
2025年6月12日(木) に初日を迎える新国立劇場のバレエ公演『不思議の国のアリス』。ルイス・キャロルの原作の世界を、カラフルで生き生きとした舞台に立ち上げた、クリストファー・ウィールドン振付の傑作だ。
気に入らないことがあると、すぐ「首を切れ!」
──ファースト・アーティストに昇格されて、重要な役柄を踊る機会が増えたのではないでしょうか。
4月の『ジゼル』でミルタを演じました。新国立劇場バレエ団で初めて舞台に立った作品が『ジゼル』だったので、入団したての頃のことを懐かしく思いながら取り組んでいました。
──ミルタは、深夜の森にやってきた男性を捕らえ、死ぬまで踊らせる乙女たちの霊、ウィリたちの女王という重要な役柄ですね。初めての挑戦はどのようなものでしたか。

『ジゼル』ミルタ 撮影:長谷川清徳
笑顔で明るく朗らかに踊ることが多いので、威厳があり冷酷なキャラクターを表現するのはとても難しく感じました。目線やアームスの使い方など細かく指導していただきました。ウィリの女王ですから、もう、とにかく男性が許せない。「殺してやる!」という強い気持ちで演じていたのですが、リハーサルではどうしても普段の癖で口角が上がって笑顔になってしまう。上げているつもりは全然ないのですが、「口角、上がっているよ!」とたびたび注意を受けていました。
──怒れる悪の精ですね。手応えはいかがでしたか。

『眠れる森の美女』カラボス 撮影:瀬戸秀美
とても楽しかったです! 演技面では、そこでいま何をマイムで話しているのか、お客さまにしっかり伝わるように、という課題がありましたが、楽しみながら演じることができました。怒ってカタラビュートの毛を抜いてしまう場面は、カラボスになりきって、「ええーい!」とかつらをむしり取りました(笑)。私自身、もともと強い性格なのかもしれません。
──とすると、『不思議の国のアリス』のハートの女王役は?
カラボスの経験がありましたから、女王もその流れでできるかも、と思いました。でも、このバレエのハートの女王は、現実の世界の場面ではアリスのお母さんとして登場するので、その両方を演じなければなりません。私がお母さんなんて、どうやって演じれば良いのだろうと思っていました。
──この作品に携わるのは今回が初めてかと思いますが、このバレエのことはご存じでしたか。
小さい頃に映画館で英国ロイヤルバレエの舞台の映像を見ています。古典バレエとは全く違う、独特の舞台装置や衣裳が印象的でした。
──今回ご自身が演じるハートの女王の印象は?
ものすごくわがままで、気に入らないことがあると、すぐ「首を切れ!」(笑)。ずっと情緒が不安定で、強烈なキャラクターですね。巨大なハートの形のドレスをまとって出てくるのも印象的でした。
──あんなドレスをまとっていたら、演技をするのも大変なのでは?

Alice’s Adventures in Wonderland© by Christopher Wheeldon Photo by HASEGAWA Kiyonori
あれはドレスというより乗り物なのですが(笑)、完全に身体が固定されていて、全然身動きできないんです。乗っている間は手の強さと顔で勝負して、存在感を印象付けたいです。
──その後展開されるハートの女王の踊りの見せ場は、この作品ならでは名場面の一つではないでしょうか。
“タルト・アダージオ”ですね。映画館で初めて観た時は、「えっ? これって“ローズ・アダージオ”?」と驚きました。
──『眠れる森の美女』で、ヒロインのオーロラ姫が、求婚者の4人の王子と一緒に踊る優雅な踊りにそっくりですよね。すぐに“ローズ・アダージオ”のパロディだとわかりましたか。
冒頭のポーズで「あれ?」と思いましたし、アチチュードでのバランスも、まさに“ローズ・アダージオ”──かと思ったら、「あ、違った!」(笑)。この踊りの魅力は、もちろんハートの女王の強烈な存在感と面白さにありますが、実は、周りの4人の男性たちも素晴らしいんです。彼らは女王の臣下たちですが、一人ひとりに個性があって、「僕はやりたくない」、「お前行けよ」、「えー?」、「じゃ、僕が行く」というやりとりが見えてきたり、ずっと女王に叱られているウッカリさんがいたり(笑)。
“タルト・アダージオ”の超絶技巧に挑戦
──そんな中で傍若無人に振る舞う女王ですが、テクニック的な難しさについてはいかがですか。
終盤に登場する大技がすごいんです。男性に身体を振り回されて、宙に浮いたまま1周する──男性たちに身を委ねるしかありませんが、少し怖いです。座っている状態から男性に引き上げてもらう場面では、なかなか引き上げ切れずにダーンとのけぞってしまう姿も。女王ともあろう人が、そんな格好していいの?と思いますが(笑)。私はまだパ・ド・ドゥの経験が少なく、パートナーに委ねずに全部自分で処理しようとしがちなのですが、今回はそれでは絶対にうまくいかないので、男性を信じて、完全に委ねられるよう練習しています。
──後半の裁判の場面でのソロも大きな見どころになります。
もう裁判が始まるというのに、「待って。私、踊るから」と(笑)。
──ウィールドンの振付については、どんなところに難しさを感じていますか。
振付のカウントが難しくて、もう、頭の中ではずっと数字を数えています(笑)。しっかり身体に入れて、お客さまに存分に楽しんでいただける女王を演じて、笑いを起こせたらいいな、と思っています。モスクワのボリショイ・バレエアカデミーに留学していた時も、演技の授業はありましたが、笑わせる演技の授業はもちろんないので、いろいろ考えなければ。でも実は、母の影響で吉本新喜劇が好きで、映像を見たり、東京で舞台がある時に観に行ったりしているんです(笑)。
──笑いに関しては素地があったわけですね!
どうでしょう(笑)。でも、今シーズンは演技面でたくさん経験を積むことができました。リハーサルでは「何を言いたいのか伝わらない」と指摘を受けることが多く、苦戦しました。今回も、いろんなことを考えながら取り組んでいます。
──モスクワでもいろんな経験をされたのではないでしょうか。
ボリショイ・バレエアカデミーに留学していたのは3年と少しで、その間、基礎を重点的に学びました。私はロシア人クラスでしたので、最初は体格の差に悩むこともありましたが、演技の授業も楽しかったですし、キャラクターダンスのクラスも、全く経験がなかったので新鮮でした。現地でスヴェトラーナ・ザハロワの『白鳥の湖』を観る機会があったのですが、本当に素晴らしかったです! これがバレエなのか、と実感しました。
──バレエダンサーとして、毎日が挑戦だと思います。ご自身が目指している理想のダンサー像は?
色々な方向性の作品を踊れるダンサーになりたいです。今シーズンはさまざまな経験をさせていただきましたが、ウィリアム・フォーサイスの『精確さによる目眩くスリル』を踊ったことも大きな挑戦でした。ボリショイでは、カリキュラムの最後のほうで少しだけコンテンポラリーの授業が組まれていたのですが、本格的なコンテンポラリーという感じではなかったんです。ほとんどクラシックしか経験してこなかった私がフォーサイス作品なんて、大変なことになるなと思っていました。でも、先生方にたくさん助けていただいて、苦手意識がなくなり、違う道が開けたように思います。コンテンポラリーやネオクラシックの作品は、これからも挑戦していきたいです。

『精確さによる目眩くスリル』 撮影:鹿摩隆司
──『不思議の国のアリス』での活躍も、ぜひ注目していただきたいですね。
とても楽しい作品ですので、ぜひ多くのお客さまに観ていただいて、笑っていただきたいと思います!
6月22日(日)14時開演の「ぴあスペシャルデー」公演には、アリスの母/ハートの女王を演じる山本が登場する。
取材・文:加藤智子
★白ウサギ役で出演! 木下嘉人さんのインタビューは こちら(https://lp.p.pia.jp/article/news/419986/index.html)
<公演情報>
新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』
振付:クリストファー・ウィールドン
音楽:ジョビー・タルボット
美術・衣裳:ボブ・クロウリー
台本:ニコラス・ライト
照明:ナターシャ・カッツ
映像:ジョン・ドリスコル / ジュンマ・キャリントン
パペット:トビー・オリー
マジック・コンサルタント:ポール・キエーヴ
2025年6月12日(木)~6月24日(火)
会場:新国立劇場 オペラパレス
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2557867(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2557867&afid=P66)
公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/alice/