
中島梓織主宰「いいへんじ」が、2025年8月~9月、東京・三鷹市芸術文化センター 星のホールにて、クワロマンティックの男女を描く新作『われわれなりのロマンティク』を上演する。
三鷹市芸術文化センターが2001年より手がけているMITAKA “Next” Selection。
本作で中島が取り上げるのは、クワロマンティック、つまり、自分が他者に抱く好意が恋愛感情か友情か判断できない/しないこと。フェミニズムサークルで出会ったクワロマンティックの男女が、自分たちと友人たちのパートナーシップに向き合い、試行錯誤し続ける十年間の物語を描く。「ともに考える“機会”としての演劇作品の上演を目指す」という彼らが、どんな世界を打ち出すのか、注目される。
■いいへんじ主宰、作・演出 中島梓織「上演にあたって」全文
クワロマンティックとは、自分が他者に抱く好意が恋愛感情か友情か判断できない/しない恋愛的指向(romantic orientation)のことです。
思えば、これまでずっと、誰かに対する強い想いを「好き」という言葉で解釈するまでに、高いハードルを越えなければならない感覚がありました。
めっちゃ好きではある。でも、「好き」という言葉にすると、当然のように「性的欲求を伴う恋愛感情」と捉えられてしまう。いやいやそうじゃない、それだけでは捉えきれない感情があるんだよ、という強い違和感を抱く。
だから、暫定的に「好き」という言葉を使っていました。
ほんとうは、「恋人」や「友人」というラベリングをせずに、親密な関係を構築できたらどれだけいいだろうと思っていました。わたしが大切な人のそれぞれに対して抱く感情は、いわゆる「恋愛感情」と「友情」のグラデーションの中にあり、築いていきたいのは、ひとりひとりとの固有の関係だからです。
だから、クワロマンティックという言葉と出会ったとき、この感覚に「名前」があったことに、判断しないという選択肢があったことに、救われた気持ちになりました。
とはいえ、相手に合意と確認を取るための、第三者に説明や証明をするための、関係性の「名前」がないことは、それなりに不安なままです。
「名前」は、ときに救いとなり、ときに呪いとなる。これまでのいいへんじの作品でも何度も取り扱ってきた、終わりのないテーマです。
けれどもやっぱり、社会で当たり前とされている恋愛・結婚・家族に当てはめられてしまうのは、どうしても納得いかないのです。「家族の一体感」? なんじゃそりゃ!です。
そこからいかにへらへらと逸脱していくかを企みたいし、恋愛至上主義・異性愛主義・家父長制に、わたしなりのやり方で抵抗していきたいと思っています。
いつものことながら、わたしの極めて個人的な感覚から出発した物語なのですが、これを演劇という形で社会に開いていきたいのは、稽古場で、劇場で、みなさんとおしゃべりがしたいからです。それぞれの「われわれなり」を共有し肯定し合える世界を、たとえ小さなところからでも、つくっていきたいからです。
シンプルに名前をつける代わりに、問いに向き合い対話を繰り返すことは、苦しいことでもあるけれど、幸せなことでもあると、わたしは信じています。
<公演情報>
いいへんじ『われわれなりのロマンティック』
2025年8~9月 東京・三鷹市芸術文化センター 星のホールにて上演
出演:
飯尾朋花 小澤南穂子/奥山樹生 小見朋生 川村瑞樹 谷川清夏 冨岡英香 百瀬葉 藤家矢麻刀
公式サイト:
https://ii-hen-ji.amebaownd.com