
中村勘九郎と中村七之助が一門と共に全国を巡演する「新緑歌舞伎特別公演2025」が、5月3日、華やかに幕を開けた。2005年からほぼ毎年開催されているだけに、各地のファンが心待ちにしている本公演。
幕が開くと、司会の吉崎典子アナウンサーの呼び込みで、勘九郎と七之助、中村鶴松の3人が登場。大きな拍手の中、巡業公演が21年目を迎えたことを聞かれた勘九郎は、「この公演で初めて生の歌舞伎をご覧になったお客様が、歌舞伎座や南座、大阪松竹座(での歌舞伎公演)に足をお運びになることが多いと聞いて、長年やってきてよかったなとつくづく思います」と感慨深げだ。

中村勘九郎
今回の2作品については、まず七之助が『高尾懺悔』を解説。
「高尾という吉原の有名な太夫が四季折々の情景を表しながらしっとりと踊るのですが、高尾はもう亡くなっていて、亡霊なんです。静かな踊りですし、もしかしたら初心者向けではない演目かもしれませんが、特別公演はチャレンジの場でもありますので、あえて選ばせていただきました」と語る。
続いて勘九郎も『太刀盗人』について、「こちらも初めての演目です。いま歌舞伎座で尾上菊五郎さんと尾上菊之助さんの襲名披露公演中ですが、そちらにご出演でお忙しいはずの尾上松緑さんと坂東彦三郎さん、坂東亀蔵さんに丁寧に教えていただきました。大変ありがたく、心して挑みたいです」と意気込む。
続いてのQ&Aでは、客席から多くの手が上がった。「七之助さんの女方が艶めかしいので、色気の参考にしたいです。

中村七之助
また、3月の歌舞伎座『仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官が好評を博した勘九郎には、「その時の楽屋エピソードを教えてください」という質問が。「久しぶりの『忠臣蔵』の通し狂言ということで、楽屋でも皆が楽しそうだったのが印象深いです。お互いに歌舞伎が好きなんだなって、改めて感じられましたね」と勘九郎は振り返る。
鶴松へは「普段は好青年でいらっしゃるのに、(天守物語の)亀姫など少し悪いお姫様が魅力的なのはなぜですか」という質問。勘九郎が「普段の黒い中身が出てるんだよね」とイジると、慌てて鶴松が「私は純粋な人間なので、一所懸命勤めているだけです!」と返し、笑いに包まれるひと幕も。鶴松にとって3年ぶり2回目の自主公演「鶴明会」が9月に催されることも発表され、客席から歓声が上がっていた。

中村鶴松
『高尾懺悔』『太刀盗人』の支度のために3人が退場すると、今度は中村小三郎と澤村國久が登壇して「ミニ歌舞伎塾」がスタート。前半は歌舞伎の効果音を紹介し、國久の軽妙な語りに乗せて中村仲之助が実際に使われている道具で“雨の音”や“カエルの鳴き声”、“船を漕ぐ音”などをやってみせると、客席は興味津々。

ミニ歌舞伎塾の様子
後半は、舞台上で演者につく後見(こうけん)の仕事について小三郎から説明が。
次はいよいよ『高尾懺悔』の上演。大きなもみじの樹と石灯篭の舞台セットの後ろから登場した高尾太夫(七之助)は、儚げな美しさで客席からは思わずため息が。本作の高尾については諸説あるものの、伊達騒動のきっかけとなった“仙台高尾”(2代目の高尾太夫)がモデルとされている。華々しい世界に生きているように見えて、家の事情で売られてきた悲しみや色々な人を裏切ったことで陥る地獄の責め苦など、吉原の影の部分を繊細な表現で踊り継いでゆく七之助。長唄の歌詞も美しく、舞踊の神髄を堪能できる演目だ。

『高尾懺悔』
休憩を挟んで最後は『太刀盗人』。勘九郎が扮する“すっぱ”(スリ)の九郎兵衛が、鶴松演じる田舎者万兵衛の持っている立派な太刀を盗もうとするコミカルな物語だ。互いに自分の太刀だと譲らないふたりの間に入り、裁きに入るのは目代丁字左衛門(昼は中村山左衛門/夜は中村いてう)と従者藤内(昼は中村仲助/夜は中村仲侍)。太刀の由来や銘などを聞かれて答える万兵衛の真似をするものの、絶妙にズレた答えや踊りを披露する九郎兵衛が見どころだ。

『太刀盗人』
公演に先立って行われた取材会では、「長唄の歌詞が分かるとグッと理解が深まると思うので、パンフレットにはいつも歌詞を載せているんですよ」と語っていた勘九郎。丁寧な解説はもちろん、近作の舞台写真も多く掲載されているので、より作品を知りたいという方には、こちらもぜひオススメしておきたい。
取材・文:藤野さくら
<公演情報>
「中村勘九郎 中村七之助 新緑歌舞伎特別公演2025」
【出演】
中村勘九郎、中村七之助、中村鶴松 他
【演目】
1. トーク&ミニ歌舞伎塾
2. 高尾懺悔 長唄囃子連中
高尾太夫 中村七之助
岡村柿紅 作
3. 太刀盗人 長唄囃子連中
すっぱの九郎兵衛 中村勘九郎
目代丁字左衛門 中村山左衛門(昼)/中村いてう(夜)
従者藤内 中村仲助(昼)/中村仲侍(夜)
田舎者万兵衛 中村鶴松
【日程】※終了分は割愛
5月10日(土) 愛媛・松山市民会館 大ホール
5月11日(日) 山口・周南市文化会館 大ホール
5月13日(火) 岡山・倉敷市民会館
5月14日(水) 広島・広島文化学園HBGホール
5月16日(金) 兵庫・アクリエひめじ(姫路市文化コンベンションセンター)大ホール
5月17日(土) 大阪・フェニーチェ堺(堺市民芸術文化ホール)大ホール
5月18日(日) 大阪・箕面市立文化芸能劇場 大ホール
5月20日(火) 埼玉・RaiBoC Hallレイボックホール(市民会館おおみや)大ホール
5月21日(水) 山形・やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)大ホール
5月24日(土) 北海道・函館市民会館 大ホール
5月25日(日) 北海道・カナモトホール(札幌市民ホール)大ホール
公式サイト:
https://nakamuraya-tour.srptokyo.com/