
9月2日、歌舞伎座9月公演、松竹創業百三十周年「秀山祭九月大歌舞伎(しゅうざんさいくがつおおかぶき)」が初日の幕を開けた。明治末期から昭和にかけて活躍した初世中村吉右衛門の功績を顕彰し、その芸と精神を継承していくことを目的とする秀山祭。
松竹創業百三十周年を記念して、歌舞伎座では、実に30年ぶりとなる三大名作『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』を一挙上演する今年、その第二弾となる9月公演では『菅原伝授手習鑑』をお届け。歌舞伎座での通し上演は、平成27(2015)年の松竹創業百二十周年以来。「学問の神様」として親しまれる菅原道真公(菅丞相)の悲劇を軸に、菅丞相を取り巻く人間模様がドラマチックに描き出された大作。本年3月に上演された『仮名手本忠臣蔵』と同様、A・Bプロの二通りの配役にて、世代を超えた豪華競演での上演となる本作のオフィシャルレポートをお届けする。(※初日はAプロにて上演)
昼の部の幕開きは、これから始まる悲劇の発端となる『加茂堤』から始まる。幕が開くとそこは梅が満開に咲いた春麗らかな京都の加茂堤。

昼の部『加茂堤』 左より)八重=坂東新悟、苅屋姫=尾上左近、斎世親王=中村米吉、桜丸=中村歌昇
醍醐天皇の病気平癒祈願のため参詣にやってきたのは、皇弟・斎世親王(中村米吉)とその舎人の桜丸(中村歌昇)。桜丸は妻の八重(坂東新悟)と共に、恋仲のふたり斎世親王と菅丞相の養女・苅屋姫(尾上左近)の逢引の手筈を整える。若いふたりの仲睦まじい姿はもちろん、その様子から桜丸夫婦までも睦み合い、思わず観客も当てられてしまうほど……。しかし、そこへ菅丞相と敵対する時平方の家来・三善清行(坂東亀蔵)が現れ、斎世親王の行方を詮議する。菅丞相の養女である苅屋姫との逢瀬が露見すれば一大事。

昼の部『加茂堤』 左より)桜丸=中村歌昇、八重=坂東新悟
続いては、本名題の“伝授”が描かれている『筆法伝授』。

昼の部『筆法伝授』 左より)武部源蔵=松本幸四郎、菅丞相=片岡仁左衛門
帝からの命で家伝の筆法を伝授するため、館に籠って準備をしている菅丞相(片岡仁左衛門)。そこへ呼び出しを受けた旧臣の武部源蔵(松本幸四郎)と戸浪(中村時蔵)夫婦が来訪する。源蔵は菅丞相の御台所である園生の前(中村雀右衛門)に仕えていた戸浪と不義の仲となり勘当され、浪人の身。みすぼらしい身なりの源蔵に、自分が与えた小袖を着た苦労した様子の戸浪との再会に園生の前は胸を痛める。いよいよ菅丞相のいる学問所へ呼ばれる源蔵。その嬉しさ半分、怖さは客席にも伝わり緊張感が走る。子供に手習いを教え、今も書の道に携わっていると聞いた菅丞相は源蔵に詩歌の手本を写すように命じると、源蔵は見事に清書を書き上げる。その清書を見た菅丞相は神道秘文の一巻を伝授するが、源蔵への勘当は別として許さず。折からそこへ宮中から菅丞相に参内するようにとの命が届き、装束を改めて向かうその時……。

昼の部『筆法伝授』 左より)菅丞相=片岡仁左衛門、園生の前=中村雀右衛門、戸浪=中村時蔵
不吉な予感が漂っても「静」を貫く菅丞相の姿からは気品と高潔さが漂う。

昼の部『筆法伝授』 左より)戸浪=中村時蔵、武部源蔵=松本幸四郎、園生の前=中村雀右衛門
そして、『菅原伝授手習鑑』前半部において最も重厚な場面『道明寺』。

昼の部『道明寺』 左より)宿禰太郎=尾上松緑、土師兵衛=中村歌六、立田の前=片岡孝太郎、覚寿=中村魁春、苅屋姫=尾上左近
時平の陰謀により、太宰府への流罪が決まった菅丞相は、出立を待つ間、叔母の覚寿(中村魁春)の館に立ち寄っている。この館に匿われていた苅屋姫は、自らの浅慮によって養父・菅丞相の左遷を招いてしまったことを謝りたいと願う。不憫に思う姉・立田の前(片岡孝太郎)は、菅丞相との対面をを叶わせたいと思案するが、苅屋姫の実母である覚寿は杖が折れるまで叩かなければ言い訳が立たぬと涙ながらに苅屋姫とそれを庇おうとする立田の前を打ち据える。すると、どこからか折檻を止めるようにとの菅丞相の声が。声の主は菅丞相が彫り上げた自らの木像で……。

昼の部『道明寺』 左より)宿禰太郎=尾上松緑、土師兵衛=中村歌六
一方、菅丞相の殺害を企てている土師兵衛(中村歌六)と宿禰太郎(尾上松緑)親子が現れ、これまでの場面から一転、立田の前の夫でもある宿禰太郎のちょっと抜けた土師兵衛とのやり取りに、奴の宅内(中村芝翫)たちの滑稽なやり取りに、思わずくすりと笑いが起こる。いよいよ菅丞相の出立の時刻。

昼の部『道明寺』 左より、前)菅丞相=片岡仁左衛門 後)判官代輝国=八代目尾上菊五郎、覚寿=中村魁春、苅屋姫=尾上左近
これから太宰府へと向かう菅丞相に、最後に一目見ようとする苅屋姫。袖に縋りついて涙を流す娘を振り払い檜扇で顔を隠す菅丞相。ただただ見守ることしかできないふたりの親子の最期のやり取りに、観客は涙しながら『菅原伝授手習鑑』前半の幕となった。
高麗屋三代が揃って決まるAプロ。夜の部は三つ子の兄弟が揃う『車引』から
夜の部の幕開きは、歌舞伎の様式美溢れる三つ子の兄弟が揃う『車引』から。

夜の部『車引』 左より)桜丸=尾上左近、松王丸=松本幸四郎、梅王丸=市川染五郎
都の吉田神社の近くで行き会う、梅王丸(市川染五郎)と桜丸(尾上左近)のふたり。お互い主人のことで起こっている身の上の不運を嘆き合うが、父の七十歳の賀の祝いに三兄弟夫婦揃って集うのを反故にしてはならないと話し合う。すると、時平が吉田神社に参詣することを聞きつけたふたりは、主君の恨みを晴らす機会だと、血気に逸り駆け出していく。深編笠をかぶっていたふたりが竹本の三味線に乗りながら、いよいよ顔を出し決まると、その迫力に観客は圧倒される。豪快な六方をみせ場面は吉田神社の境内に。時平の牛車にふたりが立ちはだかると、三兄弟のもうひとりで時平に仕える松王丸(松本幸四郎)が現れ……。松王丸が加わり、三兄弟が揃うと会場の熱気がさらに高まる。

夜の部『車引』 前左より)桜丸=尾上左近、梅王丸=市川染五郎、松王丸=松本幸四郎 後)藤原時平=松本白鸚
敵対する松王丸と三兄弟が争う中、藤原時平(松本白鸚)が牛車から現れると高麗屋三代が揃って決まり、最後は「高麗屋!」の大向うと共に割れんばかりの拍手で幕となった。
続いては、三つ子の父の古希祝いに起こった親子の別れを描いた『賀の祝』。

夜の部『賀の祝』 左より)八重=中村壱太郎、千代=坂東新悟、春=中村種之助
菅丞相の所領、河内国の佐太村には、かつて菅丞相に仕えていた三つ子の父・白太夫(中村又五郎)が住んでいる。今日は七十歳の誕生日。梅王丸、松王丸、桜丸の三つ子の夫婦も揃い、賀の祝いを挙げることになっている。松王丸の女房・千代(坂東新悟)と梅王丸の女房・春(中村種之助)が祝いの支度に勤しんでいると、先日の吉田神社での諍いから松王丸(中村歌昇)と梅王丸(中村橋之助)が喧嘩を始めてしまう。『車引』での一件があり、対立する松王丸と梅王丸。はじめはちょっとした喧嘩が次第に米俵を持っての豪快な喧嘩に……。するとふたりは菅丞相が大切にしていた梅、松、桜のうち、桜の枝を折ってしまう。白太夫に咎められても「おいらは知らぬ」と、ぷいっと相手に罪を擦り付けるふたり。一幕目の『車引』の迫力ある姿とは違って、子どもらしいふたりのやり取りは客席からも笑い声が聞こえてきた。一方、桜丸の女房・八重(中村壱太郎)が夫の姿が見えないと心配するなか、神妙な面持ちで桜丸(中村時蔵)が姿を現すと、自分が主人・斎世親王と苅屋姫の恋の仲立ちをしたことによって、恩義のある菅丞相が流罪になったと自責の念を吐露する。

夜の部『賀の祝』 花道前)千代=坂東新悟 花道後)松王丸=中村歌昇 左より)白太夫=中村又五郎、八重=中村壱太郎、春=中村種之助、梅王丸=中村橋之助
桜丸の運命を悟った白太夫。めでたい古希祝いに待ち受ける親子の悲劇、それぞれの覚悟に涙ぐみながら温かい拍手が送られた。
そして、最後は単独でも上演を重ねる歌舞伎の代表作のひとつ『寺子屋』。

夜の部『寺子屋』 前左より)千代=片岡孝太郎、小太郎=中村種太郎、武部源蔵=松本幸四郎 後)菅秀才=中村秀乃介
かつて菅丞相に仕え、現在は芹生の里で寺子屋を営む武部源蔵(松本幸四郎)は、太宰府へ流罪となった菅丞相の実子・菅秀才(中村秀乃介)を我が子と偽り匿っている。そこへ息子の小太郎(中村種太郎)を連れてやってきた千代(中村萬壽)と入れ違いに、源蔵が冴えない顔で帰参。菅秀才を匿っていることが時平方に露見し、その首を討てと命じられたため、寺入りしたばかりの小太郎を身替りにすることを決意。源蔵は首実検にやってきた松王丸(尾上松緑)一行にその首を差し出す。前半の寺子屋に通う元気な子供たちの様子に観客も思わずほころぶが、そこから一変。

夜の部『寺子屋』 左より)百姓吾作=嵐橘三郎、松王丸=尾上松緑、春藤玄蕃=坂東亀蔵、涎くり与太郎=市川男女蔵
源蔵が帰り松王丸の前に首を差し出すと、一気に緊迫した空気に。松王丸が「菅秀才の首に相違ない」と言うと、一行はようやく立ち去る。源蔵夫婦が安堵するのも束の間、千代が小太郎を迎えにやってきて、さらには再び松王丸が現れ……。

夜の部『寺子屋』 前左より)千代=中村萬壽、松王丸=尾上松緑、武部源蔵=松本幸四郎、戸浪=片岡孝太郎 後左より)園生の前=中村東蔵、菅秀才=中村秀乃介
松王丸が父としての親心、そして敵対する時平方へ仕える中での、菅丞相への想いを語る。
「秀山祭九月大歌舞伎」は9月24日(水)まで、東京・歌舞伎座で上演される。
<公演情報>
松竹創業百三十周年
「秀山祭九月大歌舞伎」
【昼の部】11:00~
通し狂言 菅原伝授手習鑑
加茂堤
筆法伝授
道明寺
【夜の部】16:30~
通し狂言 菅原伝授手習鑑
車引
賀の祝
寺子屋
2025年9月2日(火)~24日(水)
会場:東京・歌舞伎座
【休演】9日(火)、17日(水)
【貸切】※幕見席は営業
昼の部:4日(木)、5日(金)、8日(月)、10日(水)、11日(木)、19日(金)
※下記日程は学校団体来観
昼の部:2日(火)、12日(金)、24日(水)
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2561871(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2561871&afid=P66)
公式サイト:
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