年配の方、特に首都圏に住む60代以上の方なら一度は訪れた記憶があるかもしれない。行川アイランド。
人気を博したフラミンゴショー
園内には南方系の動物や鳥類、熱帯植物などを観賞できる施設が点在し、プールやホテル、野外ステージなども整備された、南国気分が堪能できる一大リゾート地だった。特にフラミンゴショーが有名で、100羽ほどのフラミンゴがワルツなどに合わせて群れをなしてしなやかに動きまわるショーは、風にそよぐピンクのビロードのような鮮やかさが人気を博した。
公園の玄関口には1970年、直結するようにJR外房線「行川アイランド」駅が置かれた。往時は特急も停まる駅だったという。電車に乗って、またマイカーで多くのファミリーが訪れた。小学校の社会科見学や林間学校の定番コースの一つであり、入口には駐車場も整備された。
1970年頃には年間110万人を超える来場者数があった。この来場者数は、東京ディズニーランドは別格としても、今でも全国各地方で5指に入るほどの人気である。
隣市に出現したライバルとの戦い
だが1970年、隣市鴨川にライバルが出現した。同年10月に開園した鴨川シーワールドだ。鴨川シーワールドでは、フラミンゴよりダイナミックなシャチのショーが人気を集めた。加えてホテルや各種のマリンレジャー施設など大規模なリゾート開発を進めていった。外房の海の難所「おせんころがし」が間近に迫る断崖絶壁に囲まれた行川アイランドより、外房の果てしない白砂青松がつながる海辺の鴨川シーワールドのほうが開放感に満ち、南国気分を味わえる。
当初は個人経営であった行川アイランドの売上は、1970年代半ばの15億円ほどをピークに急落していく。そして、その頃には法人成りしていた行川アイランドは1976年に会社更生法を申請し倒産した。
事業を継いだ日本冶金工業
倒産した行川アイランドを引き受けたのは日本冶金工業<5480>であった。行川アイランドのオーナーは、千葉県の守谷村(現勝浦市)で生まれ、昭和初期には新興財閥森コンツェルンを形成した森 矗昶(のぶてる)の長男、森暁(さとる)である。
森暁は当時、日本冶金工業の社長に就いていた。いわば、森一族の運営で始まった行川アイランドの事業を、当時、森一族が経営する会社が引き継いだことになる。
行川アイランドの運営管理は日本冶金工業の子会社である冶金興産が担うことになった。実際には冶金興産が行川アイランドを管理し、その運営を株式会社行川アイランドが引き受けるかたちであった。
なお、日本冶金工業とはNAS(ナス:Nippon-Yakin Austenite Stainless Steelの略称)ブランドで知られステンレス特殊鋼電気炉メーカーである。1925年に消火器の製造販売などを行う中央理化工業として設立。1928年には火薬品などの製造販売を行うようになり、日本火工と改称した。いわゆる軍需産業により業容を拡大したが、1933年、さらなる業容拡大に向けて資金を確保するため、新興財閥の森コンツェルンの傘下に入った。
需要の変化に抗うことなく閉園を決定
冶金興産の管理下で運営された行川アイランドも、行楽需要の変化に対応できず、アトラクション施設も老朽化していった。また、1980・1990年代の千葉県房総半島の行楽需要も、一言でいうと、行川アイランドに不利に働いた。
房総半島には1960年代から1970年代にかけてマザー牧場をはじめいくつかのレジャー施設が開設した。だが、1983年の東京ディズニーランドの開園により、鴨川シーワールドやマザー牧場には行楽客が訪れても、より遠方の行川アイランドには思うほどに行楽客が訪れない状況だった。さらに1997年に東京湾アクアラインが開通したが、首都圏からは鴨川までは足を延ばしても、勝浦、行川は行楽には縁遠い地だった。現在、勝浦は日本有数の避暑地として人気を博しているが、当時はまだ首都圏の夏が今ほど酷暑ではなかった時代の話である。
最大のネックとなったのは、平均寿命40年~50年のフラミンゴが高齢化したこととされている。鉄鋼メーカーが動物園施設を維持するのは極めて困難なのは明白で、日本冶金工業・冶金興産側も、レジャー施設を運営するのは無理と考えたようだ。本業とかけ離れた異分野の事業では赤字経営を脱することができなかった。
いくつかの困難・不利な状況が重なり、2001年3月に日本冶金工業では閉園を決定し、同年8月に行川アイランドを閉園した。
なお、管理会社の冶金興産は2001年10月、日本冶金工業に吸収合併される。
再興をめざすも、コロナ禍に見舞われる
閉園後の土地を購入したのは、ビジネスホテル「ドーミーイン」やリゾートホテル「共立リゾート」、寮事業などを手がける共立メンテナンス<9616>である。その後、同社の複合リゾート施設ブランド「ウエルネスの森」としての開発を進めることになっていたとされる。また、勝浦市も共同で行川アイランド跡地を「勝浦シーサイドパークリゾート」として利活用することを計画していた。だが、これらの構想はコロナ禍や建設資材の高騰などのため着工には至っていないようだ。
現在、行川アイランド跡地は無人駅となった行川アイランド駅と駅前を通る国道128号線をまたぐ歩道橋、そして施設入口のトンネルに「行川アイランド」の名を残す程度だ。廃墟となった施設に続くトンネルは鉄柵で固く閉ざされ、跡地に入ることはできない。
文・菱田秀則(ライター)
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