
ほのぼのとした動物キャラが繰り広げる本格ミステリー、という異色の内容が話題となったアニメ『オッドタクシー』の木下麦(監督)×此元和津也(脚本)コンビによる新作『ホウセンカ』が、いよいよ10月10日(金)に全国公開される。独房で人生の最期を迎えた老ヤクザに、突然、枕元に置かれた“ホウセンカ”が「ろくでもない一生だったな」と声をかけてくる──。
『ホウセンカ』
“⽣まれたて”と“死にかけ”の⼈間だけがホウセンカの声を聞くことができる、らしい。無期懲役囚の⽼⼈・阿久津が独房で孤独な死を迎えようとしているとき、ホウセンカが人の言葉で話しかけてきた。会話をしながら、彼は⾃⾝の過去を振り返り始める。

時は、1987年の夏。しがないヤクザの阿久津は35歳。兄貴分・堤に世話してもらい、6歳年下の那奈とその息子健介と、海沿いの街の、庭にホウセンカが咲く小さなアパートで暮らし始めた。世は不動産バブルの時代。土地転がしのおこぼれで、阿久津の羽振りもどんどん良くなり、何不自由なく生活を送っていたが、ある事情から、組の金庫の3億円を堤と強奪することに……。

昔、浜口庫之助が作詞・作曲した「花と小父さん」というフォークソングがあった。「小さい花に口づけをしたら 小さい声で僕に言ったよ……」と、ひとり暮らしの男性が花と話をする。花は一生懸命咲いて慰めてくれるが、ある朝、散っていった、そんなメルヘンタッチな歌。

本作のホウセンカは、阿久津と那奈と健介が暮らし始めたときから、3人の様子を庭から見続けていた、いわば、ドラマの見届け人のような存在。人の言葉を話すけれど、メルヘンとは程遠い。なにせ、声を演じるのが、ピエール瀧ですから。そのあたり、見事に裏切ってくれる。「ろくでもない一生だったな」とか「みてんじゃなねーよ、バーカ」と、いたって口が悪い。

年老いた阿久津の声は小林薫、その若い頃はNHK朝ドラ『虎に翼』などの戸塚純貴が演じている。那奈の声は、宮崎美子と満島ひかり。兄貴分の堤は、実力派の人気声優、安元洋貴。

監督・キャラクターデザインは木下麦。原作・脚本は『セトウツミ』などの漫画家、此元和津也だ。2021年のTVドラマ『オッドタクシー』でふたりはタッグを組み、木下監督は第25回⽂化庁メディア芸術祭 アニメーション部⾨新⼈賞などに輝いている。
そして、企画・制作は『夏へのトンネル、さよならの出⼝』『映画⼤好きポンポさん』など、質の高いアニメを発表し続ける制作スタジオ・CLAP。

阿久津は、根は真面目だが、素っ気なくて感情表現が苦手。几帳面で、人知れず絵を描くのが趣味。いつも那奈に負けてしまうくせにオセロが好きで、「一発大逆転」が口癖だ。そんなキャラクターのひとつひとつが、後のストーリー展開の、実にうまい伏線になって、物語は人生ドラマだけでなく、壮大なミステリーに繋がっていく。

モノトーンの暗い留置場に置かれた一輪の赤いホウセンカ。それと対比するかのような、真夏の夜空に打ち上がる真っ赤な花火。そんなアバンタイトルをはじめ、随所に見られるディテールへの気配りが、本当に魅力的な映画。バブル期の時代背景や、当時の横浜・金沢文庫をモデルにした、海辺の街の描き方もいいなあ。ハチロクがさりげなく駐車しているし、名曲「Stand By Me」もこんな使いかたをするなんて!
文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)此元和津也/ホウセンカ製作委員会