SaaS(インターネット経由でソフトウエアを利用できるサービス)企業の成長モデルが転換点を迎えている。
市場は拡大しているものの、AI(人工知能)の活用により、従来のSaaSには存在しなかった推論コスト(AIが実際に回答や判定を行うたびに生じる処理費用)や、モデルライセンス費用(外部のAIモデル利用料)が発生し得る構造となり、収益性への影響が意識されていることが背景にある。
加えてM&Aによって成長を目指す動きもみられ、今後SaaS市場の競争環境が変化する可能性もありそうだ。
利用者が増えるほど収益が増える仕組み
SaaSはクラウド上のソフトウエアをインターネット経由で提供し、複数企業が同一基盤を共有する仕組みで、サブスクリプション型(一定期間ごとに利用料を支払う継続課金方式)が主流となっている。
利用人数(社員数など)に応じて発行するID(利用者ごとのアカウント)数で課金し、導入企業内で利用者が増えるほど収益が増える仕組みだ。
継続して利用されることで収益が積み上がるストック型の収益モデルとなる。
ただ、開発費用やユーザーの獲得費用が先行して発生するため、当初は赤字となる傾向にある。
このような市場環境の中、日本のSaaS市場は今後も拡大が見込まれている。
企業のバックオフィス業務(経理・人事労務・法務など)を管理するクラウドソフト「マネーフォワード クラウド」を主力とするマネーフォワード<3994>は、2025年11月期決算短信で、SaaS市場は近年大きく成長していると分析。
そのうえで、富士キメラ総研の「ソフトウェアビジネス新市場 2025年版」によると、国内SaaS市場は、2029年度には3兆3975億円(2024年度比73.0%増)に達すると見込まれていると紹介した。
また矢野経済研究所が2025年9月に発表した企業向け基幹システムを対象にした調査「ERP市場動向に関する調査(2025年)」では、2024年のERPパッケージライセンス市場(企業の基幹業務を管理するソフトの利用権販売市場)でのSaaSの市場規模は、前年度比36.2%増の371億8600万円と推計している。
成長続く一方で利益に課題、SaaS企業の現状は
こうした追い風が吹く一方で、利益面では厳しい状況にある企業が少なくない。
マネーフォワードをはじめ、「freee会計」「freee人事労務」を主要サービスとするフリー<4478>、ビジネスチャットツール「Chatwork」を主力サービスとするkubell<4448>などの決算から、SaaS企業のコスト構造が確認できる。
マネーフォワードは、売上高の拡大に伴い費用も増加し、2012年の設立以来、営業赤字が続いている。2025年11月期も2桁成長を維持したものの、経費をカバーしきれずに営業損益は赤字から脱却できなかった。2026年11月期については、広告宣伝費や人件費、外注費の抑制などにより、通期で初となる黒字化を見込む。
フリーも2019年の上場以来、営業赤字が続いていたが、2025年6月期に営業黒字に転換。2026年6月期も調整後営業利益(営業利益+株式報酬費用+M&Aにより生じた無形資産の償却費用+その他一時費用)で黒字を確保できる見込みだ。同社ではこれまでの営業赤字の要因を「開発費用やユーザーの獲得費用などに先行投資したため」としている。
kubellは、2021年12月期に営業赤字に転落したあと、3年間赤字が続き2024年12月期に黒字に転換。2025年12月期は2期連続で黒字を確保した。2026年12月期については「利益を生み出せる体制の構築を進める」としている。
そうした中、「楽楽精算」「楽楽明細」を主力サービスとするラクス<3923>は、2022年3月期に営業減益となったものの、その後、反転し2026年3月期は4期連続の営業増益を見込むなど、増益基調の企業もある。
これら企業の決算からは、現段階では利用者がAIを使うほどコストが増加する構造が顕在化しているわけではなく、むしろ、各社は費用の抑制を通じて利益確保を進めている。
ただ、今後AI活用が本格化した場合には、推論処理や外部モデル利用に伴う費用が発生し、利用量に応じてコストが増加する構造となる可能性がある。
このため、将来的にはコスト増が収益を圧迫する要因となることが予想される。
一方、米国では、AIが業務ソフトの機能を代替するとの見方から、SaaS需要が減少する、いわゆる「SaaSの死」と呼ばれる懸念が広がり、年明けからSaaS企業の株価が下落する場面がみられた。日本の株式市場でも同月、ラクス、マネーフォワード、kubell、フリーなどが急落した。
AIエージェント導入でサービスと収益構造に変化
コスト増や業務ソフト需要減少への懸念が指摘される中、AIエージェント(人の代わりに業務を自律的に実行するソフトウエア)の導入など、収益モデルの見直しにつながる取り組みも出てきた。
マネーフォワードは2024年8月に、AI推進室を設置しAIを活用することで既存サービスの付加価値向上や、社内業務の効率化などによる収益性の向上に取り組んでいる。
さらに、人が認知・判断・操作している業務をAIが支援・代行するサービスの開発も進めており、今後のサービス提供の在り方に影響を与える可能性がある。
ラクスは、顧客の生産性向上に向けて、業務を自動化、支援するタスク処理AIの実装を推進する方針で、すでに「楽楽明細」「楽楽債権管理」「楽楽販売」などのサービスにAI機能を順次搭載している。
「楽楽自動応対」にはAIエージェントを搭載し、問い合わせ対応業務の完全自動化の実現を目指す計画で、これら取り組みはマネーフォワード同様にサービス提供の在り方や料金体系の見直しにつながる可能性がある。
kubellは、AIエージェントの導入により、チャット経由で業務を請け負い、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する、BPaaS(ソフトウエアの提供ではなく、業務プロセスそのものを提供するクラウドサービス)の収益性の改善を見込む。
フリーもプロダクト価値強化と生産性向上の双方に寄与するAIの活用を加速するとしている。
成長手段としてM&Aを重視、各社で活用が進む
M&Aの取り組みは活発だ。マネーフォワードは2020年以降に10件のM&Aを適時開示(2026年3月24日時点)しており、このうち8件が買収案件だった。直近では2026年2月に、ソニービズネットワークスからクラウド型勤怠管理システム事業など2事業を取得した。今後についても、M&Aを成長戦略の一つに掲げ、マイノリティ出資や事業提携なども含めた非連続な成長実現に積極的に取り組むとしている。
フリーも2020年以降に10件のM&Aを適時開示(同)しており、9件が買収案件だった。2026年3月18日には、小売・卸事業者向け在庫管理ソフト開発・運営のロジクラの子会社化を発表した。
ラクスは同期間に3件、kubellは4件のM&Aを適時開示(同)しており、合計7件中5件が買収案件だった。ラクスは継続してM&A戦略を推進する計画で、持続的な成長の実現に向け、M&Aを最優先に検討し資源を配分する。
kubellも、M&Aによる事業成長を成長戦略の一つに据えており、今後も積極的に推進するとしている。こうした動きから、各社ともM&Aを通じて事業領域の拡張と成長の加速を目指していることがうかがえる。各社はそれぞれ異なる戦略で成長モデルの見直しに取り組んでおり、対応の違いが今後の成長を左右することになりそうだ。
文:M&A Online記者 松本亮一
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