
2025年7月、新国立劇場が上演する『消えていくなら朝』は、劇作家・脚本家・演出家の蓬莱竜太が2018年に同劇場のために書き下ろした戯曲だ。初演では当時の演劇芸術監督、宮田慶子が演出したが、今回は蓬莱自身の演出による上演が実現、新国立劇場が展開するフルオーディション企画第7弾の公演としても注目される。
フルオーディション企画ならではの体験に
社会の最小単位である家族が織りなすさまざまな風景から、今日の社会を照らし出すシリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3として上演される本作。蓬莱が自身と、自身の家族をモチーフに描きだした”家族“の物語だ。5年ぶりに恋人とともに帰省した作家の定男と父、母、兄、妹の一夜の“団欒”では、家族の歴史、さまざまな問題が明らかにされていく──。2090名の応募者の中から選ばれた6人の俳優が、改めてこの家族に向き合う。
──新国立劇場によるフルオーディション企画の公演となりますが、お三方はそれぞれどのようなお気持ちで取り組まれましたか。

蓬莱 いい企画だなと思っていました。多くの方が応募してくださって、いろんな役者さんに出会えるのは喜びでしたが、どういう基準で次の審査に進めていくのか、その決め方にすごく苦労した覚えはあります。とてもいい芝居をなさっていて、一緒に仕事をしたいなと思っても、家族のバランスを考えるとまた次の機会に、となることもあり、心苦しさも。でも次に芝居をやるときにまた頭によぎる役者さんだろうな、と感じたこともあったので、僕にとってもいい財産になったと思います。
大谷 僕は事務所からこの企画のことを教えてもらって参加したんですが、実際のオーディションでは、共演しない限りお目にかからないような俳優さんとご一緒できる。いろんな人がいて、こういうふうにやることもあるんだ、なるほどと思って、とても面白かったです。
関口 僕は3回目の挑戦でした。
──定男役に関口さんを選ばれた、その決め手はどんなところでしたか。
蓬莱 作家、劇作家であるという匂い、でしょうか。30代後半から40代の役者さんが演じる役ですが、その世代の役者さんは、エネルギーがあるんです。作家というのはもう少し元気じゃないというか──アナンさんがそうじゃないというわけではないですが(笑)。この役は、こう “斜めっている”感じ、でも反骨しているわけではないという匂いが大事だと思っていて、でもそこが難しく、オーディションをしながら「本当にいるんだろうか!?」と焦りが出てきた時にひょっこり彼(関口)が現れ、「あ。ぽいなー」と(笑)。「いた!」という感じは、よく覚えていますね。

関口 合格した直後、モダンスイマーズの劇団員の方から「確かにアナンは若い時の蓬莱に顔が似ている」と言われて、「え? そういうこと?」と思っていたのですが(笑)、蓬莱さんは「そういうことじゃないよ」と。いまその理由を聞けて良かったのですが、斜めっているというのは……。でもそう思ってくださっているのは嬉しいですね。
──父親役の大谷さんについてはいかがですか。
蓬莱 大谷さんには、男であるという匂いがある。どこか自分で哲学していたり、演劇のとらまえ方があったりします。それは、その時代を生きてこられた俳優さんの何かだろうなと感じますし、大谷さんが持っているもの、その力をお借りしたいという思いがすごくあります。
大谷 家族がいて、定男が彼女を連れてきて、話の成り行きで家族のいろんな関係とか昔の話になった時に、バランスを取りつつも、喋るときは喋る。この父親はそういうことをちゃんとやっているんだろうなと思いました。でも、カッとなって言っちゃいけないことを言っちゃうこともあって、すごく面白い。味付けは蓬莱さんにお任せするとして、ちょっと滑稽に見えたほうがいいシーンもきっとあるし、ドキッとする感じになったほうがいい場合もあるでしょう。

蓬莱 何かコントロールして、お客さんをここに持っていくというような芝居ではない気はします。
関口 結局は家族になれるかどうかというところに行き着くのかなとは思いますが、短い時間、一晩の話で、本の中ですごく濃度の濃いことが起こっているので、それをどう表現していけるのか、とは思いますね。食べながら、飲みながらだったりするところも難しく、やったことのないことにまた挑戦していくんだと思いながら、稽古が始まるのを待っています。配役が決まり、とりあえず1回皆さんで本読みをしてみましょうとなった時、気負うことなくやったのに汗だくに。それだけのエネルギーを必要とする作品だな、とも思いました。

「まあそうだよね」と流せる夜も
──蓬莱さんがこの作品を書かれたのは40代前半。家族について書くということに、何か特別な思いはありましたか。
蓬莱 もっと年を取れば、父親母親はいたわるべき、かけがえのない存在になっていく。40代入りたての頃は、「うちの家族って、なんかさ──」ということを言える気持ちがまだ残っている最後の時。その時期にこういうものを書いておくのは、ひとつ意味があるのかなという思いでした。本番を見た時に感じたのは、「想像以上に笑われるんだな、うちの家族」(笑)と。それは救いでもありましたし、自分の中で浄化されるところもありました。宮田さんの演出が、ある種滑稽な家族というところを匂い立たせてくれていて自分で演出する時は、笑いでもなければシリアスでもない状態のところまで持っていけたら、お客さんはどう見るんだろうということにも興味があります。
──演じられるおふたりは、それぞれの役柄についてどのような印象を持たれていますか。
関口 定男はあるひとつのわだかまりをずっと抱えていて、それがトラウマとまで言っていいかはわかりませんが、それがあるからこういう人間になっている──。こう、ずっと思い続けるってすごいことじゃないですか。それとどう向き合っていこうかな、という思いがあります。蓬莱さんは最初に、「何でも聞いてください」と言ってくださって、そういう意味ではありがたいですし、心強いですね。
大谷 今回は、役が決まって1年以上時間があった。それはすごく大きいですね。考える時間をたくさんもらえている。だからといって上手くできるのかというとわかりませんが。いつも台本をもらって最初は、どんなセリフだろうかとか、論理的にはどうなっているのかということを考えがちだけど、今回の芝居で大事なのは、父親という存在はこの家族にとってどういう影響力があり、どういうところで自分を主張するのか──。やはり子供と会えば、父親という存在になる。すごく心配したり、大丈夫かなと思ったり。

──作中で、劇作家の定男は家族に「そんなものが仕事って言えるのか」と責められる場面があります。
大谷 演劇は基本的に「遊び」で、仕事しているなんて思ったことがないんだよなぁ。もちろんちゃんとお金をもらっている以上は、真面目にやらなきゃいけないですが、僕も弟にも言われたことがあるんです。予定を聞かれて、来月の何日は仕事で忙しいと言ったら、「兄貴。兄貴のは、仕事ちゃうねん」、「あ、遊び? ああ、そうやな!」と(笑)。だからこそもっと真剣に遊ばなきゃダメだと。
関口 大谷さんがそう思われているというのは、とても心強いですね。
大谷 野垂れ死にしてもしょうがない、と思っているところもある。野垂れ死ぬのは嫌だし、奥さんに嫌な思いさせたくないと思うけれど、どうなるかなんてわかりませんから。
蓬莱 僕は、もとを正せば普通に働きたくないというところから始まっているということが根底にあるので、好きなことをやってお金をもらえるならば、楽しんでやれれば一番幸せではないかと。
大谷 しかも、若い時は家族にお金を借りたりすることもある。
蓬莱 僕自身は作家としてただ食べるために書くっていうことが、できないです。書くことに対して純粋でいられる題材というものを探して書いていくことになるから、家族にそう言われても仕方ない。でも、あんまり言われると、「そこまで言われることじゃないよ」と言いたくなる時もあるし(笑)、「まあそうだよね」と流せる夜もあります。
この家族に限らず、家族の話はどこかスリリング
──大谷さんはこれまでもたびたびこの新国立劇場にご出演されていますね。新国立劇場の印象は?
大谷 劇場スタッフにはいつもお世話になっています。僕の知り合いや、以前にお仕事したことのある後輩の方がずっとやっていらっしゃるので、ちょっとホッとします(笑)。
関口 僕は、出演が決まった時、「新国でやれるのか!」と。まさか自分がこの企画で、蓬莱さんの作・演出で、こんなに素晴らしい共演者の皆さんとご一緒できるなんて、こんなことがあるんだ!と、すごく幸せな気持ちです。いろんなお客さまが観に来られると思いますが、それによって僕が何か変わることはないけれど、新しい発見もあるのかなとも思っています。
蓬莱 新国立劇場には、作品でお客さんを呼ぶという考え方がある。誰か一人のスターを観に来てもらうのでなく、一つの演劇作品を、より色濃く一つの作品として届けるので、気持ちのいい勝負の仕方ができます。これが印象に残る作品となって、皆さんがこの劇場に足を運びたいと思う流れがどんどん生まれるのはすごくいいこと。自分たちの力でそうなるよう繋げていけたらと思っています。

──観客の皆さまに、この作品のどんなところを楽しみに観に来ていただきたいと?
蓬莱 この家族に限らず、家族の話はどこかスリリングですよね。本音を言っているのか、いないのか、虚勢を張っているのか、いないのか、家族の中でもいろんな駆け引きがある。そういう意味でスリリングな体験をしてもらうことはできるんじゃないかなという思いがあります。
関口 とても人間的なお話ですし、家族という、誰もが共感しやすい入り口がある。終わった後、僕もどうなっているか全然わかりませんが(笑)、帰り道に電車一駅乗り過ごしちゃうぐらいの作品にしたいです。ぜひ期待していただけたらなと思います。
大谷 僕としては、出演者の皆さんやお客さんが「父親」だと感じてくれるよう、お芝居を頑張りたい。子どもの頃は、家族でどこかに出かけることなんてほとんどなくて、親戚の家に行って美味しいケーキを食べるとかが自分にとってのレジャーでしたが、そういう時、遊びに行ったお宅の家長や大人がハハハッて笑って、4時間ぐらい喋っている(笑)。当時は何を喋っているかわからなかったけれど、家族間、親類間でそういう大切な繋がりもあった。ここに出てくるお父さんも我々の世代の人で、そうした父親の象徴。兄弟のいろいろな問題とか、おそらく奥さんには耐えられない嫌なこともあったりして、お父さんの気持ちもよくわかるけど……僕の人生を振り返ってみると、奥さんも気の毒に思えるし──。
蓬莱 それは……、ご自分のこと(笑)?
大谷 そう、自分のことを考えないとね(笑)。
蓬莱 もちろん、そうですね。
取材・文:加藤智子 撮影:引地信彦
<公演情報>
シリーズ「光景―ここから先へと―」Vol.3
『消えていくなら朝』
作・演出:蓬莱竜太
出演:大谷亮介 大沼百合子 関口アナン 田実陽子 坂東希 松本哲也
2025年7月10日(木)~7月27日(日)
会場:新国立劇場 小劇場
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2447450(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2447450&afid=P66)
公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/morningdisappearance/