高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」
(撮影/米玉利朋子)

俳優というのは、不思議な職業だ。本来なら、カメラの前で、あるいは板の上で芝居をする。ただそれだけで良かったはずだ。

けれど、実際のところはそういうわけにはいかない。たとえば、こうした取材の場でも「自分の話」が求められる。どういう人間で、何を考えていて、どんなふうに生きていきたいのか。その言葉によって注目されたり、好感を抱かれたり、あるいは反発されたり、失望されたりする。

特に「家族」なんてテーマだとなおさらだ。今や家族を絶対のものと礼賛することは、家族によって傷つけられた人を苦しめることになる。その難しさをわかっている人間ほど慎重に言葉を選び、何重にも予防線を張って神経をめぐらせる。優しい人ほど、表に立って話すことが難しくなってきた社会だと思う。

「僕は全方位に気を遣って喋ることは基本的にできないと思っているんですよね」

家族の話題になったとき、高杉真宙はまずそう前置きを入れた。

「僕にも家族がいて、みなさんにも家族がいて、その関係性は人それぞれ。他の人から見たら僕の家族が幸せに見えるかもしれないし。逆に僕も他の人の家族を幸せそうに見ているときもあると思う。でも、その実態なんて誰もわからない。そこはもうどうしようもないと思う」

なぜこんな話題になったかというと、彼が主演した映画『架空の犬と嘘をつく猫』が文字通り「家族」の物語だから。

次男の死が受け入れられず空想の世界へと目をそらす母のために、高杉真宙演じる長男・羽猫山吹は弟のふりをして手紙を書き続ける。優しい嘘がつなぎ止めたいびつな家族の関係は、どこへ辿り着くのか。

これは、高杉真宙の「家族」と「嘘」と「優しさ」についてのインタビューだ。



家族って“血のつながっている他人”だと思っている

高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

若くして芸能界に飛び込んだ高杉真宙は、中学2年生のときに親元を離れ単身上京した。一般的な尺度からすると、あまりに早い巣立ちだ。そんなこともあってか、かつてテレビ番組で家族について、大好きだけどあまり連絡をとることはないと明かしたこともあった。今、改めて家族はどういう存在かと尋ねると、高杉真宙はなんと答えるだろうか。



「僕にとって家族は無償で助けることができる人たち。もちろん本当はお互い助け合いだと思うんですけどね。今ここで話すことは僕個人の観点でしかないから、助けたい人たちっていう言い方が合ってると思います」



高杉には、下に二人の弟がいる。それぞれ大人になったことで、関係性も子ども時代とは変わってきた。



「僕も大人になった分、“長男だからこそ感じること”というのが増えてきて。弟たちに対して、これは言わなきゃいけないということも出てくるわけです。でも、実際問題、親のそばにいるのは弟たちのほうで。離れて暮らす僕は、弟たちに責任を負わせていることになる。なのに、口だけ出しているみたいな感じになって、自分でもやだなって思うし。でも、どうしようもないから言うしかないし、みたいな。面倒くさいな家族って思う場面はありますよ、それなりには」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

不完全で、やっかいで、でもどこか愛おしい――。映画の惹句では、家族をそう形容している。



「僕は家族って“血のつながっている他人”だと思っているんです。ただ、そこがこの映画のよくできているなと思うところで、血というものってやっぱり切っても切れないものがある。離れていても、近くにいても、血はついて回るもので、どうしたって頭の片隅には血の分けた家族がい続けるものなんです。いくらあがいたところで、自分が親から生まれたという事実は覆せない。家族って不思議なものだなと思います」



たとえば友人や恋人なら、気が合わなければいつでも関係を断ち切れる。そして、一度ブロックしてしまえば、もう二度と接点をとる必要がない。でも家族は違う。仮に縁を切っても、血と法のつながりは切れない。



だからこそ、やり直せるチャンスがあるのもまた家族だったりする。『架空の犬と嘘をつく猫』は、壊れた家族の再生の物語だ。そして、家族の綻びを縫い止めていたのが、山吹のついた嘘だった。



「嘘も包丁も同じですよね。使いようによっては、役に立つこともあれば誰かを傷つけることもある。要は、使い方次第なんです。僕は別に真実を伝えることだけが正義だとは思っていなくて。いや、それ言わなくてもいいじゃんみたいなことっていっぱいあるじゃないですか。それで場を乱したり相手に嫌な思いをさせるくらいなら、時には嘘をつくことも必要。なんなら大人になればなるほど嘘が必要な場面って増えてくるものだと思っています」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

かな子さんとは体質が絶妙に合っちゃっていた

高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

相手を思い、言葉や行動を選ぶこと。それが、つまり優しさだ。高杉の演じた羽猫山吹は、オーソドックスな見方をするなら優しい人。でも、高杉の解釈はちょっと違う。



「山吹は、優しいという言葉を嫌っている人。演じるにあたって、まずそこを土台に置いていました。山吹は他人のことを思って優しくしていたんじゃなくて、自分を優しく見せるために優しくあろうとしていた。彼は、自分でつくった優しくなければいけないというルールで自分の人生を縛っちゃったんですね。だから、他人から頼られたら断れない人間になってしまったのかなと」



そんな山吹の人間性を引き出すのが、中学時代に出会った初恋の女性・かな子だ。大人になって再び山吹の前に現れたかな子は、困ったことがあるたびに山吹に助けを求める。そんなかな子とのクライマックスが、個人的に本作における高杉真宙のハイライトと称えたいシーンとなっていた。



「かな子さんは親に抑制されて生きてきて、山吹は山吹で幼い頃に課した自分へのルールに縛られて生きてきた。そういう二人の体質が絶妙に合っちゃったんでしょうね。決して恋愛的な意味ではなく、お互いの持っているものがわかりやすく作用する二人だったんだと思います」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

山吹には、やがて頼という恋人ができる。にもかかわらず、かな子に誘われると断りきれず、頼を置いてかなこについていってしまう。



「あそこが今回いちばんわけわかんないなと思ったポイントでした。なんでそこでかな子さんのほうに行っちゃうんだよって(笑)」



だが、頼と愛を深めることで、山吹は変わっていく。かな子と山吹の関係を、高杉は「環境を変えられなかった女性と、自分を変えられた男性の対比」だと捉えて、クライマックスのシーンに臨んだ。



「山吹にとっての決着の場所。あそこでとった行動が、ずっと自分を優しく見せるために振る舞っていた山吹の本当の誠意だと思っています」



山場となるシーンだが、高杉はみだりに感情を消費させない。その抑制の効いた演技に、このシーンの美しさがある。



「きっと山吹は怒鳴れない人なんです。あの場は、山吹にとっても大切な場。そこで感情をむき出しにして他人を攻撃することは、大切な場を自ら汚すことになる。彼なりの気遣いなんです。もちろん、その気遣いはかな子さんに向けたものではなくて、あの場の主役である人に向けてですけど」



本作は、機能不全に陥った羽猫家の約30年を描いた物語である。子役からバトンを受け継いだ高杉は、山吹の青年から大人になっていくグラデーションを繊細に演じ上げた。



「あそこのかな子さんへの態度を見て、ああ、山吹も大人になったなと思いました。そして、あのシーンがあったから、そのあとのバスのシーンがある。あそこでけじめをつけられなかったら、山吹は本音を言えなかったと思います」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

すごくわがままな人間だと思いますよ

高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

取材の場での彼を見る限り、高杉真宙はとても良識的で真面目な人だ。現場に入ると挨拶を欠かさず、質問にも一つひとつ丁寧に答える。彼を悪く言う人を聞いたことがない。優しい人、と評価する声のほうが間違いなく多いだろう。



「いや、マジで僕は優しくないと思ってます」



突然「マジで」という砕けた単語が出てきたところに、彼が謙遜でも照れ隠しでもなく、本心でそう思っているのだとわかった。



「もちろん人に対してちゃんと礼儀正しく接しようとか、そういうことは考えていますけど、でも僕にとってそれは優しさじゃないんです。僕がそうするのは、平等でいたいから。小学生の頃から平等という言葉が好きで、それこそ山吹みたいに他人に対して平等でいたいというルールを自分に課したから、それを守っているだけ。別に優しさから来る行動ではないんです。もし僕がやったことに対して、受け取った相手が優しいと感じても、それは僕の優しさではなくて、その人の持っている優しさのバロメーターの基準に達したから、そう感じただけだと思っています」



たとえば、誰かを特別扱いしたとする。そうすれば、その人は喜び、舞い上がるだろう。でも、代わりに特別扱いを受けることのできなかった残りの人たちは、ちょっと不満に感じるかもしれない。だから、誰も特別扱いしない。平等に、分け隔てなく、自分のできることを過不足のない範囲で提供する。



「だから、むしろ冷たいんじゃないかな。平等って冷たいってことでもあるから」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

華やかな芸能界に長年身を置きながら、高杉真宙が熱に浮かされたようなところがまるでないのは、彼のこのちょっと達観した考え方にあるのかもしれない。



「すごくわがままな人間だと思いますよ。人に平等を強いるって、そういうことだし。ちょっとドライなところもあって、物に対する執着も全然ないんです。大事にしたい物はあるし、なくなったら嫌だなとは思うけど、なくなったらなくなったで仕方ないか、物だし、みたいに割り切っているところがある。何事に対しても俯瞰でいたい、という気持ちがあるんだと思います。きっとそれも平等でいたいという気持ちから来るものなんでしょうね。なんかそんな気がします」



柔らかな物腰とは裏腹に、実は意志が強くてブレない。また一つ高杉真宙の解像度が上がった気がした。



「ただ、じゃあ誰に対しても全然変わらないかと言ったら、そんなことはなくて。関係性の中で変わっていくものはあると思います。それこそ何度も撮ってもらっているカメラマンさんの前でしか見せない表情もあるだろうし、今ここでお話ししたことも他の人に聞かれたら答えなかったかもしれない。人と関係性を構築することが、自分の変化を生む。そこは好きだし、楽しんでいる部分だと思います」



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

こうして高杉真宙は「自分の話」を終えた。彼の話した言葉に共感する人もいれば、イメージが変わったと言う人もいるかもしれない。自分とは違う他人を演じながら、自分という人間が注目される。やっぱり俳優は不思議な職業だ。



ただ一つ、わかったことがある。高杉真宙の芝居がすっと胸に届くのは、彼がいい意味で役のことも作品のことも俯瞰して見ているからだと思った。平等でいたい彼は、役といい距離を保ち、余計な不純物を混ぜない。だから観客は、ノイズを感じることなく役に気持ちを乗せられる。



そしてそんな高杉真宙のことを、私たちは俳優としても、人としても、信頼している。



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

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<作品情報>
『架空の犬と嘘をつく猫』



2026年1月9日(金) より全国ロードショー©2025 映画『架空の犬と嘘をつく猫』製作委員会



高杉真宙が自分のことを優しくないと言い切る理由「平等って冷たいってことでもあるから」

高杉真宙
伊藤万理華 深川麻衣 安藤裕子 向里祐香 ヒコロヒー
鈴木砂羽 松岡依郁美 森田 想 高尾悠希 後藤剛範 長友郁真 はなわ
/安田 顕 余 貴美子 柄本 明
監督:森ガキ侑大
脚本:菅野友恵 
原作:寺地はるな『架空の犬と嘘をつく猫』(中央公論新社刊)
音楽:Cali Wang



■STORY
1988年、佐賀県のある街。
小学三年生の羽猫山吹は、事故で弟を亡くしたその日から、家族の“嘘”に寄り添い、みなに合わせて生きてきた。現実を受け入れられず、空想の世界で溺愛していた亡き子を追い求め続ける母。その母を慰めるため、山吹は“弟になりすました手紙”を書き続ける。そんな母を受け入れられず、愛人のもとに逃げる父、裏山に遊園地を作ろうと夢を語る祖父、家族の中では比較的まともに見えるが、骨董屋の仕事で“嘘”を扱っている祖母。姉の紅は「嘘と嘘つきが嫌い」とすべてに対して反抗している。
1993年、中学二年生になった山吹。祖父が亡くなったこと以外、ほかの家族に変化はない。山吹は今も心を病んだ母を支えるために嘘を書き続けていた。成績不振の山吹は、塾に通い出し、そこで出会った一歳年上のかな子に初恋をする。母親と別れ、塾を営む叔父のもとで暮らす彼女に、山吹はどこか自分を重ねていた。そんなある日、高熱を出した山吹を気にかけない母に、紅は『お母さんなんて大嫌い』と言い放ち、家を出て行ったまま消息を絶つ。
1998年、19歳。専門学校に進学した山吹は、実家を出た後も母に手紙を書き続けていた。そしてバイト先で、引越しで疎遠になっていた小学校時代の幼馴染・頼と再会する。
2003年、24歳。印刷会社に勤める山吹は、頼と共に児童施設を訪れるなど、彼女と一緒に過ごす時間が増えていく。山吹は頼と共に歩む未来を見つけようとしていたが、初恋のかな子の存在は、二人の関係に静かに影を落とし続けていた。
やがて頼との結婚を決意した山吹は、長く消息を絶っていた姉・紅の居場所を調べて尋ねる。母のこと、亡くなった弟、青磁のこと。山吹は紅に対して抱えていたものをすべて吐き出した。
2008年、29歳、会社の倒産。不妊に悩む頼。祖母の死。重なる試練の中で、家族との距離はなおも揺らぎ続けていた。
そして祖母の葬儀の日。母、紅、父――バラバラに生きてきた人々が顔を合わせる。そこへ、雨に濡れ、泣きながら現れるかな子。
そんなかな子を前に、山吹がとった行動は――。




撮影/米玉利朋子、取材・文/横川良明



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