“永遠の子ども”だった彼らの、その後の物語。日本初演『ピーターとアリス』稽古場からスペシャルコラムが到着
舞台『ピーターとアリス』稽古場より (撮影:阿部章仁)

世界中で愛される児童文学の金字塔『ピーター・パン』と『不思議の国のアリス』。その主人公の「モデル」となった実在の人物たちが、もしも出会っていたら──。

トニー賞作家ジョン・ローガンが放つ、贅沢で残酷な幻想劇『ピーターとアリス』が、2026年2月9日(月)、ついに日本初演の幕を開ける。
演出を手がけるのは、緻密な構築力に定評のある熊林弘高。麻実れい、佐藤寛太をはじめ、古川琴音、青木柚ら瑞々しい感性を持つキャスト陣が、三層に重なり合う「現実と虚構」の迷宮に挑む。
今回、注目が集まる本作の魅力を、稽古場から届いたスペシャルコラムとともに紹介。本番への期待が高まる創作の現場と、作品が内包する深いテーマに迫る。



今年6月の公開前から大きな話題になっているマイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael/マイケル』。脚本を手がけたジョン・ローガンは、『グラディエーター』『007 スカイフォール』など映画での活躍が目覚ましいけれど、個人的には、抽象絵画の巨匠マーク・ロスコと助手が芸術論を闘わせる濃密な二人芝居『RED』の劇作家という認識が勝る。実在した人物の心の闇を思索的に掘り下げてゆく作劇術に冴えを見せる作家だけに、MJへの視線も深く鋭いに違いないと、今からワクワクしている。



そう期待が膨らんだのは、実は先日、日本初演となる『ピーターとアリス』の稽古を見学する機会に恵まれたから。このローガンの戯曲は2013年にジュディ・デンチとベン・ウィショー主演、マイケル・グランデージ演出によりロンドンで初演。戯曲に記されたローガンの作者メモによれば、1932年にロンドンの書店で開催されたルイス・キャロル展に『不思議の国のアリス』のアリスのモデルとして有名なアリス・リデルが訪れ、開会の辞を述べたそうで、その際、彼女の隣に『ピーター・パン』のモデルとして名高いピーター・デイヴィスがいたのだという。これは事実だそうで、この時二人の間でどんな会話が交わされたのかに興味を抱き、ローガンが想像の翼を広げに広げてみせたのが、本作というわけだ。

ともに英国児童文学の金字塔の主人公モデル、という経歴を背負わされた人生。当時80歳で達観気味のリデル(麻実れい)に、まだ30代で重圧と格闘中のデイヴィス(佐藤寛太)が声を掛けたところから、ピーター・パン(青木柚)とピーター・パンのモデルのピーター・デイヴィス(佐藤)と『ピーター・パン』の作者ジェームズ・バリー(岡田義徳)、不思議の国に迷い込むアリス(古川琴音)とアリスのモデルのアリス・リデル(麻実)と『不思議の国のアリス』の作者ルイス・キャロル(飯田基祐)。この三者三層が渾然一体となった世界が展開する。



バリーの偏愛ともとれるデイヴィス家の子どもたちとの関係や、アリス・リデル少女と暗室で二人きりになって以降、リデル家から遠ざけられたキャロル。さらに両ファミリーに重大な影を落とす戦争など、ローガンはモデルおよび作家たちの暗部に容赦なく踏み込む。戯曲は断片的で余白に富み、原作の一節が随所に挿入されたりもし、時空の飛躍も多い。一筋縄ではいかない構造ゆえに、演出の手腕に託される面がひときわ大きそうだ。



この日の稽古は、古川扮する不思議の国のアリスと青木扮するピーター・パンが、実在の人間たちの言動にズケズケと突っ込み、本性を暴こうと煽り出す場面から。演出の熊林は空間を大きく使いながら、せりふの有無の別なく三層の人物たちを交錯させたりシンクロさせたりして、動線をつくる。すると断片が繋がるように流れができて、各登場人物の意思が目に見えてくるから不思議。顔の向きやちょっとしたしぐさの指摘まで、かなり精妙なつくり込み方だ。かと思うと、「稽古3週目に入ってみなさんの方が僕より役のことをよく分かってきているので、やりにくいと感じたら言ってもらった方がいい」と柔軟さもみせる。

アーデルベルト・フォン・シャミッソーの『影をなくした男』からユングのヴォータン論、小津安二郎と溝口健二の俳優への対峙のしかたの違いから、今パリで上演中のイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出による『ハムレット』の話まで、豊富な情報を提供しながら、穏やかに稽古を進めてゆく。



それにしても、ベテランの麻実れいや見るからにはまり役の古川琴音、文学座の個性派山森大輔は元より、キレッキレの青木柚やこれが初舞台という簡秀吉まで、キャストはみなことごとく演技のセンスがいい。特に初演ではベン・ウィショーが演じたピーターなど、複雑で難易度の高い役だと思うのだけど、佐藤寛太はいたって自然体に見え、逆に釘付けにされてしまうほど。キャスティングにおいては知名度に左右されず、「うまい人としかやらない」と断言する熊林の眼鏡にかなった俳優たちが頼もしい。多くの若い俳優のヴィヴィッドな潜在能力が開花した、2年前の『インヘリタンス-継承-』の成果を思い出した。



『Michael/マイケル』を楽しむためにも『インヘリタンス-継承-』級の興奮を味わうためにも、『ピーターとアリス』は必見と、改めて確信することができた。



文:演劇ジャーナリスト 伊達なつめ



<公演情報>
舞台『ピーターとアリス』



作:ジョン・ローガン
翻訳:早船歌江子
演出:熊林弘高



【キャスト】
不思議の国のアリス:古川琴音
ピーター・パン:青木柚
ルイス・キャロル:飯田基祐
ジェームズ・バリー:岡田義徳
マイケル・デイヴィス/レジナルド・ハーグリーヴス:簡秀吉
アーサー・デイヴィス:山森大輔
ピーター・ルウェリン・デイヴィス:佐藤寛太
アリス・リデル・ハーグリーヴス:麻実れい



【東京公演】
2026年2月9日(月)~23日(月・祝)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス



【大阪公演】
2026年2月28日(土)~3月2日(月)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ



関連リンク

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/peteralice2026/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2562608&afid=P66)



公式サイト:
https://www.umegei.com/peteralice2026/

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