
インドの自動車部品大手、サムヴァルダナ・マザーサン・インターナショナルが、経営再建中のマレリホールディングス(HD)の買収に向けて動き出した。債権者集会で提案された私的整理案では、マザーサンが主要スポンサーとなり、邦銀を中心に支持を集めている。
実はEV時代を見据えた戦略的買収
マザーサンはこれまで、世界各地で積極的なM&Aを展開してきた。1975年にインドで設立された同社は、ワイヤハーネス(組電線)や樹脂部品などを主力としつつ、欧州・米州・アジアでの買収を通じて、グローバルなサプライヤーへと成長した。
近年は同社の長期戦略「Vision 2025」に基づき、EV分野でのグローバル展開や製品ポートフォリオの拡充を目的としたM&Aに注力している。
ホンダから買収した、薄型・軽量なEV向けサンルーフを手がける八千代工業に加え、ドイツのSASオートシステムテクニック、電子内装ポリマー部品を手がけるドクター・シュナイダー・グループ、イスラエルのEVスタートアップ・REEオートモーティブなどを次々と子会社化している。
現在、閲覧可能な最新の年次報告書によれば、2022年度の売上高に占めるEV関連事業の比率は6%以上と、前年の約4%から拡大。2023年3月末時点での約691億ドル(約9兆8800億円)の受注残高のうち20%がEV向けとされ、今後の成長分野として電動化が明確に位置づけられている。
マレリ買収で狙うシナジーとは?
今回のマレリ買収案も、EV対応力の強化という視点から見ると意義は大きい。
マレリは旧カルソニックカンセイと伊マニエッティ・マレリの統合によって誕生し、電装品やEV向けパワートレイン、SDV(ソフトウェアによる機能向上が可能な自動車)向け製品などを手がけている。特にEV向けの軽量部材や電動空調部品に強みを持ち、マザーサンの既存製品と高い補完性がある。
マレリの主要顧客には、日産やステランティス、メルセデス・ベンツなどの大手自動車メーカーが名を連ねており、マザーサンがこれらメーカーとの取引を拡張する効果も期待できる。これにより、EV化の進展に伴って進行する「バリューチェーンの再編」で、有利なポジションを築くことが可能になる。
「パワートレイン非依存」に見るサステナビリティ戦略
「Vision 2025」では、売上高360億ドル(約5兆1480億円)、ROCE(資本利益率)40%、および「3CX10」(特定の国・顧客・製品に10%以上依存しない)といった目標を掲げている。
中でも「パワートレイン非依存(powertrain agnostic)」な製品構成は、中核的な方針となっている。EVやFCEV(燃料電池車)など多様な駆動方式に対応し、業界の変化に柔軟に対応できる体制を構築する。
同社は2040年までに全世界の事業拠点でカーボンニュートラル(脱炭素化)を達成する方針を打ち出しており、再生可能エネルギーの活用や廃棄物管理、エネルギー効率の改善など、環境面での取り組みも強化している。EV部品の売上比率拡大は、同社のサステナビリティ(持続可能性)目標とも直結している。
マレリ買収のハードルをどう乗り越えるか?
もっとも、マレリ買収は容易ではない。マレリの借入金は約6500億円に上る。
マザーサンの下での再建を主導する みずほ銀行はじめ邦銀と、マレリへの500億円の追加融資と返済順位を邦銀の貸出債権より上位に置く「アップティアリング」を主張する米ストラテジック・バリュー・パートナーズ(SVP)など外資系のファンドや金融機関のとの対立が続く。6月上旬までに意見集約が進むかは依然として不透明だ。
もし、マザーサンによる買収が実現すれば、マレリは失った信用を回復し、再びグローバル市場での成長への足がかりを得る。一方でマザーサンにとっても、EV時代のメガサプライヤーとして飛躍する絶好の機会となる。
EV化という不可逆の潮流の中で、サプライヤーにも選別の波が押し寄せている。インド発のマザーサンが、その勢いをもってマレリ再建を主導し、新たな自動車産業の主役となれるか。その行方は、電動化の未来を占う試金石となるだろう。
文・写真:糸永正行編集委員
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