
竹野内豊が主演を務める新作映画『雪風 YUKIKAZE』が公開中だ。
異色作『唄う六人の女』や、福島第一原子力発電所事故を描いたNetflix作品『THE DAYS』など、近年の竹野内は、作品の規模や話題性だけでなく、自身のキャリアで挑んだことのない作品や、自身の想いとシンクロする作品を丁寧に選んで出演しているように思える。
「現代は情報があふれていますから、日本を外から客観的に見ることもできるわけですが、日常生活をしていく中でも違和感を感じる瞬間も増えているのではないかと思うんです。
みなさん潜在的には自分の生まれた国のことがすごく好きだと思いますが、今の日本にどのくらい誇りを持てているだろうか?とふと思うことがあります。この国でも戦争を身近に感じてしまうことが増えてきましたし、それぞれひとりひとりが本気で意識を変えていく必要があるのかもしれない。そう考えていたとき、本作のお話をいただきました」

本作の舞台は、太平洋戦争中に実在した駆逐艦「雪風」。駆逐艦は戦艦よりも小さく高速で航行できる艦で、その機動性を活かして艦隊を護衛したり、兵員や物資の輸送、沈没した艦船の乗員救助など様々な役割を担う。本作は史実をベースに、竹野内演じる寺澤一利艦長が率いる「雪風」が激しい戦争の中で任務に挑み、最後には仲間の命を救い続ける姿を描く。
「2025年は戦後80年、昭和でいうと100年です。このタイミングで、国を守った、人々の命を守った『雪風』の物語が映画化されるのは、偶然ではなくて必然ではないかと思いましたし、単に俳優として出演するのではなく“特別な使命”を帯びるような気持ちでした」
竹野内が語るとおり、本作は観客を魅了するドラマや登場人物を描きながらも、その背後にある実在した人々の想いや覚悟、仲間を命をかけてでも守りたいという決意、哲学が重要な位置を占めている。
「そうですね。だからこそ本作を観ていただいて、学校の勉強のように知識として学ぶのではなく、当時の人たちがどのような思いで、何を考えて生きていたのか、自分たちの先祖の方々がどれだけ高い精神性を持って生きていたのかを、若い世代の方々に知っていただけたら、そんな想いが強くありました。
この映画に出てくる方たちは、戦争の最前線で戦うことになって、自分が日本や家族を守るしかない、自分たちがやらなければ誰がやるんだ?という使命感を持っていらっしゃったと思うんです。

もちろん戦争ともなれば、相手を攻撃する局面もある。誰かの命を奪うこともある。しかし、本作に登場する「雪風」の乗員たちは、自らの命をかけて“命を救う”ことに挑み続ける。興味深いのは、乗員たちが相互に影響を与え合いながら信頼を築き、上下関係や軍の掟ではなく、自らの信念で行動することだ。
「ここに登場する人たちは、軍人でありながらも“ひとりの人間”として行動していて、ひとりひとりが敵味方関係なく、命を大切にする姿が描かれています。寺澤艦長は圧倒的なリーダーで、そこには絶対的な信頼感があったと思いますし、自分の命をかけてでも全員を守ろうとした。何が起こっても心をひとつにして、どんなことがあろうと必ず助け合う。その精神性の高さや、強い信頼関係は、現代を生きる僕からすると、羨ましいとすら思うんです。
もちろん艦長であってもひとりの人間ですから、実際には恐怖や不安を抱えていたと思いますし、乗組員たちも同じ気持ちだったに違いありませんが、一切そういう心情は見せずにいたと思います。
ですから演じる上でも、すべての役者さんが様々な感情を“胸の奥”に秘めて、自分自身のやるべきことを信じて演じられていたのではないでしょうか」
自分自身も相手も常に変化し、成長していく

『雪風 YUKIKAZE』に登場する者たちは、竹野内が説明するとおり、多くを語らず感情を“胸の奥”に秘めている。しかし、演技とは、映画とは本当に不思議なもので、俳優たちの感情や想いは伝わってくる。竹野内もまた、セリフや脚本のみに頼ることなく、目の前の俳優=想いを秘めた人間から影響を受けながら撮影を進めたようだ。
「撮影現場で相手役の俳優さんと実際に対峙したときに湧きあがる感情を大切にしたいという気持ちはあります。もちろん、事前に自分でプランを考えて撮影に臨むこともあるわけですけど、実際に撮影が始まると、自分がそれまで考えていたものとまったく違うシーンになることがよくあります。
スタッフの方と一緒に映画をつくっていく中で、そのような取組みをひとつひとつ丁寧に積み上げていくことで、いつの間にか自分がそれまでイメージしていなかったようなシーンができたり、想像もしていなかった作品に出来上がっていることがあるんです。
俳優業に限らず、仕事は、そのように予期せぬことが起こるからこそ面白いと思いますし、新たな学びと気づきがあるからこそ、続けられるんじゃないかと思っています」

撮影中に竹野内が変化していったのと同じく、劇中の寺澤艦長や乗員たちもまた、相手の“胸の奥”の想いを受け止めて変化し、成長していく。映画の冒頭で寺澤艦長はこの戦争の行末が見えている人物として登場する。この戦いは勝つことのない戦争だと分かっていてもなお、彼は艦長として艦に乗るのだ。しかし、彼は「雪風」の乗員と行動を共にする中で予期していなかった変化を遂げていく。彼は何のために艦に乗り、どう変化していったのか? すべてを見通す聡明な男に訪れる予想外の成長と変化を、竹野内は繊細な演技を積み重ねて見事に表現している。
「寺澤艦長も乗員も変わっていく。自分自身も相手も常に変化し、成長していくのだと思います」
彼らは過酷な状況下で、共に生き、共に使命を背負い、共に成長していく。艦長が指導するだけでも、乗員が意見するだけでもない。彼らは同じ艦に乗り、同じ海を行き、それぞれが成長して仲間になっていく。

『雪風 YUKIKAZE』 (C)2025 Yukikaze Partners.
<作品情報>
『雪風 YUKIKAZE』
公開中
(C)2025 Yukikaze Partners.
取材・文:中谷祐介(ぴあ)
撮影:源賀津己
ヘアメイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)
スタイリスト:下田梨来