夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中
『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』より (撮影:引地信彦)

音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』がKAAT神奈川芸術劇場で2月13日より上演されている。能のフォーマットを応用し、ついえた「夢」を幻視する、レクイエムとしての音楽劇。

舞台面は能舞台と同じ構成で、中央に四角い本舞台、そこから左奥へと伸びる通路(橋掛り)がある。作品の構成や登場人物もまた、それぞれ能の……とくに夢幻能(むげんのう)のフォーマットにのっとっている。



夢幻能とは、能の代表的な形式。旅の僧(ワキ)が訪れた土地で、亡霊や過去の人物など(シテ)に出会い、その過去の物語を聞く。前・後場の二場構成となっており、前半はシテが人の姿で、後半では“真の姿”であらわれる。その間にはアイ(間狂言)が登場し、物語の背景やあらすじを解説・補足する。この基本的な構造のうえで、タイトル通り「珊瑚」と「円山町」をテーマとした2作が各1時間上演された(間に15分休憩を含む合計2時間5分)。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

「珊瑚」は、埋め立てが続く沖縄の辺野古に生息していた珊瑚がシテとなる。沖縄を訪れた物書きの端くれ(ワキ:石倉来輝)は、現地の人の案内が欲しいと比嘉さん(ワキツレ/清島千楓)に依頼し、島を回る。海を見ていると、いつしかそこにいる女(シテ/アオイヤマダ)が、海を懐かしんだ後、近所のひと(アイ/片桐はいり)や、ヒメサンゴの霊(後シテ/アオイ)があらわれる。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

埋め立てによって棲みかを移動させられたサンゴの叫びが、アオイヤマダの舞を通して聞こえてくる。能では、シテは能面をつけることが多く、表情が変わらないからこそそこにさまざまな感情を見出すことができる。

しかしシテ役のアオイの表情は時にとても豊かで、その身体の隅々……足の親指の動きさえ珊瑚のように見え、人間が演じるからこその雄弁さがあった。伸縮しシルエットを変える衣装もまた、海中の珊瑚の揺らめきのようだ。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

能では、観客は、舞台上のワキを媒介としてシテの物語(過去や霊の世界)を垣間見る。今作ではワキ(作家)→ワキツレ(沖縄の人)→シテ(沖縄の珊瑚)と媒介を重ねることで、やっと観客が沖縄の珊瑚の声を聞くことができる。それほどいくつもの媒介を通さないと届かないということは、皮肉にも、関東と沖縄の距離の遠さを表しているようでもあった。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

「円山町」は、渋谷の円山町を舞台に、1997年に起きた事件(東電OL殺人事件)を題材にしている。なぜか円山町に迷い込んでしまった新社会人になる女性(ワキ/七瀬恋彩)は、ラブホテル街の奥にある道玄坂地蔵尊で、辻に立つ女(シテ/小栗基裕)に出会う。女が消えたあと、花を手向けに来た女(アイ/片桐はいり)から事件のことを聞く。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

当時、女性が置かれていた社会的立場のこと、その生きづらさが語られる。ジェンダー格差が現代でもまだ大きな課題となっているなか、より厳しい環境で働いていた女性の話を聞く。それを新社会人になる女性がどう受け止めているかは、岡田利規の演出ではあえて表情が読めないためにわからない。舞台を通して、おそらく客席の一人ひとりが、自分の周りの社会に思いを馳せるだろう。

どういう環境で生活しているか、今の社会の男女の在り方をどう感じているかによって、後半に登場する道玄坂地蔵尊(後シテ/小栗)の舞から受け取るものは異なるような気がする。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

また、実際に亡くなった個人的な背景が不明な事件だったこともあり、能というひとつのはっきりとしたフォーマットはあるけれども、観る人によって印象が大きく違うだろう一作となっている。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

両作ともに、大きな存在が音楽だ。音楽監督の内橋和久が奏でるダクソフォンは、夢幻の響きのよう。「この世のものではないものに出会った」という感覚に引き込まれるだけでなく、時に「ここは海のなかだ……!」という錯覚に呑まれそうになる。謡手の里アンナの声の揺らぎも沖縄の風を運び、また里の語りは円山町にいまも立っているかもしれない人物を立体的にしていく。



夢幻能のフォーマットにより現代でなにを語るか ~音楽劇『未練の幽霊と怪物―「珊瑚」「円山町」―』上演中

夢幻能は、幽玄の美を追求した世阿弥によって確立された。今作では、世阿弥による美を、そのフォーマットのうえでなにができるかと探る岡田の探求心と美意識が、俳優の身体を媒介に投げ掛けられるようだ。そのすべてを包み込むように音楽が劇場に満ちていた。



取材・文:河野桃子 撮影:引地信彦



<公演情報>
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『未練の幽霊と怪物─「珊瑚」「円山町」─』



作・演出:岡田利規
音楽監督:内橋和久



出演:
アオイヤマダ 小栗基裕(s**t kingz) /
石倉来輝 七瀬恋彩 清島千楓 /
片桐はいり



謡手:里アンナ 演奏:内橋和久



【神奈川公演】
2026年2月13日(金)~3月1日(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>



【兵庫公演】
2026年3月7日(土)・8日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール



【新潟公演】
2026年3月15日(日)
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場



【京都公演】
2026年3月21日(土)・22日(日)
会場:ロームシアター京都 サウスホール



関連リンク

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2564155(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2564155&afid=P66)



公式サイト:
https://www.kaat.jp/d/miren2026

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