19世紀のパリ・オペラ座を舞台に次々と起こる謎めいた事件。それは、オペラ座の地下深くに棲む怪人と歌姫クリスティーヌの悲恋と深く関わるものだった……。
現在は福岡・キャナルシティ劇場で上演中だが、この福岡公演でオペラ座の怪人役としてデビューを果たしたのが、飯田達郎だ。これまで『ノートルダムの鐘』カジモド役や『美女と野獣』ビースト役など数々の大役を務めており、『オペラ座の怪人』では長年ラウル役を演じてきた彼が、満を持して怪人役に挑んでいる。飯田が思う『オペラ座の怪人』の魅力、怪人役のこだわりについて、話を聞いた。
ひたすら重みを感じた怪人役デビューの日
――現在『オペラ座の怪人』は、福岡・キャナルシティ劇場で上演中です。福岡のお客様はどんな雰囲気ですか?
福岡はカーテンコールがすごく盛り上がるんですよ。Fu―!みたいに。この演目でこういうノリで熱狂してくださることは珍しく、とても熱い客席です。一方で、拍手の入り方などから初見の方も多いことも肌で感じています。でも皆さんしっかり観てくださって、作品のメッセージが届いているなと思っています。
――福岡で『オペラ座の怪人』が上演されるのは21年ぶりだそうですね。
『オペラ座の怪人』より(撮影:重松美佐)
そうなんです。福岡シティ劇場(現・キャナルシティ劇場)のこけら落としとして上演されたのが1996~97年。その際に怪人を演じていた村俊英さんも今、出演していらっしゃるんですよ(ムッシュー・フィルマン役)。僕はそのことにすごく大きな意義を感じています。毎日個人的にウォーミングアップする場所が村さんとお近くなのですが、ストレッチや発声をしながら当時のお話や、日々のトレーニング方法などをお聞きしながら作品に臨んでいる。劇団ならではですし、作品の歴史も感じることができて、すごく貴重な時間を過ごさせていただいています。
――飯田さんはこの福岡公演で怪人役デビューをされました。昨年9月、怪人役として立った初日のことは覚えていますか?
十分な稽古期間をいただきましたので、緊張はあまりなかったものの、ひたすら重みを感じていました。怪人は仮面をつけるのですが、これは自分専用なんです。俳優ごとに顔型を取り、作ってもらう。なので自分の仮面なのですが、不思議とこれまで怪人を演じてきた先輩、すべての方の汗が染みついているような感覚で、軽い素材なのに、とても重厚感あるものに感じたんです。これを付けて怪人になる以上、絶対に失敗はできないというものすごいプレッシャー。
「自分がやる役じゃない」そう思っていた怪人役
――怪人役としてはデビューしたばかりですが、作品自体には長くかかわっていらっしゃいます。そもそも飯田さんの『オペラ座の怪人』との出会いは?
初めて観客として観たのは、僕より一足先に劇団四季に入団した兄の洋輔(※現在は退団)がアンサンブルとして出演したのを、夜行バスに乗って家族で観に行った時。まだ僕は高校生で、ミュージカルの世界を目指そうとも思っておらず、シンプルに兄の頑張りを応援しに行った(笑)。ですので、細かいところはあまり覚えていないのですが、身内がこんなすごい舞台で芝居をしている、すごいことをやってるんだなと感動したのと、もともと家具などもヨーロッパ調のものが好きだったのもあり、ゴシックな世界観に惹かれました。あとはシャンデリアにびっくりしましたね。シャンデリアが上がっていくことで過去に戻るという表現は、なるほど! と。芸術性が高い舞台だなと思って観ました。
――自分もやってみたい、というような気持ちは。
まったくありませんでした(笑)。もともと僕は歌が好きで、歌手になりたかったんです。役者という仕事の魅力にとりつかれるようになったのは、四季に入団してからなので、高校生の自分はそこまでは考えませんでした。その後、歌うだけじゃなく、人の人生を歩むってどういう感じなんだろうなと思って四季に入団したのですが、それも今考えると兄の影響ですね。
――そして『オペラ座の怪人』に初めて出演したのが2009年、ラウル役でした。その時のことは覚えています?
……あまりにも大変でしたね(笑)。いまだにオーバーチュアが鳴ると、あの当時の気持ちを思い出して胸が痛くなります。
――それはなぜ?
僕、初舞台は『ジーザス・クライスト=スーパースター』の司祭だったんです。これは少しソロがあるけれど、メインというほどではない役どころです。その次がジーザスの弟子のペテロ。これもソロはありますが群衆のひとり。その次がラウルだったんです。セリフがある役も初めてで、守るべき人がいて、戦う相手もいる。一気に責任重大なポジションに置かれ、プレッシャーに押しつぶされそうになりながら稽古をしていました。お稽古はかなり長くとっていただいて、劇場でも1ヵ月くらい毎日稽古して、休演日にわざわざ先輩が稽古に付き合ってくださったりもしたのですが、必死すぎて自分でも何が正解かわからなくなっちゃって、初めて「この仕事、向いていないかも」と思いました。それくらい苦しい思いをした記憶があります。
――そんな思いを克服できたなと思った瞬間はあるのでしょうか。
デビューしたての頃に、5ヵ月ほど連続で出演した時期があったんです。それで身体に作品を馴染ませるということはだいぶ達成できたかな。でもいまだに作品の持つ重さに慣れることはありませんし、常に怖さはあります。だからこそ新鮮に向き合えるのが『オペラ座~』の魅力でもあると思います。
――ラウルはずいぶん長い間演じていらっしゃいましたが「いつか怪人をやりたい」とは思っていたのでしょうか?
それが……まったく思っていなかったんです。怪人は、僕が挑戦していい役ではないと思っていたんですよ。
――それはどういうことでしょう……?
怪人が歌うナンバーは、世の男性ミュージカルシンガーが一度は歌ってみたい曲であり、怪人は大ベテランがやる役。役柄自体が壮大すぎる。自分が挑戦権を得られるとすら思っていませんでした。ただ、『ノートルダムの鐘』のカジモド、『美女と野獣』のビーストと同じような境遇の役を続けて務め、僕自身、こういう暗さのある世界観が好きだった。
そんな時に『オペラ座の怪人』の(座内)オーディションがあると告知されたので、僕もキャリア18年目になるし、一度くらい挑戦してみても怒られないかな、と思い、オーディションを受けました。……いえ、別にいつどんなタイミングでオーディションを受けても誰も怒らないのですが(笑)、それくらい怪人役は自分の中で特別で、自分がやるのはおこがましいと思っていたんですよね。
そうしたら思いのほか、自分では手ごたえがあった。四季では「捨てる」と言うのですが、まさに考えて作ってきたものを全部なくし、その世界に飛び込める状態にオーディションでなれたんです。これで落ちても何の悔いもない、これ以上のものは出来ないというものを、数分で表現できました。実は同じ感覚をカジモド役の時にも感じまして、その時も合格している。やっぱり自分でも分かるものなんですね。僕はラウルという役も大好きなのですが、ここは気合い入れて一度怪人役を受けてみようと思った自分を褒めたいです(笑)。
完璧主義者で、生粋の芸術家。そして孤独な人
――怪人役はバリトンの方もテノールの方も演じている印象がありますが、役柄が求める音域はどちらなんでしょう。
上の音域がけっこうあるので、ハイバリトンかテノールに入ると思います。海外ではテノールの方が多くやっていらっしゃいますが、日本ではバリトンの先輩が多い。僕自身テノールの要素もあるバリトン(ハイバリトン)なので、音域的にはやや高いなと思う役です。でも、その高いところを楽々と出すよりも「挑んでいる」ように出すのが、実はカッコいい。お芝居とリンクし、葛藤や必死さが表現できます。僕も高音に挑戦することが楽しいです。
――オペラ座の怪人という人物は、どういう人間だと捉えていますか。
完璧主義者なんだろうなと思います。自分が書いた譜面どおり歌わない歌手には怒るし「まともに歌えるヤツを呼んでこい」「サードトロンボーンをクビにしろ」と細かく言う。それはつまり自分の思い描く未来像から逸脱すると納得できないということだとも思います。だからこそクリスティーヌが自分の思い通りに動かないと、破裂するくらい怒る。
――好きな人に対しても。
だからちょっと僕の中では、クリスティーヌは好きになった人というより、ミューズであり、自分の芸術を完璧にやってくれるスピーカーだと思っています。生粋の芸術家だからこそ、才能に惚れ込み、彼女自身に入れ込んでしまったということだと理解しています。
――ラウルとして出演していた時に見ていた怪人像と、実際に演じた怪人は違いましたか。
先輩方の怪人は何百回と拝見していますが、ひたすらカッコいい人、カッコいい役というイメージ。ですが、ラウルとして対峙する時は、言ってみれば自分の恋人を無理やり連れ去っていくヤツなので、悪としてしか見えていませんでした。そして自分で演じている今は、とても孤独な人なんだなと感じます。悲しい運命を持ち、自分を認めてもらいたいがゆえに暴力的な方向に走ってしまっている人。実際、怪人役って動線上も孤独になるように作られているんですよ。裏動線(舞台裏の動き)でも他の役者に会わない。タイミングがずれるようになっている。楽屋もひとりですし……。怪人を演じる人間は、歴代みんな孤独と戦っていたんだなと思います。僕は根っからの陽キャなので(笑)寂しさを感じる時もありますが、でも役に向かうにはこの孤独感は必要なことなんだなと思います。
――ほかに怪人役を演じる上でご苦労されたことは。
プレッシャーに打ち勝つことと、やはり『ザ・ミュージック・オブ・ザ・ナイト』という壮大な歌をきちんとお客様にお届けできるものに作り上げることは、とても考えましたし研究しました。どうブレスを取ったら美しいのか、どうしたら余韻が綺麗に残るのか。だから僕、役作りの間は外国の方が歌うこの曲を聴かないように心がけたんですよ。
――へぇ! それはなぜですか?
やはり日本語で上演するので、日本語の持つ意味をきちんと音楽に乗せないといけないので。少しマニアックな話になりますが、この曲の冒頭に出てくる♪夜の闇が♪という旋律、「夜」という言葉に対して「ヨル↑」と音が付いていますが、日本語では「ヨル↓」と下がりますよね。それを、この音で歌っても日本語で喋っているのと同じように「夜」と聞こえるようにしたい。そのためにはどこを立てればいいか、でも旋律も大事にして……というようなことを、全編にわたってこだわりました。レジデント・ディレクターの荒木美保さんにもそこは徹底してお稽古していただいたし、苦労したところです。
――それはいつもの飯田さんの作り方ですか? それとも怪人役は特に?
たしかにどんな役でも言葉について徹底的に向き合うのが、僕の役者としての武器だと思っていますし、それは四季の方法論でもあります。ただ『オペラ座の怪人』に関しては、あまりにも旋律が美しいので、歌詞が音に負けてしまいかねない。だからそこを負けないように、他の演目よりもこだわりました。
福岡から名古屋へ――「世界三大ミュージカル」の世界を味わって
――ちなみにロンドンオリジナルの演出を遵守しているのが、世界でも日本とロンドンだけとか。
はい。『オペラ座の怪人』には様式美があり、それはずっと長く守られ続けている。少しずつ、本国(ロンドン)の求める怪人像が変わってきて、新しい色が足されたりはしますが、全体のトーンは大きく逸脱せずずっと受け継がれてきています。おそらく初演の頃と今と、さほど差はないんじゃないかな。役者としても身が引き締まる難しい作品ですが、それはクラシカルな様式を守り続けなければいけないという責任感から来ている部分もあるかもしれません。ダメ出しでもよく「ポップになりすぎないように」という言葉が出てきます。それは、常に解放できない何かを登場人物たちが抱えながら、でもその思いを表現しているという物語の特性からきているのだろうし、抑えた中で表現する美しさもある。劇団四季の『オペラ座の怪人』はそういう魅力がある作品です。
『オペラ座の怪人』より(撮影:重松美佐)
――さて、福岡公演のあとは7月から名古屋公演も始まります。名古屋公演への期待を教えてください。
名古屋はまず、新劇場です!(『オペラ座の怪人』がMTG名古屋四季劇場[熱田]のこけら落とし公演になる) 新しい劇場というのは、役者としてもとても気持ちがいいものですので、できればぜひ出演したいです。そして僕が最初に『オペラ座の怪人』に出演したのが、当時の新名古屋ミュージカル劇場でした。台本をどう読み解けばいいのか、一から作品とぶつかっていった思い出の場所に、十数年を経て怪人として戻っていけることになればとても光栄なことです。
――先ほど福岡公演では初見のお客様も多いとおっしゃいましたが、『オペラ座の怪人』を知ってはいるけれど観たことはないという方もいらっしゃると思います。そういう方の背中を押すアピールポイントをお願いします。
シンプルに「いいから一回観て!」と言いたいです(笑)。非常に完成されている脚本で、世界観も圧倒されますので、劇場にいらしていただけたら何も考えずに作品世界に没入できるはず。また、終わり方がちょっと曖昧なところも余韻があっていい。考察の余地がありますので、そういうところも日本の観客に受けるところかなと思います。ドレスコードもありませんし、敷居も高くありません。でも「ミュージカル、観たことがあるよ」という話をして、それが『オペラ座の怪人』だったら、ひとつのステータスになると思う。やっぱり「世界三大ミュージカル」のひとつに数えられるだけある、重厚感ある作品です。ぜひ、劇場に体感しにいらしてください。
取材・文:平野祥恵 撮影(舞台写真除く):藤田亜弓
<公演情報>
劇団四季 ミュージカル『オペラ座の怪人』
【福岡公演】
上演中~2026年4月5日(日)千秋楽
会場:キャナルシティ劇場
【名古屋(愛知)公演】
2026年7月5日(日)開幕
会場:MTG名古屋四季劇場[熱田] こけら落し公演
関連リンク
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560254(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2560254&afid=P66)
公式サイト:
https://www.shiki.jp/applause/operaza/

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