
日本で初めて説得による精神障害者の移送サービスを行う「トキワ精神保健事務所」を始めた押川剛氏。その押川氏が原作を手がけ、社会の闇をリアルに描いた問題作、漫画『「子供を殺してください」という親たち』(新潮社)に込められた思いとは…。
50歳を過ぎて大学卒業の理由
――前回のインタビューについて、反響はありましたか?
ウチでも書いてもらいたいと、付き合いのある編集者から連絡がありました。「新潮社の漫画が集英社オンラインに出ているんだから、もう解禁でしょ?」って(笑)。やっぱりノンフィクション漫画を開拓したいみたいで、いまはそのニーズがすごくあるんだなと思いました。
あとは、私の記事をずっと追ってくれているような人は、いままで仲間内でしか言えなかったようなことを、外に向かって言ってくれているのが気持ちよかったと言っていましたね。
――押川さんは今年の3月に北九州市立大学を卒業しました。改めて、50歳を過ぎて大学に通おうと思った理由を教えていただけますか?
私が取り組んでいる、触法精神障害者や薬物依存者などの精神疾患分野は、法律的には刑事政策の分野になります。北九州市立大学には刑事政策専門の教授がいたので、もう一回基本から勉強しようと真面目にやりました。そのおかげか卒業時の成績は学科内で五本の指に入ったんですよ。英語の成績が響いて負けちゃったんですけどね(笑)
――大学で得られた学びはありましたか?
ひきこもりは、もともと心理学と教育学の分野とされてきました。かじっている人ならばわかると思いますが、心理学は「見守りなさい」、教育学はすごくわかりやすく言うと「介入しましょう」。そのせめぎ合いで、これまでぶつかってきたわけです。
ですが、心理学的な「見守り」というのは、子供を大事にしてるように見えて、本人に委ねる形、つまり自己責任です。介入をすれば責任を取らなければいけなくなってきますから、それは避けたいと。
「いまの地方の国公立大学は相当やばい」
――心理学でも教育学でもなく、必要なものは何だったのでしょうか?
そこで、私は「ルール」のもとにアプローチできないかと、一から法学を勉強しすることにしたんです。だけど、学んでいくうちに、実は答えは社会学にあると気づいたんです。以前より独学でアメリカの社会学者の(タルコット・)パーソンズの本を読んだりしていましたが、社会学では精神疾患のことや、その子供たちの対応に関して、実に理路整然と書いているんです。例えば、友達親子で育った子供は永遠に承認欲求が強いというような理論は、もうとっくの昔に社会学では答えが出ていたことなんですね。
大学の教授に「押川さんの漫画って社会学だよね」と言われたんです。つまり、私の漫画には「社会でどう生きるか」の解決方法が描かれていて、それは社会学では当たり前のことなんだけど、親も先生も知らないから、子供にも教えられない。だから、高学歴を持っていても社会に通用しない子供が、いまの時代はかわいそうなぐらい多い。本当は社会に通用する子どもを育てたかどうかというだけのシンプルなことなんです。
それをいまは、「本人の意思を尊重」と言って、全て放棄しているじゃないですか。ハッキリ言ってガキに考えなんかあるわけないんですよ……って、こういうことも、やっと集英社オンラインで言えるようになりました。今までは、結構我慢してたんですけどね(笑)
――大学で机を並べた若い学生たちの印象はいかがでしたか?
これもハッキリ言いたいけど、いまの地方の国公立大学は相当やばいです。
パパ活でおっさんを落とすパターンがあるらしく、そのマニュアルに沿ってチームを組んでやっているみたいなんです。で、相手がしつこくなってきたら友達を紹介して、自分はパッといい具合でバックれるみたいなね。
お酒を飲ませてセックスして動画撮影
――他にも現在の大学という空間の闇を感じたことはありますか?
ちなみに、男子学生が狙いを定めた女子学生を落とす方法も全部チームなんですよ。これも私が北九州市立大学で実際に見聞きした事例ですが、だいたい5人いたら2人が地元で、3人は市外や県外から来ています。ターゲットになる女の子は必ず県外の子で、まずグループワークのある授業で、わざとその子を囲んで座る。そして授業にかこつけてLINE交換して、「今度、飲みに行こうよ」と誘うんですが、それはその子のことを好きでもない男の子が担当します。 照れもないから気軽に誘えるんですね。で、お酒を飲ませてセックスするんだけど、それを動画で撮っちゃうんです。
そうしたら「動画見たよ、こんな女の子だったんだね」って、別の男が次から次へとやってくる。実際に、その被害にあった女の子に話を聞いたんだけど、驚くのは別にその男の子たちに対して「殺してやる」みたいな気持ちは芽生えていない。狭い大学内で顔を突き合わせても、普通にやり過ごせるんです。それは我々の時代には無い感覚というか、人間関係までオンラインなのかなぁと思いましたね。
――すごい話ですね……。
そして、そんな彼ら彼女らが、普通の顔をして役所などに就職していくんです。だから、彼らの価値観ではお金に綺麗も汚いもないんですよね。昔は、どうお金を得るかということにもすごくこだわりがあったと思いますが、いまは結果だけ。この感覚は、トー横キッズたちにも共通しているんじゃないかと思います。今のガキたちは、お金にすごくダイレクトですよね。
――押川さんは、トー横(新宿・歌舞伎町、TOHOシネマズ横の通路に溜まる若者たちのコミュニティを指す言葉)の視察もしてきたそうですね。
トー横に食い込んで取材をしている新潮社の記者にエスコートしてもらいました。
――押川さんが設立した「トキワ精神保健事務所」の所在地も歌舞伎町ですが、時代の変化を感じますか?
歌舞伎町には事務所を立ち上げる前の大学生時代から入り込んでいたので、30年以上見てきました。私が若い頃も、今と同じくらい家出の女の子たちは来てましたよ。
トー横界隈の問題の根深い点は…
――そこは変わらないと。
そうですね。でも、昔は体の関係云々なしに、本当に手を差し伸べる人もいたんです。例えば、ある作家の先生が14歳で家出してきた女の子を書生にして、助けたりしていました。そこにはほかに女の子が5人いて、ご飯を食べさせて、勉強させて、文字が読めるようになりましたと。そういう人間的なつながりがありました。
いまは、歌舞伎町近くの立派なマンションかホテルを借りて、そこで家出してきた女の子を3日間飲み食いさせて、4日目には客を取らせるそうです。それをやらせているのも、やっぱり家出して来た男。
だから男から「ちょっと、お金に困ってるんだよね」と仕事を紹介されると、「これだけお世話になってるから」って、簡単に売春に出てしまう。すごく早いんです。それを本職のヤクザではなく、素人がやっているんだから、時代がここまで来たかと思いました。
先に話した大学の件でも言えることですが、いまの社会はかつてないほど性暴力やハラスメントに厳しく、学校や職場でも再三、指導がありますよね。ところが実態はまったく違って、ヤクザ顔負けの出来事が進行している。その落差に、私は恐れを感じます。
――これだけ問題視されているのに、あまり対策が取られていないように思います。
私からみると、明らかに児童相談所がやらなきゃいけない案件なんですよね。どう見ても、14、5歳みたいな子がいますし、本来はすべて保護対象ですよ。だけど、結局、養育義務は家庭にあるというのが日本のルール。
仮に保護しても、児童養護施設ではなく家に戻さなきゃいけないんです。
結局、児童相談所が動かないので、事件を起こすことによって警察が身柄保護をするしかなくなる。これは精神疾患の患者さんが暴れていると、近隣住民が通報するのと同じ構図で、すべて司法に押し付けているんですね。未然に防ぐという部分に関しては、この国は完全に放棄しています。
――やはりトー横にいる少年少女は、家出をしてきている子が多いですか?
そうですね。でも家出という言葉ももはや死語かもしれない。だって、親も地域の人も関心がないじゃないですか。関係がもうすべて薄いので、彼らは人間への可能性をもう見出せないと思います。人間は協力して何かができるとか、なにかを作り出せるんだという考えは、彼らの中にはもうないような気がしますね。
3巻【ふつうの家庭に育つ闇】宝田由伸のケース
取材・文/森野広明
『「子供を殺してください」という親たち』3巻(新潮社)
原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ
精神を病んだ息子を救おうとしない母親、ストーカーに走る子供、そして薬物中毒…。
現代社会の裏側に潜む家族の闇と病理を抉り、その先に光を当てる――!!
NHK「おはよう日本」など様々なメディアで取り上げられた衝撃のノンフィクション漫画第3弾!