【大垣共立銀行】県内第2の地銀として独自の存在感を示す|ご当地銀行のM&A

岐阜県には十六銀行という有力地銀があるが、もう1つ独自色の強い地方銀行がある。県内大垣市に本店を置く大垣共立銀行<8361>だ。

1878(明治11)年12月、前身となる第百二十九国立銀行が創立し、1896年3月に同国立銀行の業務を継承するかたちで誕生した。国立銀行の存立期間は営業免許を受けてから20年間と定められていたが、その期限をわずかに残しての業務継承だった。

西濃地域の金融機関に相次いでM&A攻勢をかける

大垣共立銀行は平成期にかけて、大垣市および西濃地域を中心とする金融機関とのM&Aを重ねてきた。

1900年6月に美濃実業銀行(大垣市)と合併すると、1910年には真利銀行(大垣市)も飲み込む。大正期に入ると、1919(大正8)年に五六銀行(瑞穂市)、1921年4月には養老銀行を相次いで買収。1923年12月には農産銀行(名古屋市)を傘下に収め、隣県の愛知で営業を開始した。勢いは止まらず、1926年4月には共営銀行(大垣市)を手中に収めることで、三重・滋賀両県への進出も果たしている。

昭和期に入っても攻勢の手を緩めることはなかった。1928(昭和3)年は、5月に七十六銀行(海津市)と合併し、12月には本田銀行(瑞穂市)を買収。戦時下の1943年11月には大垣貯蓄銀行(大垣市)を吸収合併した。

さらに平成期に入ると、1998(平成10)2月に東海信用組合(岐阜市)から事業を譲り受け、2000年10月には郡上信用組合(郡上市)と合併している。

同じ岐阜県内といっても、岐阜市、大垣市などの都市から見ると、高山市などの飛騨地方は地理的に縁遠い存在かもしれない。ただ、同行では2000年4月から移動店舗「ひだ1号」による巡回営業を開始している。

こうした移動店舗の運行は当時、全国の金融機関で初の取り組みだったとされる。

特筆すべきは、幾多のM&Aを経てもなお、創業以来の行名を一度も変更せずに今日に至る点だ。その歴史は、まさに積極的な“攻め”の歩みであったことがうかがえる。

機を見るに敏な海外拠点の整備

海外への拠点展開も見ておこう。

1989年6月に香港支店を設置し、翌1990年10月にはニューヨーク支店をオープン。1992年1月にはベルギーに欧州大垣共立銀行を現地法人として設立するなど、欧米・アジアでの足場を固めた。

その後、2002年に中国で上海駐在員事務所を立ち上げ、2011年11月にはバンコック、2012年3月にはホーチミン、2017年5月にはマニラへと駐在員事務所のネットワークを広げた。

なお、これらの海外拠点は時代の要請に合わせて、新陳代謝を繰り返している。2002年に上海事務所を開設する一方で、香港とニューヨークの支店は駐在員事務所へ縮小。さらに、ニューヨーク事務所は2011年12月(バンコック駐在員事務所を開設した直後)、香港事務所は2017年3月、バンコック事務所も2019年5月に、それぞれ閉鎖した。

ちなみに、現地法人の欧州大垣共立銀行も2011年12月にその役割を終え、廃止されている。

銀行業界としては大胆な広報策を展開

21世紀を迎え、大垣共立銀行は独自かつ業界としては奇抜・大胆な広報戦略を展開した。2001年から社名(Ogaki Kyoritsu Bank)の頭文字OKBを使用した広報宣伝を始め、サービス拠点「OKB Harmony Plaza 名駅」や移動銀行代理店「OKBスーパーフロンティア号」など、OKBを冠した施設や商品などの「OKBブランド」を推進してきた。

2011年にはPRキャラクター「OKB3」を、2013年には社員による広報宣伝ユニット「OKB45」を結成するなど独自の地方創生に取り組んできた。

なお、東海地区を拠点とするSKE48とは、2020年4月にSKE48の管理・運営を行うKey Holderと地方創生分野における「業務提携に関する基本合意書」を締結した。SKE48ではメンバーによる「OKB5」を結成し、地域を守り立てるために一役買っている。

文・菱田秀則(ライター)

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