日本の会計基準(J-GAAP)における「のれんの非償却」導入が本格的に議論されている。政府も企業の成長促進のため、会計処理見直しを示しており、企業会計基準委員会(ASBJ)での検討も進む。
のれんの非償却が議論されている背景
のれんとは、買収した企業が持つ顧客基盤やブランド、技術、ノウハウ、人材などの無形の価値のうち、個別の資産として識別できない"将来の収益獲得能力"を表す資産である。会計上は、買収価額からその企業の時価純資産を差し引いた差額として算定される。
現行の日本の会計基準(J-GAAP)では、こののれんを20年以内で規則的に償却(費用化)することが求められている。一方、米国会計基準(US-GAAP)や国際会計基準(IFRS)では、のれんは償却せず、毎期減損テストを行う「非償却モデル」が採用されている。主要国で採用されている会計基準の中で、のれんを定期償却しているのは日本基準のみという状況である。
そのため、同じM&Aを行っても、日本基準を採用する企業は償却負担の分だけ利益が低く見えやすく、他の会計基準を採用する企業との比較で不利になりやすいと指摘されてきた。また、償却費による営業利益の低下がM&Aの判断を慎重にさせるという課題もある。こうした背景から、非償却モデルの導入が議論されている。
非償却によってM&Aはどう変わる?
非償却モデルが導入されると、毎期の償却費がなくなるため、買収後の利益計画が立てやすくなる。特に連続してM&Aを実施しようとする企業にとっては、過去のM&Aによるのれんの償却負担を気にすることなく新たなM&Aを実行できる点も大きなメリットになる。また、諸外国と同じ非償却モデルになれば財務諸表の国際比較が容易になり、海外投資家に対する財務情報の分かりやすさが向上する。
一方で、買収後に期待どおりの収益が得られなかった場合には、一度に大きな減損損失を計上する懸念が残る。償却モデルでも減損処理が求められるのは同様だが、のれんの残高は買収時から毎期減少するので、時の経過に伴い減損損失として計上される金額も小さくなっていく。
つまり、償却モデルでは一定期間で費用が配分されるため業績が平準化されますが、非償却モデルでは事業価値の毀損が顕在化した時点で大きな影響が生じることになる。したがって、非償却モデルでは買収後のシナジー創出や統合プロセス(PMI)の質がより重要になると考えられる。
のれん非償却の議論とM&Aの本質
M&Aの本質は、投資した資金に見合う将来キャッシュフローを獲得できるかどうかにある。すなわち、M&Aの成否は事業価値の向上に直結するシナジーの実現や統合プロセスの巧拙によって決まる。
非償却モデルが導入されれば、短期的には業績の見通しが安定し、M&Aに取り組みやすくなる側面がある。しかし、事業の成長が伴わなければ減損リスクはむしろ高まり、経営への影響は大きくなる。重要なのは、会計処理の変更そのものではなく、買収後の経営戦略をいかに実行し、企業価値を高めるかという点にあると考える。
今回の制度見直しの議論は、日本企業が成長戦略としてM&Aをどのように位置付けるかを再考する貴重な機会となり得る。制度の変化をきっかけとして、より本質的な企業価値の創造に向けた議論が進むことを期待される。
文:大山公認会計士事務所代表 大山陽一(公認会計士・税理士)
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