
映画の印象が強い河合優実だが、彼女が芝居の道を志すきっかけとなったのは舞台だった。
高校最後の文化祭。
奇しくもその夏、『コーラスライン』の来日公演が渋谷で上演された。練習の合間を縫って足を運んだその舞台を観て、河合優実は役者になると決意した。令和を彩る新世代女優が生まれた瞬間だった。
あれから7年。河合優実が4度目の舞台に立つ。“世間に見つかった”彼女が挑む演目は、岩松了の新作『私を探さないで』。私たちは劇場で、まだ知らない河合優実を発見する。
『あんぱん』のあのシーンは、放送を観て「いいカットだな」とうれしくなりました

高校3年生のときに、クラスメイトの女子が失踪した。彼女の名前は、三沢アキラ。教室の隅にいつもポツンといるような少女だったという。アキラを演じるのが、河合優実。
「プレスのコメントを読んだときは、そんなことを思って書いてくださったんだとゾクゾクするような気持ちでした。もちろん岩松さんの思い描くイメージを裏切れないというプレッシャーもあります。期待と不安、どっちもという感じです」
河合優実には、観る者の予感を呼び起こす不思議な力がある。彼女がそこに佇んでいるだけで、何を考えているのか読み取りたいと胸がはやり、台本には描かれていないドラマまで想像を膨らませてしまう。
「私自身が、自分の気持ちとか今感じていることを常に表に出すタイプじゃないのだと思います。緊張しているときも、全然緊張しているように見えないと言われることも。そういうところがあるから、お芝居でも観ている人が積極的に解釈をしてくれるのかもしれない」
河合優実は、芝居で説明をしない。彼女の独特のニュアンスは、わかりやすい喜怒哀楽で役の感情を表現しようとしない姿勢から生まれているもののように思える。

「全部を解放しているほうが面白い役もあると思いますし、私が演じてきた役は、どちらかというとそうじゃない表現をしたほうが面白いものがたまたま多かった。だから、どこまで見せて、どこからは見せないのか。
『あんのこと』『ナミビアの砂漠』と主演作が続き、第48回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞をはじめ、その年の映画賞を総なめ。24歳にして、実力は誰もが認めるところだ。ならば、当の本人は「河合優実の芝居」をどう見ているのだろうか。
「初号(試写)を観て、反省したり、後悔することもたくさんあって、そのたびにめっちゃ悔しくて泣くこともあります。いいものを残せたなと思う瞬間ももちろんあります。ただそれは演技者である自分だけの力じゃないです」
放送中の連続テレビ小説『あんぱん』では、ヒロインの妹・蘭子を演じている。愛する豪(細田佳央太)の戦死の報を受け、思い出の空き地で豪を偲ぶシーンは大きな話題を呼んだ。台詞はない。涙をこぼすわけでもない。ただ唇に手を添え、豪のいた場所に目線を落としているだけ。なのに、蘭子の喪失感が痛いほど伝わってくる。説明しない河合優実の芝居の豊かさに、視聴者はただ言葉を失った。
「あれこそまさに、役の素敵な瞬間を撮ってもらえたシーンでした。朝ドラの現場では毎回はモニターを見ていないんですね。だから、あのシーンがどうなっているかは私も放送で初めてチェックして。いいカットだなって、うれしくなりました。私のお芝居がよく見えたとしたら、それは豪役の細田さんだったり、監督や各技術部のみなさんの力もあってのこと。私の力は、ごく一部でしかないと思う」


頭で理解できていなくても、まず体を動かしてみる
古くから「映画は監督のもの、舞台は役者のもの」と言われる。3年ぶりの舞台は、河合優実の真価と現在地を目撃する絶好の機会だ。しかもタッグを組むのが、日本演劇界の重鎮・岩松了とあらば、否応なしに期待は高まる。
「岩松さんの作品は、“お届けする”というより“置いておく”みたいな感じを受けます。自分が観客として観ているときは、舞台上の人たちが何を考えてやっているのか未知数。お客さんと演者の関係性が、他とは違う感じがします」
時に難解と評されることもある岩松ワールド。その世界を生きるために必要なことは何か。

「あんまり理屈で考えすぎず、1回思い切ってやってみることも大事なのかなと。
映像にもリハーサルはあるが、芝居を練り込む時間は圧倒的に舞台のほうが長い。模索し、失敗し、また模索する。その試行錯誤の時間の豊かさを、河合優実はもうすでによく知っている。
「前回の『ドライブイン カリフォルニア』が、私にとってすごくハードルが高かったんです。作演出は松尾スズキさん。キャストもモンスターのように面白い俳優さんばかり。本当にこの中で自分はできるのかなって萎縮して、なかなか最初のうちは思うよう自由に動いたり演じることができない期間が続きました。やっとスタートラインに立てたと思ったのは、稽古が終わるとき。
だから、今回も大いに悩む。迷って、頭を抱えて、這い上がった先にしか見られない景色があると信じて。
最近、高校の同窓会に行きました
河合が演じるアキラは、高校在学中に突然姿を消した。そんなふうに忽然と消息を絶つ失踪者が日本には年間およそ8万人ほどいるという。
「連絡先を1回全部消す、みたいな人間関係リセット症候群が増えているという話を最近聞いて。本来の失踪とは違うけど、ある意味それもカジュアルな失踪みたいなものですよね。たぶん人生を終わらせたいわけではなくて。今持っているものを1回全部捨てたい。だけど、生きていたいという状態が失踪なのかな」
河合優実にもあるのだろうか。全部を捨てて、リセットボタンを押したくなるときが。
「基本的にはないです。でも、よぎることはあったり。
そんなアキラの失踪に対し、主人公の古賀アキオ(勝地涼)は自分にも原因があったのではないかという贖罪意識に駆られていた。その罪悪感は誠実であると同時に、他者の人生に自らが介入しているという傲慢さもかすかに匂う。

「アキオがどれくらいの意識でそう思っているのかはまだ私もわかっていないのですが、贖罪意識を持つことで安心できる部分ってあるなとは思います。もういない人に対して、自分のせいだったのか否かって、確かめようがない。でも、そうやって過去に起きた出来事に対して申し訳ないと胸を痛めている自分でいたほうが安心してしまうような身勝手さは、私もよくわかります」
人生はいくつもの出会いと別れが積み重なって形作られていく。どんなに無数の出会いがあったところで、継続的な付き合いのできる相手なんてひと握りだ。もう会わなくなった誰か、会えなくなった誰かは、ある意味では自らの人生から退場した“失踪者”と言える。そして人には、そうやって消えてしまった人に不意に思いを馳せる瞬間がある。
「私はあんまりそういうことを考えたことが今までなかったんですよ。過去にそんなに執着がないのかもしれません。どちらかと言うと、見据えているのは今と未来。でも、24年生きて、ちょっとは経験がたまってきたからなのか、最近、昔出会った人たちに思いを馳せる機会がありました」
それが、高校のクラスメイトとの同窓会だ。高校1年生のときに机を並べた旧友たちとの再会が、河合優実に人生の機微を教えた。
「SNSでつながっていないと、みんなについての記憶が高校時代で止まっていて、私のイメージの中にはその延長線というものが全くない。でも、当たり前ですけど、その子たちの人生は続いていて。仕事をしたり、それぞれの日常を生きている。本当に当たり前のことなんですけど、それがなんだかすごく不思議だなって感じました」
24歳。それぞれ社会に出て、少しずつ大人の輪郭を掴み取る時期だ。
「みんなそれぞれ仕事をゲットして、今を頑張っている。そう感じられたことがすごい良かったなって。と同時に、ちょっとずつ共通言語が減っていってる寂しさもあって。昔話なんかも、覚えている人もいれば覚えていない人もいる。そういうズレも含めて、楽しい同窓会でした」
高校1年生の河合優実は、まだ何者でもなかった。時を経て、「有名人」という肩書きを得て臨む同窓会とは、どういう感覚なのか。興味本位で尋ねると、なんでもない顔をして「あんまり変に意識はしていなかったです」と答える。
「向こうもフラットに接してくれたから、特にこっちも構えることはなかったです。あ、ただちょっと思うことがあって。向こうは、現在の私を知ってるわけですよね。でも、私はみんなが今何をしているのか知らないっていう。それがフェアじゃない気がしました(笑)」

河合優実のパブリックイメージは、ミステリアスでアンニュイ。年齢に似合わぬ哀愁と鬱屈を帯びていて、その気配が観る者の目を奪う。
だが、実際の彼女は思ったよりも、いい意味で普通だ。ハイテンションということはないけれど、聞かれたことには誠実に答え、時折ユーモアを混ぜ込む。取材の終わりには、きちんと「ありがとうございました」と礼を言う。何者でもなかった頃の自分と変わらないでいようという、質実な意志をそこに感じた。
そんな彼女が役をまとうと、艶やかにも、寂しげにも色を変える。だから、作家も、観客も、まだ見たことのない河合優実を探し続けてしまうのだ。
取材・文:横川良明 撮影:You Ishii
ヘアメイク:村上綾 スタイリスト:高橋茉優
衣裳=ドレス¥53,900(マメ△クロゴウチ / マメ△クロゴウチ△オンラインストア www.mamekurogouchi.com(https://www.mamekurogouchi.com/) )
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<公演情報>
M&Oplaysプロデュース『私を探さないで』
作・演出:岩松了
出演:勝地涼、河合優実、富山えり子、篠原悠伸、新名基浩、岩松了、小泉今日子
【東京公演】
2025年10月11日(土)~11月3日(月・祝)
会場:本多劇場
【大阪公演】
2025年11月6日(木)~11月10日(月)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
【富山公演】
2025年11月12日(水)
会場:富山県民会館ホール
【愛知公演】
2025年11月15日(土)・16日(日)
会場:東海市芸術劇場大ホール
【広島公演】
2025年11月19日(水)
会場:JMSアステールプラザ 大ホール
【岡山公演】
2025年11月22日(土)・23日(日)
会場:岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/watashi/(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2558994&afid=P66)
公式サイト:
https://mo-plays.com/watashi/