イッセー尾形ら5人が描く、笑いと哀しみが響き合う9つの物語。『チェーホフの奏でる物語』上演中
『チェーホフの奏でる物語』より ©インプレッション

アントン・チェーホフの短編小説をニール・サイモンが9つの物語の戯曲に仕上げたオムニバス形式の舞台は、ふたりの時代背景が色濃く描かれた愉快で鋭く風刺が効いて楽しい悲喜劇になった。



主演のイッセー尾形がいい。

登場人物24人を俳優5人が演じ分ける目まぐるしさだが一向にそれを感じさせない。尾形は、新作の構想に悩む作家として進行役となり、物語に1本の縦糸を通す役回り。加えて演じ手でも登場する。



第1幕第1話『くしゃみ』が始まる前、その語り口は既に役者の演技だ。執筆が行き詰まる理由や舞台自体の説明が丁寧で明確でゆったりした台詞回しによって引き込む。さすがは一人芝居の名手だ。チェーホフ、サイモンが重なって見えた。第4話『誘惑』で演じたのは、誘惑の名人の口車に乗って悩む妻に戸惑う夫。名人の松尾貴史と絶妙の掛け合い、アドリブ連発のふたりは漫才のようで笑わせた。



イッセー尾形ら5人が描く、笑いと哀しみが響き合う9つの物語。『チェーホフの奏でる物語』上演中

第2幕になると第1話『溺れた人』で溺れる芝居を3ルーブルで買えという船乗りの相手をする作家。ここはチェーホフとサイモンの才知が掛け算になる面白さ。尾形と松尾という巧みな芸人ふたりがアドリブを加えて爆笑ものだった。

演出の内藤裕子は自由自在の芸がぶつかり合う場を与えたのだろう。第4話『幸せには遅すぎる』は60代はじめの女と70代初めの男が、付かず離れずの奇妙な関係の二人芝居。小田島創志の翻訳が実に平易で分かり易い名訳だった。そして第5話『大人の階段』。尾形は息子の誕生日祝いに女性をあてがおうとする父親。若い売春婦に値切る交渉をしたり、息子を励ましたり、“性教育”の実践のおかしみがよく出ていた。



福田悠太は5つの話に登場した。一番最初の『くしゃみ』を楽しみにしていたのだが、上出来だ。国立公園省の事務官チェルジャーコフという気の弱い男。しかし仕事は真面目で妻には優しい。所属グループ・ふぉ~ゆ~の舞台でも軽やかな存在感を放つ福田だが、ユーモラスな個性と切れの良い演技を発揮していた。それがこの役にハマった。

妻との観劇の最中、直属の上司ブラシルホフ将軍と出くわし、前列の将軍に自分を売り込むため耳元に何回も話しかけるのを違った芝居で見せた。そしてついに大きなくしゃみをして将軍の後頭部に唾が命中。ここだけでもう笑える。福田の慌てぶり、必死の釈明。続いて自宅で悩み抜く小役人の哀しさ。面接の場面では「出て行け!」と罵声されて扉を何度も開け閉めする芝居。スピーディでユーモアがある。だが、最後に悲劇が待っていた。閉塞感のあったチェーホフの時代の悲喜劇だ。



イッセー尾形ら5人が描く、笑いと哀しみが響き合う9つの物語。『チェーホフの奏でる物語』上演中

3話『手術』では歯科の新米助手クリャーチンとして、患者の虫歯を引き抜く場面で患者役の松尾と大騒動を繰り広げる。『溺れた人』では出番は少ないながらも、警官役として制服姿が板につき、『大人の階段』では奥手の息子アントーシャを演じ、父親役の尾形に必死に食いついていた。



さて松尾の推しはまず『手術』。

虫歯を抜かれる激痛の不安は誰でも知るところだろう。患者フォンミグラーソフは、相手は新米だからとあれこれと逃げまくる。新米助手を演じる福田とドタバタ喜劇のような呼吸で笑えた。『誘惑』は口八丁手八丁、あの手この手で人妻を誘惑する中年男。『溺れた人』では見せ場の溺れる芝居が多彩。それぞれに“舞台人松尾”を再発見する作品だった。



安藤玉恵は何と言っても『弱くて無力な生き物』で夫の会社から不当な扱いをされたと訴え、銀行にお金を返せと迫る女性。チェーホフの帝政ロシア時代、庶民は貧しく差別されていた。役員を攻める芝居は怒り、最後に爆発した女性の解放、理不尽な社会への抗議。全身全霊で訴えた。



最後は小向なる。魅力が際立ったのは2幕2話『オーディション』だ。

ラストシーンで念願の「三姉妹」に全てを賭ける。次女マーシャを演じる直前、それまでと一転。役に没頭する表情に変わった。自由を求める叫びに作者ふたりの志が乗り移った。



文:大島幸久




<公演情報>
『チェーホフの奏でる物語』



作:ニール・サイモン
翻訳:小田島創志
演出:内藤裕子

出演:イッセー尾形 安藤玉恵 福田悠太 小向なる 松尾貴史

【東京公演】
2026年1月23日(金)~2026年2月2日(月)
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト

【大阪公演】
2026年2月7日(土)・8日(日)
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール



関連リンク

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/chekhov2026/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2563763&afid=P66)



公式サイト:
https://chekhov2026.jp/

編集部おすすめ