企業買収後の統合プロセス(PMI)の難しさが改めて浮き彫りになった。組織・人事コンサルティングを手がけるクレイア・コンサルティング(東京都港区)が、M&Aにより買収された企業で働いた経験のある正社員約400人を対象に実施した調査によると、M&A発表時に約4割が転職を検討し、発表から3年以内に約4人に1人が実際に退職していることが分かった。
M&A「最後のピース」は人材融合
近年、日本企業によるM&Aは事業再編や成長戦略の中核手段として定着し、件数・金額ともに高水準が続く。一方で、M&Aを達成しても即成功とは言えないことも知られるようになった。特に組織文化の統合や人材マネジメントがボトルネックになるケースが多いと指摘されている。今回の調査は、まさにその「人」の問題に焦点を当てたものだ。
発表時に転職を考えた理由として最も多かったのは、「会社や事業の方向性が見えない」という将来不安だった。加えて、給与や賞与など処遇面への懸念、組織再編による役割変更への不安も強く、情報不足が心理的な不安を増幅させる構図が浮かび上がった。
一般にM&Aでは財務や事業シナジーが注目されがちだが、社員にとっては雇用の安定やキャリアの継続性が最優先事項だ。発表段階で具体的な説明が不足すると、「いずれリストラされるのではないか」「評価制度が変わるのではないか」といった憶測が広がり、優秀な人材ほど早期に転職活動を始める傾向がある。
特に専門人材や管理職層は市場価値が高いため、買収企業にとっては統合初期の人材流出がシナジー創出の遅れにつながるリスクがある。
3年で25%離職の衝撃
今回の調査では、M&A発表後1年以内の退職が約1割、3年累計では実に約25%に達していることが分かった。これは単なる自然減以上の水準と見られ、PMIの初期段階で組織の安定性が大きく揺らぐ可能性を示唆する。
注目すべきは、離職が必ずしも発表直後に集中しているわけではない点だ。統合後2年目前後から徐々に退職が増える傾向があり、「様子見期間」を経て判断する社員が多いことがうかがえる。
この期間は、買収企業側にとってもシナジー実現や制度統合を進める重要なフェーズだが、人事面でのフォローが不十分だと離職増加につながる可能性がある。
つまりPMIは短期イベントではなく、少なくとも数年間の継続的マネジメントが必要なのだ。半面、買収した企業の人材を引き留める時間的な余裕があることも示唆している。
丁寧な説明は離職抑制に有効
調査では、発表時に雇用方針や処遇、キャリアパスなどについて丁寧な説明を受けた社員ほど短期離職率が低いことも確認された。
この結果は、PMIにおけるコミュニケーション戦略の重要性を裏付ける。雇用や処遇、事業の方向性などについて丁寧に説明することが、社員定着に影響すると考えられそうだ。
ただし、説明の効果は時間とともに薄れる傾向もあり、継続的な情報共有が不可欠だ。発表時だけでなく、統合プロセス全体を通じたコミュニケーション設計が求められる。
M&A後に会社に残った社員の意識を見ると、「良い出来事だった」とする肯定的評価と否定的評価はほぼ拮抗していた。
肯定的に受け止める社員が評価する要素としては、実力に応じた公正な評価制度と適材適所の人材配置、人材交流による成長機会が最も多かった。逆にこれらが不十分だと、「買収された側」という心理的距離が残り、組織融合が進みにくくなる。つまり買収された社員から見たM&Aの評価は、統合後の人事運用によって大きく左右されるということだ。
財務よりも深刻な人材流出危機
今回の調査から、PMIにおいては人材がボトルネックなことが判明した。シナジー試算や財務統合は比較的定量管理しやすいが、人材のモチベーションや組織文化は見えにくく、軽視されやすい。
こうしたボトルネックを回避するには、十分な説明責任を果たす必要がある。買収された企業の社員に対する説明の質と量が離職率に直結する。特にトップメッセージの一貫性が重要だ。
さらにヒトのPMIは中長期プロジェクトであることを認識しておく必要がある。少なくとも3年程度の時間軸で人事フォローを計画しないと、人材流出リスクが続く。
日本企業のM&Aは今後も増加が見込まれる。人口減少による人材不足、事業承継ニーズ、グローバル競争激化などを背景に、買収後の組織統合能力は企業の競争力そのものになりつつある。今回の調査は、M&A成功のカギが資本移動ではなく、「人の統合」にあることを改めて示した。
PMIの巧拙が企業価値を左右する時代。財務デューデリジェンスと同様に、「人材デューデリジェンス」と統合コミュニケーション戦略の高度化が、今後のM&A実務で一段と重要になるだろう。
クレイア・コンサルティングは、本調査を踏まえ「M&A後の被買収企業社員への対応方法」をテーマとしたオンラインセミナーを2026年4月に開催予定としている。
文:糸永正行編集委員
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