舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ
『大地の子』より © 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.

山崎豊子の代表作のひとつで、ドラマ化もされ今なおファンの多い『大地の子』。この歴史大作をマキノノゾミ脚本、栗山民也演出により舞台化、2月26日、東京・明治座でその幕を開ける。

そこで開幕前日に行われた、公開ゲネプロの模様をレポートする。



第二次世界大戦後、戦争孤児として中国の地に取り残され、妹のあつ子とも離れ離れになってしまった7歳の少年・勝男。危うく売られそうになるが、小学校教師の陸徳志(ルートウチ)に救われると、一心(イーシン)と名づけられ大切に育てられる。周囲から“小日本鬼子(シャオリーベングイズ)”と罵られながらも、優秀な青年として成長していく一心。しかし文化大革命の影は、彼の運命を大きく変えていき……。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

原作は単行本全3巻に及ぶ一大巨編。原作者の山崎は、中国へと足を運び、実際に多くの戦争孤児の話を聞いた上で本作を書き上げた。その作品自体が持つ強さゆえ、上演時間3時間半(休憩込み)という大作ながら、観客の心を最後まで掴んで決して離すことはない。だがそれだけの大作ゆえ、舞台作品としてまとめる上で、いいとこどりの寄せ集めになってしまう、そんな危険性もはらんでいたことは間違いないだろう。



しかしそこは脚本のマキノがやはりうまい。ポイントは原作ではそこまで登場頻度の多くなかった、張玉花(ツァンユウホワ=一心と生き別れになった妹のあつ子)を語り部としている点。一心も玉花も戦争孤児であることに変わりはないが、ふたりの間には大きな違いがある。

陸徳志から実子のように愛情深く育てられた一心と、愛を知らぬまま病を抱える玉花。そんな彼女の語りからこの物語は始まる。彼女の身体を通して語られるのは、玉花を代表する言葉を持たぬ者たちの“記憶”。大きな力でいとも無かったことにされてしまうその無念の“記憶”に、舞台版では焦点を当てている。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

かけがえのない育ての親を得た一心だが、もちろん順風満帆だったわけではない。誰よりも立派な“中国人民”になりたいと願いながら、“日本人”であることが常に彼を苦しめる。差別され、疑われ、ついには無実の罪によって労働改造所(ラオガイ)に送られてしまう。戦争は終戦を迎えればすべて片が付くわけではない。差別や恐れといったそこから生まれる負の感情が、さらに多くの人々を傷つけていく。そしてそれはこの時代の中国に限ったことではない。今の世界に漂う空気が当時と全く変わっていない、もしかするともっと嫌なものに変容しつつあるのではないか。その状況を思うと、やるせなさを感じざるを得ない。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

さらに一心が、玉花が、そしてこの作品に登場するすべての人物が、どうしようもない悲しみを抱えて生きている。一心と玉花の実の父親・松本耕次は、満蒙開拓団に参加した結果、自分ひとりが生き残ってしまったという自責の念に長年苦しむことになる。一心の妻・江月梅(チアンユエメイ)は、反革命分子と疑われたことで実の父親を自殺で亡くしている。第二次世界大戦、文化大革命という歴史的に大きな流れの中において、それはしょうがないことだったのか。いや、そうではない。そう言い続けなければいけないことを、本作の登場人物たちは身を持って訴えかける。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

栗山の演出は、そんな中で必死に生きる人間の姿を生々しく描き出す。舞台奥に登場するシルエットがまた効果的で、影だけの有象無象だった者たちが、照明の変化によってしっかり顔が見える人間になる。これも本作を象徴する演劇的表現だと言えるだろう。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

役者は皆いいが、やはり玉花役の奈緒を一番に挙げたい。現実と理想のふたつの姿。そして語り部としての物語を進めていく力。

そのどれもが素晴らしく、俳優としての底知れなさを感じた。一心役の井上芳雄は、作品の軸として決してブレることなく存在し、月梅役の上白石萌歌は、凛とした佇まいと芯の強さで強い印象を残す。そして松本役の益岡徹、陸徳志役の山西惇というベテランふたりが、しっかりとこの重厚な作品を脇から支えていた。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

あの『大地の子』をどう舞台化するのか。不安がなかったわけではないが、栗山を中心とするさすがのカンパニー力で、忘れ難い一作へと仕上げた。ただより深く作品を楽しみたいという方は、事前に当時の日本と中国の関係、歴史的背景などを調べておくことをおすすめしたい。



舞台『大地の子』開幕 井上芳雄・奈緒・上白石萌歌が挑む、壮絶なる人間ドラマ

取材・文:野上瑠美子



<公演情報>
『大地の子』



原作:山崎豊子『大地の子』(文春文庫)
脚本:マキノノゾミ
演出:栗山民也



【キャスト】
陸一心(松本勝男):井上芳雄
張玉花(あつ子):奈緒
江月梅:上白石萌歌
陸徳志:山西惇
松本耕次:益岡徹



袁力本:飯田洋輔
黄書海:浅野雅博



増子倭文江
山﨑薫
山下裕子
みやなおこ
石田圭祐
櫻井章喜
木津誠之
武岡淳一



薄平広樹 岡本敏明 加藤大祐 越塚学 西原やすあき
咲花莉帆 清水優譲 武市佳久 田嶋佳子 常住富大
角田萌果 内藤裕志 松尾樹 松村朋子 丸川敬之(五十音順)



2026年2月26日(木) ~3月17日(火)
会場:東京・明治座



関連リンク

チケット情報:
https://w.pia.jp/t/sote/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2563019&afid=P66)



公式サイト:
https://daichinoko-stage.jp/

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