高橋文哉が2度目の声優に挑んだのは、東野圭吾の小説が原作の『クスノキの番人』だ。作中で主人公が自分の人生において大きな選択をする場面にかけて、高橋自身はこれまでどう選択してきたのか尋ねると、想像以上に自らの強い意思で迷いなく、自分の道を選んできたことが分かる。繊細そうに見えて、まっすぐでブレない芯を持つ、それが俳優・高橋文哉の武器となっている。
玲斗の迷いながらも前に進もうともがく姿に共感
東野圭吾の小説が原作の『クスノキの番人』は、その木に祈れば願いが叶うというクスノキとその番人となった青年の成長を描くミステリアスなアニメーション作品。理不尽な解雇によって職を失った青年・直井玲斗がひょんなことから月郷神社に佇む大きなクスノキの番人になることから始まる物語で、主人公の声に命を吹き込んだのが、高橋文哉だ。
「今作は、ファンタジーな設定でありながら、リアリティーも感じられて、現実と虚構の狭間を描くようなところに魅力を感じました。願いが叶うクスノキって、どこかに存在するのかもしれないと思わされるようなリアリティーさがありませんか? 物語の内容を知れば知るほど、あったら自分が体験してみたいなと思う反面、あった時に自分だったら一体クスノキにどんなお願いをするのかなと、想像が膨らみました。読み手にすごく考えさせられる内容であることも『クスノキの番人』の大きな魅力だと思います」
クスノキの番人である玲斗は、満月の晩と新月の晩に自然溢れる神秘的な山奥の神社で祈念する人を見守る存在だ。もしお願いごとをする側だったらとどんなことを願うのか気になって聞いてみると……。
「僕は1年に1回しか神社に行かないんですよ。毎年、1月の1週目にどこかの神社に行くって決めていて、それは恒例なのですが、普段はマメに神社参拝に行くことはないんです」
玲斗は、自分の将来に夢や目標を持てず、人生の選択を運任せにしてきた人間だ。戸惑いながらもクスノキの番人になったが、さまざまな事情で境内を訪れる人々と出会ううちに、人生が鮮やかに色づいていくのが印象的だ。玲斗の迷いながらも前に進もうともがく姿には、深く共感できたという。
「自分が何か選択に迷った時に、何かに背中を押して欲しいと思う気持ちは、すごく人間味溢れているなと思いました。困った時に誰かに助けて欲しいと思うのは、ごく自然なこと。ジャッジに困った時、玲斗にとっては、裏か表かで判断するコイントスなんですよね。それが伯母の千舟さんやいろいろな人たちとの出会いを経て、自分の力で歩もうとする覚悟が芽生えたことは、素晴らしいことだと思いました」
たまに『魚の食べ方、キレイだね』って言われます
最初は自分に自信がもてず、どこかフラフラした印象の玲斗が、次第に自分の生き方をみつけていく成長を見事に声で表現した高橋。その変化の様子もいろいろ考えながら演じたそうで、注目の場面だ。
「最終的にはたくましくなった玲斗がいたので、最初は我がままかつ、ちょっとキメが荒いような雑多な感じを出せるように意識しました。慣れない中で番人をやっている最初の頃と、自分は番人として頑張ろうって決めた時など、玲斗にはいろんなフェーズがあるので、その時々でちゃんと感情の起伏を作って。最後のほうに向けては、しっかり、どんどん人としての精度が良くなった感じに声をあてました」
玲斗の亡き母の腹違いの姉である千舟の声を務めたのは、天海祐希。大企業の柳澤グループの発展に尽力してきた人間で、凛とした威厳を漂わせる。玲斗の人生を変えていく一人で、千舟とやりとりするシーンはたくさん。アフレコでは、1日天海と一緒に挑んだ日があったという。高橋は、ふたりの掛け合いシーンに挑めたことは「かけがえのない経験になった」と胸を張る。
「いろいろな人とのパートをやってから、天海さんとご一緒させていただくシーンをアフレコしました。初めて玲斗と千舟さんのシーンを録った時、自分がそれまで想像していた千舟さんがそこにいたのでビックリしました。ちょっと一瞬、背筋がピキッって伸びるような。自然と対話に緊張感が生まれて、空気感が変わったので、『ちゃんとしなきゃ』っていう玲斗と同じような気持ちになっていた気がします」
神社で住み込みをしながらの暮らしは、自由に生きてきた玲斗にとっては、礼儀や作法に厳しい伯母に背筋が伸びる思いをする場面も多々ある。箸の持ち方ひとつにしても、大人になってから教えてくれる存在は貴重だ。
「玲斗と千舟さんが一緒に食卓でウナギを食べるシーンがあるのですが、「『いただきます』は?」とか、お箸の持ち方を厳しく注意されるシーンは、印象に残っています。玲斗くらいの年齢になってくると、子供と違って、言ってくれる存在はなかなかいないもの。それまで玲斗は自分のために厳しいことを言ってくれる人が周りにいなかったですからね。千舟さんに言われることは間違っていないことばかりの正しい教えですが、どこかそれを素直に受け取れない幼い姿が玲斗っぽいところ。次第に千舟さんの言っていることは間違ってないと確信に変わっていって、大切な存在になっていきます」。
高橋自身は、幼少期自分のためにいろいろ教えてくれた人はどんな存在だったか尋ねると、「家族ですね。挨拶にはうるさかったですし、兄貴や叔母さん、おばあちゃんからも食事の作法は教えてもらいましたね」と振り返る。
「小さい頃、一人一匹サンマが食卓にのぼった時、『魚をキレイに食べられる?』って魚の食べ方を教わったことも。その時は、玲斗みたいに『好きに食べさせてくれよ』と思って素直に受け止められなかったですが、大人になってから振り返ってみると、ありがたいなと思います。そのおかげでたまに『魚の食べ方、キレイだね』って言われます。あと、自分が料理を作るので、やっぱり料理はキレイに食べてもらえるほうが絶対にいいなと思います」
自分の理想に追いつくのはまだ難しい
声優経験は、アニメ「ブラッククローバー」に続いて二度目。東野圭吾原作作品が初の劇場アニメーション化するという記念すべき作品の声優を務めることにプレッシャーもある中、伊藤智彦監督の想いに触れて作品への想いが高まっていったそう。実際にアフレコを終えてみての心境はというと――?
「自分の理想に追いつくことって、難しいことなんだろうなと実感しました。普段からアニメを観ていて、何の違和感もなく、楽しんで観ていられることがどれだけすごいことか。初日は緊張して思うようにいかなかったのですが、アフレコをやっているとどんどん楽しくなっていったんです。楽しくやることが一番、上達への近道なのかなと思いながらやっていました。前作では、アフレコも1、2日で慣れるまでに終わってしまいましたが、今回は、自分らしくできたと思います」
声優初挑戦の「ブラッククローバー 魔法帝の剣」でジェスター役に挑むまでは声優の仕事に自分自身が向き合うことになるとは予想もしてなかったと話す。元々漫画やアニメを観ていた作品に携われることが純粋に嬉しかったそう。
「俳優のお仕事と声優のお仕事って、セリフでお芝居をするという点では一緒ですが、全然違うものだなと思いました。津田健次郎さんや宮野真守さんと共演させていただいたこともありますが、声優さんの声のお芝居のすごさを改めて思い知りました。またチャンスがあったら、ぜひアニメ声優をやってみたいという気持ちがあります。今回のようなミステリアスでファンタジックな世界観の作品のキャラクターをやってみて、実写でも演じたいと思うくらい楽しかったです。普段の自分より、玲斗の場合は、ちょっと声を高くして表情豊かに演じたのですが、いつもと違うテンション感の声の出し方なので、注目していただけたら」。
声のお仕事と普段のお芝居は、キャラクターが対峙する人によって自然と変わるのが面白いところ。普段のお芝居もそれは変わらないそうで……。
「向き合う人で、ある種の態度の違いは意識していますね。玲斗の場合、千舟さんの前だといい子を取り繕うのですが、それが上手くいかなくて、『もういいや』ってなったりするんですよ。和菓子メーカーの社長の息子の壮貴に対しては、年が近いけれど、自分には持ってないものをたくさん持っている人だから、多少の劣等感があったりするのかなと。でも、優美ちゃんには青年としてのしっかりとした一面を覗かせるので、いろんな顔があるなと思いますね。玲斗は、ちゃんと人に合わせて態度を変える人だと思って、そこは表現できればいいなと思っていました。そこが玲斗のすごくピュアでまっすぐな部分なので。それぞれの人と玲斗らしく向き合っていく姿を活き活き表現したいというのがありました」
高橋自身は、玲斗のように向き合う人で違う自分がいるのか尋ねると、「もちろんです」とキッパリ。
「それは僕だけじゃなくて、皆そうだと思います。役を演じるうえでは、この人に対してはどんな感じなのかっていうのを一人一人に対して考えます。僕の場合は結構、割とフラット。友達といる時と共演者の方々といる時ではもちろん違いますし、監督の前でも違います」
やりたいことが明確な人のほうが夢は叶うと思う
2026年もスタートしたばかり。新年の神社参拝は恒例という高橋だが、今はどんな願い事を持っているのだろうか。
「神社にお詣りに行く時は、毎年『今年もよろしくお願いします』しか言わないです。1年無事に過ごせたことに感謝を込めて。でも、神社以外のところでは、願いは口に出して言うようにしています。言霊ってあると思っているんです。やりたいことは、言葉にしたほうが絶対、実現に近づくのではないかなと。普段からアニメを観ていて面白いなと思ったら、『この実写やりたいです』って事務所の人に言うこともあります。『この人はこういう目的があって頑張っているんだな』と分かってもらえるのは、いいこと。何のために頑張っているか分からない人に何をしたいのか想像して手を差し伸べるのって難しいと思うんです。やりたいことが明確な人のほうが夢は叶うと思います」
言葉の力を信じて、やりたいことは普段から発言するようにしているという高橋。それ以外にも自分が何をやりたいのか整理するために文字で書き出すこともしているという。
「毎日ではなく、ふと思いたった時だけですが、夜寝る前に自分が思っていることを書き出していきます。本当にとりとめなく、その瞬間思ったことをどんどん、ずっと書いていくんです。簡単に言えばですが、『今日は楽しかった』から文章を始めたら、なんで楽しかったのかなって考えたり。『今日は楽しくなかった』という日は、それってなぜ楽しくなかったのか、どういうことなのかを思いつくままに書くんです。そんな自分の想いを書くことで、気づくことはたくさん。ちなみに、書いたものはいつまでも残さず、すぐに捨てます。それでスッキリします」
人生には右に進むか、左に進むか、道に迷う瞬間はたくさんあるもの。そんなに大きな決断でなくても、誰しも日々、小さな選択を重ねて生きている。
「僕の場合、誰かに頼れたらいいなという気持ちはあるのですが、結局、誰に頼ったらいいのか分からなくて。人に頼れないタイプ。それで、自分で選んで進んできたのですが、AかBかの選択で迷った時って、結局どっちを選んでも後悔も残ると思うんです。『やっぱりあっちにしておけば良かったのかな?』と思うこともあると思う。でも、どっちが良かったのかなんて、分からない。どちらを選んでも結局、未来がどうなるのかは、自分の頑張り次第だと思うんです」
そう真面目に話していたかと思ったら、いたずらっ子の表情で「でも、テスト勉強で、コイントスでAかBかどちらか決めたこと、ありますけどね。結果、正解は五分五分でした(笑)」と笑って見せた。
最後に玲斗のように自分の人生の転機で選択に迷った時は、どのように選択してきたのか聞いてみた。
「前に浮かんだものではなく、後者を選ぶようにしています。例えば水とお茶があって、水飲もうと思っていたけど、お茶もいいなってなったらお茶を飲むようにしています。本当に水が飲みたかったら、お茶がよぎらないと思うので(笑)。今の俳優のお仕事もそうです。僕は最初、料理人になりたいと目指していたけど、この仕事が後からやりたいこととして選択肢に上がってきたので、俳優のお仕事を選びました。前に浮かんでいたものが自分の中で圧倒的な存在じゃないんだなって思ったら、後者を選ぶ。ブレずに一択しか出てこないことは、それしかないわけですから。そんな感じで自分の気持ちに向き合って生きているので、僕、あまり悩むことがないんですよ。そもそも悩み事を抱えている状態が好きじゃないんです。2026年もポジティブにいきます!」。
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<作品情報>
『クスノキの番人』
1月30日(金)全国公開
配給:アニプレックス
(c)東野圭吾/アニメ『クスノキの番人』製作委員会
<キャスト>
高橋文哉/天海祐希
齋藤飛鳥 宮世琉弥/大沢たかお
<スタッフ>
原作:東野圭吾『クスノキの番人』(実業之日本社文庫刊)
監督:伊藤智彦
脚本:岸本卓
キャラクターデザイン:山口つばさ 板垣彰子
音楽:菅野祐悟
美術監督:滝口比呂志
美術設定:末武康光
色彩設計:橋本 賢
衣装デザイン:高橋 毅
CGディレクター:塚本倫基
撮影監督:佐藤哲平
編集:西山 茂
スーパーヴァイジングサウンドエディター:勝俣まさとし
リレコーディングミキサー:藤島敬弘
制作:A-1 Pictures / Psyde Kick Studio
<主題歌>
Uru「傍らにて月夜」
作詞・作曲:清水依与吏
編曲:back number
『クスノキの番人』本予告映像
撮影/梁瀬玉実、取材・文/福田恵子

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