
人口減少の加速と長期の低迷によって日本の魅力が消えうせ、「選ばれる国」ではなくなってきている。なぜこのような事態に陥ったのか『人口亡国 移民で生まれ変わるニッポン』(朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
ジャパニフィケーションの罠
日本の人口減少、高齢化は世界でどう見られているのだろうか。
日本は残念ながら衰退する国と見られている。それを象徴するのが「ジャパニフィケーション(日本化)」と呼ぶことばだ。
2012年から始まった第二次安倍晋三政権。日本経済の低迷からの脱出を図ろうと大胆な金融緩和、積極的な財政政策、規制改革の「三本の矢」による成長戦略によって日本の再生を行おうとした。これが「アベノミクス」だ。しかし、人口減少が日本の経済の浮上を目指す政府にとって大きな足かせとなっていた。
経済成長率は2013年以降低迷し、日本の消費者物価は目標とする2%に届くこともなかった。こうした日本の行き詰まり状況を世界は「ジャパニフィケーション」という名称を使い、自国も同様の状況に陥るのではとの警戒感を持って見ている。
英国のTHE WEEK誌は「ジャパニフィケーションとは何か?(THE WEEK, What is Japanification?)」の記事の中で、ジャパニフィケーションについて、「2000年前後から日本は低い成長率と低い物価水準から抜け出せなくなり、政府の経済、金融政策を拡大し続けている状態」と説明している。
筆者はフォーリン・プレスセンターの依頼で、2023年1月、海外メディアに対して「人口減少と移民受入れ」と題する講演を行った。この講演にはニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、CNN、AP通信、ル・フィガロ、新華社通信など、日本に支局を置く海外メディア28名の記者が参加を表明し、このテーマに対する関心の高さがうかがえた。
この時、私の紹介役となったフォーリン・プレスセンターの幹部が使ったのがジャパニフィケーションということばだった。

高齢化が進み年金依存の生活者が増える
では人口問題はどのように日本の低迷につながるのだろうか。
白川方明元日銀総裁は、「当局者が対応すべき問題は、低インフレという現象そのものではなく、生産年齢人口の減少といった構造的な要因であると指摘」する。日本経済の長期停滞から脱するカギは単なる金融政策ではなく、労働力の増大こそが重要と言うことだろう。
コロナ禍によって、世界が日本同様にジャパニフィケーションの問題を抱えるのではないかという懸念も見られる。しかし、フィナンシャル・タイムズは「ジャパニフィケーションの拡散の懸念は筋違い(Fears of Japanification spreading are misplaced)」との記事の中で、日本との違いをこう説明する。
同紙は、各国が金融政策による刺激の継続への依存状況に陥り、政府の赤字が拡大する状態に陥っているとしながらも、日本のように高齢化が進み年金依存の生活者が増えることによる個人貯蓄の減少という事態にはなっていないと言う。
つまり、人口減少だけではなく高齢化によって日本の活力はますますなくなる。ここでも人口減少と高齢化の同時進行が、日本の危機をさらに増幅するという認識だ。
高齢化が進んだ地方都市では2カ月に一度、商店街がにぎわう日があるという。それは偶数月の15日、つまり年金受給が行われる日である。年金依存の高齢者にとってこの日だけがちょっとした贅沢が許される日なのかもしれない。
高齢化が進み年金に依存する人びとが増え続ける日本。
戦争ができない国
人口問題は安全保障の危機にもつながる。日本の高齢化はすでに世界一であり、75歳以上人口(後期高齢者)は1937万人を数える。人口の突出して多い団塊の世代(1947~49年生まれ)が後期高齢者になる時期が目前に迫っており、政府は2040年度に必要な介護人材は約280万人と想定している。
近年、東アジア情勢の不安定化から日本の軍事力の強化が叫ばれているが、そもそも高齢化した日本は長期の戦争に耐えられる状態ではない。エネルギーや食糧などの補給路が断たれ、また介護士を含むエッセンシャルワーカーと呼ばれる日本の基盤を担う若者が戦争に駆り出されれば、ケアを受けられず放置される脆弱な高齢者が大量死に直面する可能性がある。
つまり超高齢化社会の日本は戦争の前線で人が死ぬよりも、むしろ取り残された高齢者がバタバタと倒れる結果、多くの犠牲者が出ることになるだろう。敵対する国は日本のこの弱点を突くだろう。そう考えれば、すでに日本は実質的に戦争ができない国になっている。
そもそも自衛隊自体も隊員不足に悩んでいる。2022年3月31日現在、自衛隊員の充足率は93.4%に留まる。また日本全体の高齢化に対処して、自衛隊は入隊の採用年齢の上限を2018年に一挙に6歳引き上げ32歳までとした。
そんな日本にとって頼みの綱はアメリカだ。しかし、人口減少とともに、日本の経済力が衰退すればアメリカは日本をいつまで重視してくれるだろうか。

2030年には日本のGDPはインドに抜かれ、世界第4位に
現在、日本の脅威とされる中国だが、かつて日本の経済力は極めて大きく中国の経済とは雲泥の差があった。2000年の時点で日本のGDPは中国の4倍の大きさ、まさに圧倒的な違いがあった。
しかし、日本の退潮に呼応するかのように中国の経済力は増していった。2010年に中国は日本のGDPを追い越し、2020年には中国はたった10年で日本の3倍近い差をつけてしまった。
では将来はどうなるのか?
世界最大級のコンサルティング会社PwCが2017年に発表した調査レポート「2050年の世界」では、2030年と2050年の世界各国のGDPの予想を発表している。
それによれば2030年には日本のGDPはインドに抜かれ、世界第4位となる。アメリカを抜いて中国がトップとなり日本との差は6倍となる。
2050年には日本はインドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコにも抜かれ世界第8位となり、中国は日本の8.6倍、つまり日本のGDPは中国の11.5%となる(図2)。
アジアの中規模国の一つになってしまえば日本の外交力は格段に下がる。アメリカが日本を同盟国として尊重するのは日本の国力があってのことだ。
中国の圧力に対して日本は自国を守り切れるのか、人口問題は日本の国家安全保障とも直接的につながることになる。

図2。『『人口亡国 移民で生まれ変わるニッポン』より
少子化による人口減少が「若者の海外流出」を加速させる
日本ほどの深刻な高齢化と人口減少の同時進行は世界では他に例がない。しかし、世界には日本以上のスピードで人口減少が進んでいる国がある。そこでは何が起こっているのだろうか?
ロシアのウクライナ侵攻前、ビジネスインサイダーの「2050年までに最も大きく人口が減る国ワースト20」(2019年10月15日、Andy Kiersz)では、ヨーグルトで日本にもなじみのある国、ブルガリアが人口減少1位に挙げられている。ブルガリアの人口は2050年までに人口の2割以上、22.5%減少するという。
この記事で日本の人口減少は16.3%で9位にランクしている。興味深いことに1位から8位まではすべて東ヨーロッパの小国で占められている。ブルガリアに次いで2位はリトアニア、以下、ラトビア、ウクライナ、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、モルドバの順となっている。
現在、世界第3位の経済大国で人口でも世界11位の日本の人口減少は、特異な現象と言えるだろう。単に特異な現象というより、人類史的に見ても戦争や国家分裂、疫病の蔓延以外で、日本ほどの巨大な国家で極端な人口減少が起こるのは極めてまれだろう。

人口急減する東欧の国でウクライナ以外の国はすべて1000万人に満たない小国である。
それは少子化に加えて、西ヨーロッパに若者が移住していくからに他ならない。ブルガリアは、若者の海外流出のスピードを少しでも遅らせようと必死だ。国内の教育や経済の機会を改善することで、EUやその他の国へ移住するよりも国内にとどまる魅力をアピールしていると言うが、効果は限定的なようだ。
ヨーロッパのこの状況を見て考えさせられるのは、少子化による人口減少が経済の停滞を招き、それが若者の国外流出を促進するという事実だ。日本は現在、人口減少によって労働者、若者が不足しているが、人口激減が止まらない日本の未来に希望が失われれば、優秀な日本の若者も海外に流出するかもしれない。
いや、すでにその現象は始まっている。外務省の海外在留邦人数調査統計では、2022年10月1日現在の日本人の海外永住者は55万7000人と過去最高を記録し、10年間で14万人以上、増加した。
2021年は円安傾向が続いたが、その結果、日本の賃金よりはるかに高いオーストラリア、カナダなどに短期、長期で働く日本の若者が増えている。
若い女性では海外流出が顕著なようだ。大学生の留学では短期・長期を含め女子学生が圧倒的に多いが、女子学生は卒業時に外資系企業に採用されないと分かると、迷いなく日本企業より海外の会社を選び国を出ていく傾向があるという。
女性活躍推進が叫ばれながらも、国内企業では女性の活躍には壁があると感じていること、また日本の将来への不透明さが海外での就労、日本脱出を決意させるのだろう。
『人口亡国 移民で生まれ変わるニッポン 』(朝日新書)
毛受 敏浩

2023年6月13日
935円
256ページ
ISBN:978-4022952240
"移民政策"を避けてきた日本を人口減少の大津波が襲っている。