株式譲渡 TOB 882.44 2017年4月25日 日立製作所<6501>、米空気圧縮機メーカーのSullairを買収 株式譲渡 1,357.00 2018年10月26日 仏フォルシア、日立製作所<6501>傘下のクラリオン<6796>をTOBで子会社化 株式譲渡 TOB 1,409.00 2018年12月17日 日立製作所<6501>、スイスABBの送配電事業を7140億円で買収 株式譲渡 7,140.00 2019年10月30日 日立とホンダ、傘下の日立オートモティブ・ケーヒン・ショーワ・日信工業の車部品4社を合併してAstemoを設立 合併 2019年12月18日 昭和電工<4004>、日立化成<4217>をTOBで子会社化へ 株式譲渡 TOB 9,640.58 2019年12月18日 富士フイルムホールディングス<4901>、日立から画像診断関連事業を1790億円で買収 会社分割 株式譲渡 1,790.00 2020年6月1日 UTグループ<2146>、日立製作所<6501>傘下でエレベーター設計・製造請負などの水戸エンジニアリングサービスを子会社化 株式譲渡 2020年9月24日 三菱UFJリース<8593>と日立キャピタル<8586>、2021年4月に合併 合併 2021年3月31日 日立製作所<6501>、米IT企業のグローバルロジックを1兆円超で買収 株式譲渡 10,422.00 2021年4月28日 米ベインキャピタル、日米連合で日立金属<5486>を買収 株式譲渡 TOB 8,100.00 2021年10月13日 日立製作所<6501>、放射線測定装置・産業用X線CT装置事業を日本みらいキャピタルに譲渡 会社分割 株式譲渡 2023年11月2日 ミネベアミツミ<6479>、日立製作所<6501>傘下でパワー半導体メーカーの日立パワーデバイスなどを取得 株式譲渡 事業譲渡 2025年12月16日 ホンダ<7267>、日立製作所<6501>の持ち分を取得して自動車部品メーカーAstemoを子会社化 株式譲渡 1,523.00 2026年3月26日 沖電気工業<6703>と日立製作所<6501>、ATMの開発・生産を統合 株式譲渡 会社分割

文:糸永正行編集委員

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