音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ
王子役を演じる森彩香(左)と山西菜音(右)

1987年の旗揚げから一貫してオリジナルミュージカルを創作、提供し続ける音楽座ミュージカル。日本のミュージカル界に大きな影響を与えてきたこのカンパニーには数々の名作があるが、中でも人気が高い作品のひとつが『リトルプリンス』だ。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』の、世界で唯一のミュージカル化権を獲得し、1993年に初演。その後も上演を重ね、文化庁芸術祭賞をはじめ数多くの演劇賞を受賞し、2022年は東宝株式会社製作でも上演された。今年は原作のフランス語版が出版されてから80年目。音楽座は『リトルプリンス』イヤーとして、全国各地での劇場公演、学校公演、関連イベントを開催している。「肝心なものは目に見えないんだよ」といった、数々の胸を打つメッセージが散りばめられた、美しいミュージカル。主役の王子さまをダブルキャストで演じる森彩香と山西菜音に本作の魅力や、新演出となった2025年バージョンの見どころを聞いた。



それぞれ“衝撃的”だった音楽座ミュージカルとの出会い

――音楽座ミュージカルには、森さんが2016年から、山西さんが2021年から参加されています。おふたりの「音楽座ミュージカル」との出会いは?



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

秋公演ポスター(広島公演バージョン)

 私は小学生の時からミュージカルを志し、そのために大学は大阪芸術大学に入りました。私が大学1年生の時に、音楽座ミュージカルが『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』の大阪公演の宣伝も兼ねたワークショップを学校でやったんです。その時に、カンパニーのメンバーの方にすごく怒られて……。しかも技術面ではなく、「その生き方でいいんですか!」みたいなことを言われて、クラス全体が凍りついた(笑)。こちらとしても「宣伝に来たくせになんで怒られなきゃいけないの」という気持ちで、その後ずっと私は音楽座の舞台を観ることができなくて。でも大学を卒業し、改めて演劇を仕事にすることに向き合った時に、「作り物を売っていくって、どういうことなんだろう」と考え、音楽座の方に叱られたことが蘇ってきました。

それで「なぜあんなことを言われたのかが気になります」と履歴書に書いて、オーディションを受けました。そうしたらなぜか面接にまで進んでしまい、そこでこれまでの経緯を話し「音楽座が何を大切にしているかを知りたいんです」と言ったら「それは人それぞれなんじゃないの」と言われて……。



――数年間、モヤモヤしていたのに!



 そうなんです(笑)。「メンバー全員、違う答えを言うと思う」「私たちは自分がこうありたい、こう生きたいという憧れをそれぞれ持った上で集まっているだけだから、あなたがどう生きたいかだけだよ」と言われた時に、ああこの考え方は好きだな、生きるということにリアリティを持って向き合う仕事っていいなと思って。ここで演劇を作りたい、と思いました。



――素敵です。山西さんは。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

秋公演ポスター(名古屋公演バージョン)

山西 私も小学校低学年の頃からミュージカルを習い事でやっていたのですが、それを職業にしたいというほどではありませんでした。ですが知り合いに勧められて観に行った2012年の音楽座ミュージカル『とってもゴースト』に非常に衝撃を受けて、なぜか「私はここに入るべきだ!」と思ったんです(笑)。その後『リトルプリンス』を観た時も「私は王子さまをやるんだ!」と思いました。もう天啓を受けたとしか思えない感覚でした。それで、初めてオーディションを受けたのが中学を卒業するタイミング。

そこでは惨敗し、高校2年の時にも落ち、高校を卒業するタイミングで受けた3度目の挑戦で受かって入団しました。



――何度も受けるほどの情熱だったんですね。



山西 そうなんです。私たぶん、音楽座ミュージカル内で、一番音楽座ミュージカルを愛してるんじゃないかというくらいの大ファンなんです。



より日常的に、身近に感じられる新演出版の王子さま

――おふたりと『リトルプリンス』との出会いも教えてください。森さんは2016年から、山西さんは2024年から王子さまを演じています。。



 私は入団して1年目の秋に、学校を回る文化庁主催の巡回公演……今回の劇場バージョンをギュッと凝縮させたバージョンなのですが、それで初めて出演しました。原作は高校生の時に読んでいて、その深みがミュージカルになるとどうなるんだろうと思っていたのですが、『リトルプリンス』の台本は、生きるということが綺麗ごとではなく詰め込まれていて衝撃を受けました。そして初めて本読みで王子さまを演じた瞬間、あまりに自分とかけ離れすぎて、王子さまの生き方に憧れました。ただ、自分は入団したばかり、プロの世界にすべての面で追いついていない。でもこの王子さま役ができなければ死んだほうがましというほどの思いにかられ、髪の毛もバッサリ切って、女の子っぽい服を捨て、化粧もやめました。とにかく王子さまになりたいとガムシャラでした。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

音楽座ミュージカル『リトルプリンス』より

山西 私は初めて観たのが2015年。客席と舞台の距離が近く、観客も当事者として場を共有する「ラボシアター」バージョンでした。私はあまり明るい人間ではなく、ネガティブな要素が多いのですが、王子さまのポジティブに変換する力にものすごく惹かれ、王子さまにになったら自分もこういう生き方ができるかもしれない、王子さまをやりたいと思いました。その後も色々なバージョンを観ていて、そのたびに「この作品に出たい」という気持ちが募りました。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

音楽座ミュージカル『リトルプリンス』より

――では王子役に決まった時の心境は……?



山西 正直、すっごく怖かったです。というのも森さんとダブルキャストじゃないですか。私としてはそこが一番怖かった。森さんと比べられることになるのかと思うと、夜も眠れないほどで……眠れるんですが(笑)。



 あはは(笑)!



山西 それくらい毎日ドキドキ。でも最初の時の森さんと一緒で、普段の生活から王子さまにならないと私では役に追いつかないだろうと、女の子らしい服は着ず、絶対に王子さまになりきろう、これを演じ切らないとカンパニーにはいられないという気概で毎日を過ごしていました。



――森さんも、劇場公演として王子を演じるのは今年が初めてだとか。



 そうなんです。

色々なバージョンで『リトルプリンス』には関わっていましたが、劇場に立つのは初めてですし、2時間半を王子さまとして生きるのはすごく嬉しく、いよいよか、と思いました(※バージョンごとに公演時間が異なり、劇場公演が一番長い)。



――今回は特に“新演出版”と謳っています。



 はい。『リトルプリンス』を今この時代に届けるにあたり、ずいぶん刷新しました。私はこれまで長い間『リトルプリンス』という物語に徹底的に向き合ってきたんです。この作品が大好きで、四六時中作品のことを考え、どうしたらこの作品を体現できるかということに時間を費やしてきた。だからその積み上げた時間を捨てきれない私がいて、そこは大きな課題でした。



――そんなに違うんですか?



 体感的には、80%くらい違います。王子さまで言うと、本当にその辺にいる“クソガキ”になりました(笑)。クソガキが墜落した飛行士にワガママを言い、ワガママに泣き、笑い、遊び、喋る。自分の欲求に率直に生きる王子さまに飛行士が振り回されるという日常的なところに立ち返った時に、作品の持つメッセージがダイレクトに届くというところに挑戦したかった。原作もそうですが『リトルプリンス』の台本にはとても大切なメッセージが詰まっているんです。

例えば「肝心なものは目には見えない」とか、王子さまの花への愛とか。今まではそういうことを追っていたのですが、今回は神聖な作品を神聖に作るということではなく、もっと「生きる」ことに生々しくありたい。言葉もずいぶん崩しました。例えば王子さまはこれまでは飛行士やキツネ、花のことを「君」と呼んでいたのですが、今回は「お前」と言います。普段、人のことを「お前」と言うことなんてないので、その壁もありましたが、でも「お前がさ」と聞くと、たしかに急に友だちになった感覚もあるんですよ。私個人としてはまだ戦っている最中ですが、気持ちいい台本になってるなと思います。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

音楽座ミュージカル『リトルプリンス』ポスター

――山西さんは、今回のバージョンの王子さまはいかがですか?



山西 それが、めちゃくちゃ楽しいです(笑)。森さんと違って、私は「お前」という言葉にも抵抗がない(笑)。



 (笑)。



山西 両親が動物園の飼育係で、野性的な日常生活を送っていたので、それこそ「お前」という言葉を使う人の距離感など、新演出版の王子さま像にすごく共感しました。また、私は最初に王子さま役を演じたのは2024年の学校巡回公演だったのですが、その時は、ずっと観ていた森さんの王子さまを追ってしまい、壁にぶち当たったんです。そして今回新しく“クソガキの王子さま”というものをもらったものですから「私がやるべきは、これだ!」と、なんだか新しい切り札をもらったような気持ちで、ハチャメチャに演じていいんだという喜びを感じながら舞台に立っていました。



今この瞬間“持っているもの”に気付いていただけたら

――せっかくのダブルキャストですから、お互いの王子さまの素敵なところを教えてください。



 山西王子は「いいな」と思う瞬間が山ほどあります。最近いいなと思ったのは、相手の心をほどく力。こんなに人と対する時に無防備でいいんだ、と驚かされます。山西王子とやりとりをしている相手を見ていると、セリフではない部分……心の声の吹き出しのようなものが見えるんですよ。イメージする余白を観る人に与えてくれるところが魅力的だなと思います。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

音楽座ミュージカル『リトルプリンス』より

山西 森さんは、ご本人がおっしゃるように、今まで王子さまと向き合ってきた時間がとてつもなく長い。それを手放したいとおっしゃっていましたが、でもその時間は何物にも代えられない尊いものだと思うんです。それが滲みでていますし、王子さまが好きなんだなというものも伝わってきますし……。しかも森さんって面白い人で、たまに私が思い浮かばないようなボケ方をするんです(笑)。



 どういうこと(笑)。



山西 表情だったり、セリフの間合いだったり「そういうことやっちゃうんだ!」と思う。脱帽しちゃう瞬間がたくさんある。本から飛び出してきたようなビジュアルにも羨ましいなと思いますし。私はまだまだ未熟なので、見習いたいと思う反面、悔しいな、と思います。



 お互い自分にはないところを、悔しがっているよね(笑)。



音楽座ミュージカル『リトルプリンス』秋公演、来月開幕 ふたりの王子さま、森彩香&山西菜音に聞く新演出版のみどころ

音楽座ミュージカル『リトルプリンス』より

――改めてこの『リトルプリンス』という作品で伝えたいことはどういうことだと思うか、教えてください。



山西 生きていく上では色々な出会いがあり、突然に別れが来て……ということはたくさんあります。でもその時は衝撃を受けても、人ってすぐに忘れてしまうなと思うんです。私も先日愛犬が亡くなり、とても悲しかったのに、その時の深い痛みは感覚的に薄れていく。それはとても切ない。この作品は、そんな風にいつの間にか忘れてしまった出会いと別れを、存分に味わえるものだと思うし、だからこそ心に響くんだなと感じています。



 「あの頃はこうだった」「今の自分の手からはこぼれ落ちてしまった、もう戻れない」と後ろ向きになってしまう瞬間って、たぶん誰にもあると思います。でも戻れない、失ってしまったものがあるということは、「持っていた」ということなんですよね。この作品を観て、今この瞬間に持っているものに気付いていただけたら、と思います。そして、この話は決別の物語だと私は思います。自分の持っていたものと決別した時に、その重要性に気付く。でも決別するものがあるということをきちんと受け止めて生きていくというのは、私たちが生きる上でもすごく力になるんじゃないかな。作品の中にはさまざまなメッセージがありますが、このことは私にとって、強く残るものです。



――最後に、春の劇場公演、現在の全国巡業公演を経て再び名古屋、東京、広島で上演される秋公演に向けての意気込みをお願いします!



山西 私の課題は歌なので……歌を頑張りたいです。



――『リトルプリンス』、名曲揃いですもんね。



山西 そうなんです! その歌をちゃんと安心して皆様にお届けできるように、技術的な面をしっかり頑張りたいなと思っています。あと……私、人生で音楽座ミュージカルの作品に出会っていない人って、損していると思うんです(笑)。もしこのインタビューを読んで、音楽座ミュージカルを観たことがないなという方がいたらまず観に来てほしいです。もちろん「知ってるよ」という方も観に来ていただきたいですし、それでご自分に合わなかったら率直にSNSに書いてくださって大丈夫ですので(笑)。今まで愛されてきた『リトルプリンス』を、令和の音楽座ミュージカルがこういう風に挑戦しましたというものを、ぜひ一度感じていただけたら嬉しいです。



 『リトルプリンス』は、歌も踊りも音楽も最高級なので、そこはものすごくこだわっていきたいです。でも演じる俳優としては、「本当にミュージカルを観ているのかな」という気持ちになるほど、日常を切り取っているように感じていただけるようにしたい。そこに演じている人がいるのではなく、本当に生きている人がいると思っていただきたい、ミュージカルを観に来たという感想をひっくり返すくらいの衝撃を受けてほしいです。



――ちなみに森さんが広島出身、山西さんが愛知出身。



 はい。東京公演に加え、ふたりの王子の地元に凱旋します(笑)。ぜひ観にいらしてください。



取材・文:平野祥恵




<公演情報>
音楽座ミュージカル『リトルプリンス』



原作:アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』)

【名古屋公演】
2025年10月3日(金)
会場:Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール

【東京公演】
2025年11月14(金)・15日(土)・16日(日)
会場:IMM THEATER

【広島公演】
2025年11月29日(土)
はつかいち文化ホール ウッドワンさくらぴあ 大ホール



チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2517616(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2517616&afid=P66)



公式サイト:
https://ongakuza-musical.com/works/littleprince



編集部おすすめ