2025年に、外食業界では高額のM&Aが相次いで発表された。外食は、もともと非公表案件が多い業界であるだけに、数十億円規模に達する案件が続くこと自体が構造変化の兆しと言える。
客数モデルの限界が「評価の軸」を変えた
日本フードサービス協会(JF)の年次データによると、ここ数年で外食産業はコロナ禍から回復したが、それを支えたのは度重なる価格改定による客単価上昇だった。原材料費、人件費、物流費の上昇を背景に値上げが進み、値上げを受け入れてもらえる店と、そうでない店の差が拡大している。
この変化は、M&Aの対象となる企業の経済的な価値を金額で評価する「バリュエーション」を変えた。従来の外食M&Aでは、主に出店余地や店舗数の拡大が将来キャッシュフロー(CF)につながるとして高く評価された。しかし現在は、それに加えて「値上げ耐性」が評価軸に据えられている。
客数が伸びない市場で成長を維持するには、客単価の引き上げが重要になる。つまり、原材料費や光熱費、人件費などのコスト増に応じた値上げを実施しても客離れを起こさないだけの「ブランド価値」が注目されるわけだ。「値上げ耐性」が強いブランドほど、買収価格の根拠となる将来CFの確度が高まり、結果としてバリュエーションが上がる仕組みだ。
とはいえ、ブランドにあぐらをかいて値上げを続けていては、いずれ客足は遠のく。値上げ幅は最小限に留めなくてはならない。そのため、効率化によりコストを抑えられるビジネスモデルも併せ持つ企業が注目される。
2025年の主な外食業界M&A(東証適時開示に基づく10億円超の案件、12月20日現在)
順位公表日内 容取引総額(億円) 1 9月16日 串カツ田中ホールディングス<3547>、イタリアンレストラン「ピソラ」を子会社化 95 2 12月15日 松屋フーズホールディングス<9887>、ラーメン店「六厘舎」運営の松富士を子会社化 91.6 3 8月 5日 ロイヤルホールディングス<8179>、おやつ定期宅配サービスの「たびスル」を子会社化 57.63 4 11月14日 魁力屋<5891>、つけ麺専門店「三田製麺所」運営のエムピーキッチンホールディングスを子会社化 50 5 3月17日 物語コーポレーション<3097>、鉄板焼きレストラン展開の米国SHOGUNグループを子会社化 42.5 6 5月12日 あみやき亭<2753>、焼肉・ラーメン店運営のクーデションカンパニーを子会社化 14.5 7 9月16日 SRSホールディングス<8163>、山陰の回転ずし「すし弁慶」を子会社化 11.76取引総額が公表された適時開示案件の平均金額
21.6属人化傾向が強いラーメン店に、なぜ高評価が?
その代表的な事例は、松屋フーズホールディングスが約91億6000万円で子会社化した松富士。松富士は「六厘舎」を中心に、つけ麺・ラーメンの人気ブランドを複数展開している。
人気ラーメン店の多くは、味の微調整やスープのブレ修正、原材料の切り替え判断を創業者が自身の感覚でコントロールしている。そのため、買収で創業者が離れると同じブランドを継続しても「味が落ちた」と客足が遠のく事例が少なくないからだ。
もちろん、ブランド力を維持するために昔ながらのやり方を堅持する方法もある。しかし、それでは事業の効率化が進まず、値上げはできてもコスト増に浸食されて将来CFを期待できなくなる。
松屋フーズは六厘舎の「つけ麺」という業態特性に注目した。つけ麺はスープと麺を分離して提供するため、調理人が変わっても「味の再現性」が高く、セントラルキッチンとの相性も良いとされる。つまり、スケール(拡大)させても味に代表される品質が劣化しにくいのだ。
さらに松屋フーズは牛丼で培った調達、製造、物流のプラットフォーム(事業基盤)を持ち、それらを六厘舎に横展開できる。この組み合わせにより、買収後の成長プランが描きやすい。属人性が高いラーメン店であっても、六厘舎のように「味の再現性」や「標準化」という条件を満たせば、合理的な高値売買が成り立つということだ。
事業の「再現性」が評価を押し上げる
魁力屋が約50億円で「三田製麺所」などを展開するMPキッチンホールディングスを子会社化した案件も、松富士と同じ構図と言える。「三田製麺所」は、つけ麺を日常食として定着させ、店舗オペレーションを徹底的に標準化してきたチェーンだ。
MPキッチンの評価ポイントは、味や知名度以上に、チェーンとしての「ビジネス再現性」にある。「三田製麺所」は店長やアルバイト中心で運営でき、人材育成期間が短く、出店モデルが再現可能であることは、将来CFの予見性を高める。
魁力屋自身も多店舗展開型のラーメン店であり、企業文化的な親和性が高い。統合後の摩擦が小さい分、バリュエーションは高くなりやすい。
「異業態×効率」の構図
異業種に展開することで事業ポートフォリオを広げようとするM&Aでも、高いバリュエーションが期待できる。ただ、外食が成長している時代ならともかく、客足が伸びない状況下でポートフォリオを拡大するだけでは、コスト増に収益が追い付かないリスクが高い。
そこでバリュエーションの評価軸となるのは、自社とは全く競合しない異業態であること。そして、買収で期待される効率化シナジーだ。
その典型的な事例が、串カツ田中ホールディングスによるピソラの子会社化だ。取得価額は約95億円。東証の適時開示で公表された取得価額(2025年12月20日時点)で見ると、外食業界において金額が明らかになっているM&Aの平均価額(21億6000万円)の4倍を超える大型買収だった。
居酒屋業態が主力の串カツ田中HDは、コロナ後の夜間集客の不透明さを背景に事業ポートフォリオの再構築を迫られていた。一方、ピソラは郊外型の大型店舗を中心に展開するイタリアンレストランで、ファミリー層を取り込みつつ、比較的高い客単価を維持してきた。
ピソラの買収は、単なる事業多角化ではなく、昼夜を問わず安定した単価を取れるレストラン業態を取り込むことで、将来CFの安定性を高める狙いがあったと読み取れる。
串カツ田中HDはセントラルキッチンや高い調達力を持つ。買収されたピソラにとっても、それらの活用で食材調達や物流の効率化余地が生まれる。現在の利益水準だけで見れば高い買収価格でも、統合後に原価率や人件費率を下げられる余地を織り込むことで、高バリュエーションも合理化されるのだ。
「外食新天地」を求めて
国内は人口減・人手不足を背景に、外食客数の大幅な成長を前提にしにくい。「新天地」を求めるM&Aで高バリュエーションがつくのも道理だ。焼肉やラーメン、お好み焼きなどの業態で郊外ロードサイド店を運営する物語コーポレーションが、約42億5000万円で郊外のロードサイドで鉄板焼きレストランを展開する米SHOGUNグループを子会社化した。自社既存事業との親和性が高く、十分な相乗効果が見込めると判断したからだ。
国内にも「新天地」はある。その一つが、地方ブランドの外食チェーンだ。地方ブランドは全国展開の難しさから、バリュエーションがそれほど高くなかった。しかし、2024年にすかいらーくホールディングスが約240億円で、九州発のうどんチェーン「資さんうどん」を展開する資さんを買収し、状況は一変した。
価格競争に陥らず地域で高いリピート率を誇る地方ブランドからは、全国展開しても同様の「値上げ耐性」を引き出せると評価されるようになったからだ。
高額化の背景、「評価軸の転換」
これらの案件に共通するのは、将来CFの描きやすさである。客数成長が見込みにくい市場において、単価を守れるブランド、効率化できるオペレーション、統合後に改善余地がある構造を持つ企業は希少だ。そうした希少性が、バリュエーションで高く評価されるようになっている。
外食M&Aの高額化は、買収合戦による過熱の結果とは言えない。外食M&Aの評価軸が外食成長時代の「店舗数×客数」から、先が読めない国内市場に適応するため「値上げ耐性×効率化余地×再現性」主体のバリュエーションに移行した結果といえる。外食業界では今後もこのトレンドが続き、高額のM&Aが相次ぎそうだ。
文:糸永正行編集委員
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