
任侠の一門に生まれながらも、運命に導かれるように歌舞伎の世界に飛び込み、「国宝」となった男の半生を描いた映画、『国宝』が6月6日(金) に全国公開される。原作は吉田修一の傑作同名小説、監督は李相日、『悪人』『怒り』に続いて三度目のタッグだ。
『国宝』
上下2巻、800ページにおよぶ原作を、あっというまに読み切ってしまったという人は多いのでは? 映画化したこの作品も同じ。2時間55分の長編だけれど、圧倒的な力にぐいぐい引き込まれる。むしろ、あの大冊をたったの3時間弱でまとめ上げたことに、感心してしまう。
原作者の吉田修一は、本作に出演もしている上方歌舞伎の大御所、四代目中村鴈治郎のもとで、黒衣として3年間歌舞伎の世界に身を置いたうえ、その経験を血肉にしてこの小説を書いた。

映画にしたらさぞかしすごいだろうと思っていたのが、昭和39年の大雪の正月に、長崎の老舗料亭で起こる冒頭のシーン。
地元の侠客・立花組がひらいた新年会の席。映画でも活躍している人気歌舞伎役者 花井半二郎(渡辺謙)をはじめ、豪華な来客が祝い酒を交わすなか、組長の立花権五郎(永瀬正敏)の14歳になる息子 喜久雄が、余興で「歌舞伎舞踊」を舞っている。それは半二郎も一目おく芸、思わず息を吞む、色気ある姿だった。
ところが、華やいだ席が一転、血みどろの修羅場に変わる。
この、雪がふりしきる庭の惨劇は、まるで、鶴田浩二の任侠映画ばりの迫力! 大満足、いやいや、まだ映画は始まったばかりなのである。

かくして、抗争で父親を亡くてしまった喜久雄は、宴会の舞踊が縁となり、上方歌舞伎名門の当主 花井半二郎の住む大阪に身を寄せ、芸の世界へ飛び込む。そこで出会ったのが、同じ年の半二郎の息子 俊介だ。ふたりは最初はそりがあわないが、やがて無二の親友にして、永遠のライバルとなる。
喜久雄の少年期を『怪物』の黒川想矢、青年期を吉沢亮が、そして、俊介は越山敬達と横浜流星が演じている。
物語は、世襲があたり前と言われる歌舞伎の世界で、天賦の才を持つ喜久雄が、将来を約束されている俊介とともに芸の道に人生を捧げ、さまざまな人とかかわりながら、やがて“国宝”と称されるまでに昇りつめる50年を壮大に描く。

戦国の名将たちにインスパイアされて作られたハリウッド製ドラマ『SHOGUN 将軍』の主人公が「虎永」という人物であったのと同様に、この『国宝』は、役者の名前や歌舞伎一門の屋号がすべて架空。歌舞伎の運営会社も「三友」という名称になっている。
そうすることにより、史実や事実をひたすら追い求める枷がなくなり、芸に生きる人間の姿を徹底的に深堀りして描くことができているように思える。ドラマチックに懸命に生きる登場人物は、逆にこの世に存在しているかのような錯覚さえする。

歌舞伎の技術指導には中村鴈治郎があたった。
喜久雄に、大きな影響を与える女性たちがいる。演じているのは、喜久雄を追って上阪する幼なじみ 高畑充希、彼を慕う歌舞伎役者の娘 森七菜、京都の花街の舞妓 見上愛、そして父権五郎の後妻 宮澤エマ。それぞれに心をえぐる見せ場がある。

花井半二郎役 渡辺謙は喜久雄と俊介を指導する芸の鬼の父であり、役者としての色気もたっぷりという難役をこなす。小野川万菊という“当代一の女形”に憑依したかのような田中泯も、特筆モノだ。
いやぁ、もりだくさん。撮影監督は『アデル、ブルーは熱い色』のソフィアン・エルファニ、美術監督は『キル・ビル Vol.1』や三谷幸喜監督作品でおなじみの種田陽平が担う。脚本は奥寺佐渡子。音楽は原摩利彦、主題歌をKing Gnu井口理がコラボし、びっくりするような美声で歌い上げる。こちらも何とも豪華。曲の一部は予告編でも聴ける。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】
中川右介さん(作家、編集者)
「……若い2人を圧倒するのが、田中泯が演じる名女形。なんとなく6代目中村歌右衛門を思わせる、狂気をはらむ妖艶さ……」
中川右介さんの水先案内をもっと見る(https://lp.p.pia.jp/article/pilotage/417964/index.html)
渡辺祥子さん(映画評論家)
「……見事な芸道映画の誕生だ。」
渡辺祥子さんの水先案内をもっと見る(https://lp.p.pia.jp/article/pilotage/417944/index.html)
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